食堂で上鳴とたまたま出会して、一緒に朝食をとっていた時のこと。眠そうな目を擦りながらこちらに向かってきたのは私の彼氏である轟焦凍。彼は私の隣に腰掛けると、ポケットから腕時計を出して、私の朝食トレーの隣にそっと置いた。


「凪、これ、昨日忘れて帰ってた。」

「ありがとう、やっぱ焦凍の部屋に忘れてたんだねー。」


昨日の夜から見当たらなかった腕時計はやはり彼の部屋に置き忘れていたようで。宿題は全て終わったのかと聞かれて、わからない問題があったから後で教えて欲しいとか、昨日の宿題についてあれこれ話をしていると、対面席の上鳴がぼそっと呟いた。


「お前ら本当美男美女……いや、美男子カップルって感じだよなー……」


私は特筆すべきことは何もない、普通の女の子のはずだ。ただ、このショートヘアと高身長を除けばの話。私服の時はよく男子に間違われるけれど、別段がそれが嫌だってわけではない。


「そう?私ってそんなにイケメン?それなら悪い気はしないなー。」

「俺も凪はかっこいいと思う。」


彼氏にまでかっこいいと言われる始末、自他共に認めるイケメンで間違い無しだ。普通の女の子ならズキッと胸が痛むところだろうけど、お生憎様、私はそんな可愛らしい女の子ではないのだ。


「あ、ヤオモモと並んでみたら?」

「おお!それいいかも。百、ちょっといい?」

「何でしょう?」


上鳴の提案に乗って、ちょうど食事を終えた百に声をかけて、二人で一緒に並んでみた。私は焦凍とほぼ同じ背丈だから、私の方が百よりも背が高いわけで。百の頭をよしよしと撫でてみたら、百の綺麗な顔にほんのり紅がさしてとても可愛く見える。


「百、照れてる?可愛いね。」

「い、嫌ですわ!音無さんったら……!わ、私、なんだか、ときめきを覚えてしまいますわ……!」

「そう?百みたいな美人にそう言ってもらえたら男に生まれるべきだったかなーなんて思っちゃうなぁ。」

「これ、男だったらどーなんだ?んー……あ、尾白!ちょっと来いよ!」

「ん?何?」


上鳴に呼ばれた尾白がゆらゆら尻尾を揺らしながら歩いてきた。彼は百よりも背が低い。ワンパターンでは面白くないし、頭を撫でる以外のことをしてみるかと思った私は、壁側に立った彼の隣に立ち、顔を近づけて片手をドンッと壁について彼の退路を断ってみた。


「音無!?ち、近いって!」

「……尾白ってよく見たら可愛い顔してるよね。」

「えっ、ええっ!?な、何だよ急に!」

「……でも、私には焦凍がいるからなぁ。」

「だ、だから、ちち、ち、近いってば!」

「……可愛いねぇ。」


私がくつくつと笑ったら上鳴と近くにいた瀬呂がゲラゲラと笑い出した。尾白は少し拗ねてしまったみたいで、尻尾で私の壁についた手をパシッと振り払ってきた。ごめんごめんと謝ったら、少し赤い顔で、生まれる性別間違えたんじゃない?なんて皮肉を言われてしまった。そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ、というのは心の中で呟いた。





昼休み、朝食後に私が尾白にいわゆる壁ドンをしていたのを見ていた三奈や透が、羨ましい!と尾白に迫っているのを見かけた。一体何が羨ましいのかはわからないけれど、授業を終えて帰寮した後、試しに三奈に壁ドンをしてみると彼女は桃色の肌を薄ら紅色に染めていて。可愛らしくてくつくつと笑ってしまったら、こんなにかっこいいのに女の子なのが勿体無いよ!と本気で残念がられてしまった。





夜、いつも通り焦凍の部屋に遊びに行った。彼の部屋には緑谷がいた。どうやら宿題を教えてもらっていて、たった今それが終わったところのようで、邪魔しちゃ悪いからとさっさと退散しようとしていた。私は緑谷の腕を掴んで、またしても壁ドンを試みた。彼の雀斑ほっぺはみるみるうちに赤くなり、餌を強請る金魚のように口をパクパクとさせている。


「音無、さん!?ち、ち、ち……」

「……コレってそんなに嬉しいの?」

「ち、ちち、近いよ!!」

「あ、ごめんごめん。いや、尾白も三奈も照れてたからちょっと試してみたくて。」


パッと手を離したら、緑谷は胸のあたりを抑えて、と、と、と、轟くんごめん!これは不可抗力で云々かんぬんブツブツと呟きながら慌ただしく部屋を去っていった。ちらっと焦凍の方を見ると、言っちゃ悪いけどどんな時も仏頂面で変化に乏しい彼の表情が珍しく曇っていて。いくらおふざけとはいえ、彼氏の目の前で他の男と接近してしまうのは悪かったかと思った私は座っている彼の腕を引っ張って立ち上がらせて、壁ドンを試みた。すると彼は珍しく驚いたようで、ぎょっと目を見開いた。けれどもその顔色は赤くはならない。


「……やっぱ焦凍は照れないんだ?」

「…………尾白と緑谷も、こんな気持ちだったのか。」

「え?」

「お前の綺麗な顔、近くて……緊張、する。」

「そ、そう?あ、ありがとう……?」


好きな人から綺麗だなんて言われたら流石の私も嬉しく思うけれども、真に綺麗な顔をしているのは彼の方だ。眉目秀麗な彼の顔に美しい紅がさせば、きっとより一層綺麗になること間違い無しだろう。もっと顔を近づけてじっと見つめ合っていたら、焦凍の顔にほんのり、本当に極薄だけれども紅がさしてきた。


「なぁ……顔、ひっつきそうだ。」


そんなこと、私が一番わかってる。焦凍の綺麗な薄桃色の唇が動いて、自然と目がいってしまう。焦凍の顔が、赤い。はっきりと、真紅に染まった頬……なんて綺麗なんだろう。それにつられて血色が良くなってきたこの唇に、今すぐ齧り付いてしまいたい……


「……ひっつけても、いい?」

「……ダメだ。」

「えっ!?」


遠回しに、キスがしたい、とアピールしたつもりだったのだけれど断られてしまった。頭の良い彼のことだ、私の言葉の意図を察してくれているはずなのに。断られてしまったことで若干傷ついてしまい、彼から身を引いて壁に当てていた手をすっと退けた。その瞬間、私は彼に両手首を掴まれて、ドンッと壁に押しつけられた。


「な、何!?そ、そんな、怒らなくても……!」

「違う。怒ってねェ。」

「じゃ、じゃあこの手は何?」

「……顔、赤くするお前が見てェ。」

「……えっ?」


焦凍は真紅がさした美しい顔をずいっと顔を近づけてきた。それはもう、鼻先を掠める程に近い。私ですらここまで顔を近づけてはいなかったから、この距離が落ち着かない。心臓の鼓動が一気に加速して頭がクラクラしてきた。


「しょ、焦凍!ち、近いってば!」

「……今朝の言葉、撤回する。」

「え?な、何?」

「お前は……可愛いよ。」

「な、何言って……!?」


焦凍は柔らかな唇を私の少し乾燥した唇に擦り付けるように押しつけた。私、今、彼と、キス、してる……


熱くなった心が、身体が溶けていくような心地。付き合ってから随分経つし、数えられる程度だけれどそっと一瞬触れるだけのキスは経験したことがある。しかし、今日のキスは何だ?擦り付けるように何度も何度も角度を変えられ、触れ合っている時間が永遠のように感じる。というか、もう、息が……


「ぷはっ!!ちょっと!!長いよ!!」

「悪い、なんか、こう……可愛いって思ったら止まらなかった。」

「何その理由……」

「……可愛いって言われんの、嫌か?」

「え?」

「いや、涙……」

「…………酸欠だよ!!」





お前は可愛いよ




「壁ドンってやつ、すんのはいいけどお前はされねェよう気を付けてくれ。」

「何で?」

「可愛いお前は俺だけが知ってりゃいい。」

「そ、そうですか…………」

「ん。気ィ付けてくれ。」

「ぜ、善処します……」






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