男気ボーイの勇気
「梅雨ちゃん!この問題、見せてくんねーか?」
「ケロッ、どうぞ、切島ちゃん。」
「サンキュー!助かるぜ!」
切島くんの隣の席の蛙吹梅雨ちゃん、なんて羨ましい。私だって切島くんから凪って呼ばれたい。付き合ってからもう2ヶ月も経つのに彼は未だに私を音無と呼んでくる。それどころか好きの二文字さえ中々言ってくれない始末。告白してくれたときはあんなに男らしかったのになぁ……
お茶子ちゃんだって麗日って呼ばれてるし、三奈ちゃんだって芦戸って呼ばれてる。けど、彼女の私も音無呼びで、梅雨ちゃんは梅雨ちゃんなのってずるくない?蛙の個性じゃないけれど、じとーっとした目で彼等を見ていると突然わしっと頭を鷲掴みされた。
「ぎゃっ!何するの上鳴くん!」
「うわっ、もっと可愛い声出せよ!凪ちゃんが悲しそーな顔してっから慰めに来たんだけど!」
「……知ってるくせに。それに、なにが凪ちゃんだよ、私のこといつも音無って呼ぶじゃんか。」
私と上鳴くんはとっつきやすい者同士でなんとなく仲が良い。多分切島くんの次に親しいのは彼だと思う。実は私のこの悩みを唯一知っているのも彼だけだったりする。
「凪って呼んでって頼めばいいじゃん。」
「言ったことあるよ、けど、男らしくねェから!って嫌がられちゃったの。ひどいよね、梅雨ちゃんは梅雨ちゃんなのに。」
「ハァ?アイツ何やってんだか……ん?待てよ……おい、瀬呂!峰田!それと……轟!ちょっと……」
上鳴くんはパチンッと音を立てて指先で火花を散らした後、瀬呂くん、峰田くん、轟くんと四人でコソコソ話し始めた。一体何なんだ?と思ったけれど深く考えず私は響香ちゃんと三奈ちゃんのところに足を運んだ。そして、三人で楽しく話していたら突然瀬呂くんが私に大声で話しかけてきた。
「凪!お前古典得意だったよな!この問題、教えてくんね?」
「え?う、うん、良いけど……」
瀬呂くんから凪って呼ばれてすごくびっくりした。私のことを凪って呼ぶ男子なんていないもの。瀬呂くんに古典の問題を教えてあげたら入れ替わりで峰田くんからも同じように大声で凪と呼ばれて今度は数学の質問で。そして極め付けはクラス一のイケメン、轟くん。
「凪、お前、放課後暇か?」
「え?う、うん、暇っちゃ暇かな……?」
「凪が良けりゃ帰り、飯どうだ。」
「…………え!?と、ととと、轟くん!?どうしたの!?」
「いや、上鳴が……」
轟くんが何か言いかけたその時。
「お前らちょっと待て!いい加減にしろ!」
切島くんが珍しく本気で怒りながら近寄ってきて、バンッ!と響香ちゃんの机を叩いた。
「寄って集って凪、凪、凪って何なんだよ!凪は俺の彼女だぞ!勝手に凪って呼ぶなよ!」
あ、今さりげなく凪って呼んだ……なんてことに気が付いたけれど突っ込めるような雰囲気ではない。
「いや、だから上鳴が……」
「上鳴が何なんだよ!」
「ん?いやァ、お前が音無のこと凪って呼びてーし、あわよくば鋭ちゃんなんて呼ばれてーけど男らしくねェよなァなんて毎日毎日悩んでるから俺らなりのサプライズだよ。なぁ、瀬呂、峰田、轟?」
「えっ……ええええ!?そ、そうなの!?」
「なっ!?かっ、上鳴っ!?お、おめェ……!!何バラして……!!」
「悪ぃな!音無があんま可哀想でさ!ま、ナイスアシストってやつ?」
上鳴くんがウインクしながら爽やかにそう言うと、切島くんは目を見開いてぷるぷる震え出した。そしてツンツンの髪の毛と同じくらい真っ赤になった顔で私の顔をチラッと見て、両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
「うおおおおお!!なっさけねェー!!俺、ぜんっぜん男らしくねェー!!」
「そ、そんなことは……」
「俺だって凪って呼びてェけど、スッゲェドキドキして恥ずかしくてよー!!それに鋭ちゃんなんて呼ばれてェけど、そんなんでドキドキしちまってたら男っつーより乙女みてェじゃねーか!!ちきしょー!!」
「そ、それが理由……?じゃあ梅雨ちゃんは……?」
「梅雨ちゃんは梅雨ちゃんっつーあだ名だろ!?爆豪が瀬呂をしょうゆ顔って呼ぶのと同じだろ!?」
「ち、ちち、違うよ全然!何言ってんの!?」
私と切島くんがギャーギャー言い合っていたら、梅雨ちゃんが私達のところにペタペタと歩いていた。引き合いに出してしまったから嫌な思いをさせたかと思って謝ったら、彼女は全然気にしていないわと笑顔で答えてくれた。そして私と切島くんにありがたいお話をしてくれた。
「切島ちゃん、凪ちゃん。お互いの呼び名ってとっても大切なものよ。私はみんなを大切なお友達だと思っているから梅雨ちゃんと呼んで欲しいの。だから、あなた達もお互いの呼び名を大切にして頂戴。凪ちゃん、あなたはなんて呼ばれたいの?」
「えっ、と……凪って……」
「切島ちゃん、どうなの?」
「お、俺は……」
切島くんは言葉をなかなか出そうとしない。すると轟くんが切島くんの肩にぽんっと手を置いてこれまたありがたいお話をしてくれた。
「切島、お前は十分男らしいと思う。友達思いで、どんなことも全力で、お前はかっけーよ。だから、自信持って音無のこと名前で呼んでみろ。多分、その方がもっとかっけーと思う。」
「切島ちゃん。」
「切島。」
梅雨ちゃんと轟くんが呼びかけたら、切島くんはグッと両手を握って、くるっと私の方を向いた。そして、大声でこう叫んだ。
「うおおおお!!凪!!好きだァー!!」
「……バカじゃないの?」
「ハァ!?何でだよ!!」
「いや、み、みんなの前で、好き、とか言うから……」
「そ、そんなこと言うなよ!!俺今スッゲェ勇気出したんだぞ!!」
「な、名前で呼ぶより、みんなの前で好きって言う方が恥ずかしくないの……?」
「…………うおおお!!それ以上は言わないでくれ!!俺が悪かった!!」
またしても顔を手で覆ってしゃがみ込んでしまった。その様子を見た響香ちゃんと三奈ちゃんが、乙女か、なんて突っ込んだ。彼は大声で、俺は男だ!!なんて否定してるけど説得力なんかない。いつもあんなにかっこいいのに今日の切島くんはなんだかとても可愛らしく見えてしまう。少し悪戯心が働いてしまった私は彼にそっと呟いた。
「え、鋭ちゃん……すき……」
彼がますます照れてしまう可愛らしい姿を期待したのだけれど、私の意に反して彼は間違った方向でありったけの勇気を見せてきた。
「ッ〜!?う、うおおおお!!こ、ここで恥ずかしがってちゃ男じゃねェ!!」
「え?」
「凪!!す、好きだ!!」
「んぅっ!?」
男気ボーイの勇気
「うおおお!!俺、男らしく……!!」
「さ、ささ、最っ低!!」
バチィン!!
「い、痛ってー!!な、何すんだよ凪!?」
「み、み、みんな見てるのに!!キ、キ、キスするとかっ……バカじゃないの!?鋭ちゃんなんか嫌いだ!!」
「そ、そりゃねーだろ!?おい!!凪!!待ってくれよ!!」
「うるさいっ!!鋭ちゃんのバカ!!」
「……名前で呼んでるし、いいのか?あれで。」
「……ケロッ。」
「ウェイ……」
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