「……なんだコレ。」

「……チョコレート。」

「……轟にやるのか?」

「……やっぱりヤバイかな?」

「……チョコで轟を殺すな。」

「ひどい!!」


砂藤くんはスイーツ作りが趣味だからか、みんなにお菓子を振る舞ってくれることが度々あって。私はもちろん、舌が肥えているヤオモモですら彼のお菓子を絶賛するレベル。さて、今日は2月13日、土曜日の夜。私が砂藤くんとキッチンに立っている理由は誰がどう考えてもわかるだろう。彼の指導の下、想い人である轟焦凍くんへの本命チョコを作るのだ。


まず試しに自分でやってみろということでわたしは持っている知識を総動員してチョコレートを作ったのだけれど、出来上がったのは黒焦げでぬちゃぬちゃしたアメーバのような物体で。責任を持って自分で食べてみたけれど、砂粒を噛んでいるようなジャリジャリ感と挽いたばかりの珈琲のような強烈な苦味。酷い。砂藤くんの言う通りこれじゃ死人が出てしまう。


「と、とりあえず教えてやるから頑張ろうぜ!」

「……どうにか、なるの?」

「大丈夫!ほら、更に向こうへプルスウルトラ!」

「う、うん、更に向こうへプルスウルトラ!」


こうして砂藤くんの指導の下、私の本命チョコ作りが始まった。チョコレートをレンジで溶かそうとしたり直接火にかけようとしたら、大声で注意されてしまった。それから、基本のチョコ作りのレシピを書いてやるからその通りにやれ!と。ここから、彼の書いてくれたレシピ通りに事を進めると難なくチョコを溶かして、型に流し込んで、ナッツやビスケットの欠片を入れて、冷やし固めるという工程を終えることができた。


「何でぇ、やりゃできんじゃねーか。」

「砂藤くんのおかげだよ!」

「んー、そうだな、ならもうちょっと頑張ってみようぜ。ただ固めたチョコ渡すんじゃ面白くねーし……生チョコとかやってみるか?」

「あっ、そしたら、ほら、外側がパリパリのやつがいい!」

「ん?トリュフか?んじゃ生チョコ作ってクーベルチュールでコーティングしなきゃな。」

「くーべ……?」

「ああ、いいって、そっちは俺が用意してやるから。」

「あ、ありがとう!」


こうして私は砂藤くんに教わりながら生チョコを作りあげた。くーべ……コーティング用のチョコは彼が準備してくれて、私の生チョコに彼が溶かしてくれたチョコをスプーンで丁寧にかけていった。後は冷やし固めるだけだ……と思ったその時、突然ばつん!と音がして辺りが真っ暗になった。


「わぁ!!ど、どうしよう!さ、砂藤くん!」

「お、落ち着け!確かこの下に懐中電灯が……!」


砂藤くんが冷静にキッチンの下の収納を開けて懐中電灯を渡してくれたから、私はスイッチを入れて辺りを照らした。


「ど、どうしよう!チョコ固められないよ!」

「今心配すんのそこかよ!?」

「だ、だって……って、待って!誰か近づいてくる!」


私は誰かの足音が聞こえてびっくりして、懐中電灯を切って砂藤くんの手にちょんと触れて消音の個性を発動させた。隠れる必要なんてないのに、チョコを作っているのを見られるのが恥ずかしくてこんな行動に出てしまった。


「……誰かいねェか?」

『と、轟くん!?』

『お、本当だ!おーい!轟!』

『砂藤くん、今、音消してるから……』

『なんでだ?』

『チョコ作ってるの見られるの恥ずかしいから!』

『……!悪いな音無!』

『えっ?あっ、ちょっと!!』

「おーい!轟!」

「ん?砂藤か?」


砂藤くんはわたしからすすっと離れて大きな声で轟くんを呼んだ。砂藤くんは私が轟くんのことを好きなのを知っているのに、なんでこんなことするんだろう……


「今、チョコ作ってたんだけどよ、停電しちまったら固めらんねーからって困ってたんだよ!な、お前、冷やし固めてくれねーか?」

「わかった。いいぞ。」

「よし!んじゃ、ちょっと待っててくれ!」


砂藤くんは私の手から懐中電灯をひったくると、テーブルの上を照らして手際よくチョコをクッキングシートにのせて、容器に綺麗に入れてそれを轟くんに手渡してしまった。


「じゃ、後は頼むぜ轟!」

「ああ。わかった。あ、懐中電灯、俺ももらってく。」


轟くんはキッチン下の収納から懐中電灯を取ると、私のチョコが入った容器を持って、私の存在には気づかないままスタスタと歩いて行ってしまった。砂藤くんも、明日は頑張れよ!なんて言いながら懐中電灯を持って自室へと帰って行ったけれど、頑張れって言われたって本命チョコは既に冷蔵庫、いや、轟くんに……どうしよう……





あの停電が長いこと続いてしまったせいか、私はチョコを取りに行くことができず、復旧したのはバレンタインデーがやってきてからだった。幸い今日は日曜日だから誰が誰にチョコを渡す〜なんて甘い話を聞かずに済む。私のチョコは既に渡す予定の人の部屋にあるし、もう諦めようかなと思ったその時、私の部屋にノック音が響いた。開けるとそこにはまさに今私の頭の中を支配していた彼が立っていた。よく見ると目元に薄ら隈があるような気がする。


「とっ、ととっ、轟くん!?」

「急に悪い。ちょっといいか?」

「あ、う、うん。どうぞ。」

「ん、邪魔する。」


轟くんはクーラーボックスのようなものを持っていて、二人でテーブルを挟んで座ると彼はそれをテーブルに置いてパカッと開けた。中には昨日砂藤くんが渡していたあの容器。彼が容器の蓋を取ると、中では私と砂藤くんが作ったチョコが綺麗に固まっていた。


「これ、音無のチョコか?」

「えっ!?」

「砂藤んとこに持って行ったら、それ持って音無んとこ行けって。」

「そ、そっか。」

「……バレンタインデー。」


彼はポツリと呟いた。少し悲しそうな顔に見えるのは気のせいだろうか。


「……なぁ、これ、本命、ってやつか?」

「あ、う、う、うん……」

「俺は……俺は、自分の恋敵の為に寝ずにコイツを固めてたっつーのか……」

「…………え?」

「あ。」


私と轟くんは顔を見合わせた。長い沈黙。


「……忘れてくれ。」

「……えっ?」

「チョコ渡すの、頑張れよ。応援、してる。」


轟くんはゆっくり立ち上がると、左手で私の頭をぽんぽんと触って部屋を出て行こうとした。けれど、私はそれを許さなかった。彼の制服の裾をぎゅっと掴んで、びんっと引っ張られた彼はぴたっと足を止めて。


「……どうした?」

「あ、あ、あの、冷蔵庫!」

「……俺は冷蔵庫じゃねェぞ。」

「ち、ちがうよ!えっと、れ、冷蔵庫……じゃなくて、轟くん、チョコ、固めてくれて、ありがとう!」

「ああ……いいよ別に。じゃ、俺……」

「ま、待って!あの、これ、轟くんに!包んだりしてなくて申し訳ないけど……」


私は容器を掌に乗せて彼の目の前に差し出した。じーっと彼の顔を見上げているけれど、彼は眠そうな目をしぱしぱと瞬きさせるだけ。もしかして、さっきのは聞き間違いだったのだろうか。


「……ああ、味見係か。」

「ち、ちがうよ!」

「……じゃあ、固めた礼か?」

「それもちがう!ほ、本命、チョコだよ!」

「……俺に?」

「そう!轟くんに!」

「焦った。」

「え?」

「いや、音無のチョコって知った時、俺は自分の好きなヤツが別の男に渡すチョコを作んのを手伝っちまったのかと…………あ。」


やはり、聞き間違いや思い違いではなかった。今、彼は確かにこう言った。好きなヤツ、と。先程寝ずに固めていたと言っていたから、きっと注意力が散漫になってしまっているのだろう。


「……音無。」

「は、はい!」

「……好きだ。」

「う、うん……」


これだけぽろりと言葉を漏らされたら流石の私でも察することができていた。


「お前は?」

「えっ?」

「本命、くれねェのか?」

「あ、あげるよ!はい!」


ずいっとチョコを差し出すも、彼は一向に受け取ってくれなくて、チョコはみるみるうちに溶けかけてきている。一体どういうことだろうか。


「……好きだ。」

「う、うん……」

「お前は?」

「えっ、そ、それはもちろん、私も……」

「……ちゃんと言ってくれ。」

「えっ?あっ……と、とと、轟くん!す、好きです!」

「……おう。」


轟くんは左手で目元を擦りながら、昨日一晩中酷使してくれたであろうひんやりとした右手で私の本命チョコを受け取ってくれた。





本命は冷蔵庫に





私はチョコが少し蕩けかけていることに気がついた。

「あっ!溶けそう……れ、冷蔵庫!」

「俺は冷蔵庫じゃねェぞ。」

「ち、ちがうよ!冷蔵庫に入れたほうがいいよって……」

「なぁ、これ今食っていいか?」

「えぇ!?溶けかかってるから後がいいよ!早く冷蔵庫に……あ、はい!」

「……俺は冷蔵庫じゃねェぞ。」

「ち、ちがうよ!持って帰って食べてねってことだよ!」

「そうか。わかった。ありがとな。」






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