「なぁ、轟と音無ってどこまでいったん!?ハグ?キス?それとも……!?」

「轟は奥手そうに見えて案外手ェ早かったりすんのか!?なぁなぁ!」

「上鳴くん!峰田くん!最低!焦凍くんはそんな人じゃありません!」


全くもうこの二人は……年頃の男の子の代表というかなんというか、ヒーロー科男子の中でも際立っていて。A組で唯一の彼氏持ちの私にこんな風に絡んでくるのは毎度の事だけど、いい加減にしてほしいなんて思っていたりもする。まぁ、相手が相手だから気になってしまう気持ちもわからなくもないけれど、なんて思いながら彼等を適当にあしらっていると後ろからブレザーの裾をくいくいと引っ張られて。振り返ってみると、私の交際相手、轟焦凍くんが……小さな姿で立っていた。


「うわぁ!?えっ!?キミ、しょ、焦凍くん!?」

「ああ。」

「うおっ!?と、轟が峰田みてェなサイズになってる!」

「ホントだよ!お、おい、轟、オマエどーしたんだ!?」

「わかんねェ。サポート科の女子から実験に付き合ってくれって言われて行ったらこのザマだ。」


焦凍くんは幼稚園のスモック風の服を着ていてまるで本物の園児の様だ。しかも峰田くんとほぼ同じサイズでなんとも可愛らしい。まるで峰田くんのことを可愛いと言っているように捉えられるかもしれないから敢えて口にはしまいが。話によると、実験は失敗して、記憶も身体も子どもがえりするはずが身体だけ子どもになってしまったとか。


「……午後からの授業、それで受けるの?」

「ああ。」

「んー、座学だけだし大丈夫じゃね?」

「それもそっか……」


丁度お昼休みが終わったところで全員チャイムと同時に席に着いた。5限は数学だからエクトプラズム先生が担当だ。ガラッと入ってきて、いつも通り授業を始めようとしたのだけれど。


「轟、ソノ姿ハ……?」

「サポート科の実験に付き合ってたらこうなってました。」

「黒板ハ見エルノカ?」

「……!見えねェ。」


先生!?心配なのそこ!?、とみんな笑いを堪えている。ちなみに私の席は尾白くんの左隣。視力の関係で障子くんにチェンジしてもらった席で。エクトプラズム先生はジッと私を見つめている。もしかして、焦凍くんと替わってあげなさい、とでも言われるのだろうか。


「……八百万、申シ訳ナイガ、彼ニ合ウ机ト椅子ヲ創造シテクレナイカ?」

「承知しました。」


百ちゃんは机と椅子を創って私と尾白くんの席の間に持って来てくれた。そして焦凍くんが勉強道具を持ってトコトコと歩いて来て、私と尾白くんの間の小さな席にちょこんと座った。そのままいつも通り授業は始まったのだけれど私の目線は彼に釘付け。なんて可愛いんだろう……


結局そのまま世界史も国語も受講して、ホームルームも終わってそろそろ寮へ帰る時間。一緒に帰ろう、と声を掛けようと隣を見ると、口元で人差し指を立てている尾白くんがいた。よく見ると焦凍くんは机に突っ伏してすうすうと寝息を立てていた。起こしちゃ可哀想だからと気をつけながら私はそっと彼を抱き上げた。15歳の彼はかっこいいけれど、今の彼は本当に可愛くて堪らない。尾白くんに私と彼の荷物を持ってもらいながら寮に帰り、共同スペースのソファに腰掛けて彼の背をリズム良くトントンと叩いていると、彼はぼんやり目を開けながら小さく一言呟いた。


「お母さん……抱っこ……」


お母さん。彼にとって家族とはとても特別なもので。実験は失敗したとばかり思っていたけれど、精神面にも少し影響があったみたいだ。母親の夢を見ているのか、私の胸にすりすりと頬擦りをしてきた。寝息はすぅすぅと深く、とても穏やかで気持ち良さそうな寝顔に私まで眠くなって、しまう。





案の定、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。目が覚めると、小さな焦凍くんがとても不安気な表情で私にしがみついていた。


「お姉さん、大丈夫?」

「……え?」

「呼んでも起きないから心配した。」

「あ、う、うん……?」

「ここ、どこ?俺、家に帰らなきゃ……父さんに、叱られる……」


今、まさに実験の効果が出ているのだろう。焦凍くんはいつもなら私を凪と呼ぶはずなのに、お姉さんと呼んできた。その上、父親に対するこの怯え様……本当に壮絶な過去を歩んで来たのだろう。まだ、5歳位だろうに、彼は私の服をギュッと掴んでカタカタと震えている。想像しただけで鼻がツンとして目に涙が浮かんでくる。私はギュッと彼を抱きしめた。


「大丈夫、今日は帰らなくていいんだよ。」

「えっ……?いや、でも……」

「大丈夫。あなたのパパもママも、あなたがここにいるの知ってるから。誰も怒ったりしないよ。」

「……わかった。」


焦凍くんは恐る恐る私の背に小さな腕を回してきた。よしよしと頭を撫でてあげたら、彼は俯いて私にすり寄ってきた。きっと、母親が恋しいのだろう。私じゃ代わりにはなれないけれど、せめて彼に安心してもらいたくて、彼を優しく撫で続けた。すると彼は目をまん丸にしてじーっと私を見つめてきた。


「焦凍くん?どうしたの?」

「……俺、大きくなったらお姉さんみたいな優しくて綺麗であったかい人と結婚したい。」

「…………えっ!?」

「お母さんは優しくて綺麗でひんやりしてて、大好きなんだけど……お姉さんみたいなあったかいのも、いいね……」

「わ…………」


幼い彼は、大きな彼と同じ顔でふんわりと笑った。いつも私だけに見せてくれる、あの柔らかい笑顔。あまりにも綺麗な笑顔に思わず言葉を失ってしまった。照れ隠しに彼をギュッと抱きしめたら彼もギュッとしがみついてきてくれた。


抱きしめあって数分後、なんだか焦凍くんの身体が熱くなってきたように感じる。ちらっと彼の様子を窺うと目の焦点が合っていなくてボーッとしていた。ぐったりした彼を抱きあげて、すぐに実験室にいるはずのパワーローダー先生の元へと走った。


先生に焦凍くんを預けて数分後、大きくなったいつもの彼が歩いて来た。体調の様子を聞いてみたら、少し眠いとのことだったけれどそれ以外は特に問題ないとのことで。パワーローダー先生はピンク色の髪の女生徒の頭を掴んで焦凍くんに向かって何度も頭を下げさせていた。


彼と歩いて寮に戻ってる途中、くいくいっとブレザーの裾を引っ張られた。振り返ると焦凍くんが屈んで俯いていて。


「うん?何か落としたの?」

「いや…………」

「うん?どうしたの?」

「……違ぇのか。」


彼はすくっと立ちあがって私に歩み寄ってきた。じーっと私の目を見つめてくるけど、残念ながら彼の意図は伝わってこなくて。そのまま見つめあっていると、彼はぼそっと呟いた。


「お母さん……抱っこ……」

「……えっ!?」





お母さん 抱っこ




「しょ、焦凍くん!?ど、どうしたの!?」

「いや……さっき、凪が抱きしめてくれてたのがあたたかくて心地よかった。もう一回してくんねェか、と。」

「だ、抱きしめて欲しいってこと?」

「ああ。ダメか?」

「う、ううん!はい!どうぞ!」

「ん。」


焦凍くんは再び屈んだので、私は彼をギュッと抱きしめた。彼は満足そうに少し口角を上げて私を抱きしめ返してくれた。



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