毎週のお楽しみ
私は中学生の頃、あるプロヒーローに命を救われた。コンビニで強盗に人質に取られた私はどうすることもできなかった。周りの大人たちは我先にと逃げて行き、店員の若い男性は私を前に突き飛ばして逃げる始末で。けれど、あのヒーローは恐れることなくその身ひとつで真っ直ぐ強盗へ向かってきて、真っ赤な目で瞬きもせず犯人を見つめ、包帯のような布で一瞬で相手を捕獲した。その時泣いていた私に、もう大丈夫だ、ととても低い声で呟いて、頭をガシガシと撫でてくれたのを今でもはっきり覚えている。
その後、あのヒーローにお礼を言いたくても、彼がメディアに出てくることはなかった。けれど、必死に嗅ぎ回って、彼がこの雄英高校に勤めていることを知り、私は孟勉強の末、無事に合格することができた。雄英には学校関係者以外は簡単に立ち入ることができないため、入学する以外に彼に会う方法が無かったのだ。しかし彼はヒーロー科A組の担任で、私は普通科だからあまり縁がなかったりする。
だから、少しでも関わりを持ちたくて、週の始めの月曜日と終わりの金曜日の昼休み、13時きっかりに私は必ず職員室を訪れる。そして手作りのお菓子をプロヒーローのイレイザーヘッドこと相澤先生にお渡ししているのだ。強盗事件のお礼は入学後すぐ伝えたけれど、ヒーローとして仕事をしただけだとバッサリ話を切られてしまった。彼にとっては日常茶飯事の何でもないことなのかもしれないけれど、私にとっては大事件だった。あんなに胸がときめいて、ヒーローに……ううん、男の人に、憧れを持ったのは初めてだったから……
「相澤先生!これ、どうぞ!」
「……またお前か。要らん、帰れ。」
「ここに置いておきますね!」
「……要らんと言ってるのが聞こえないのか。」
「要らなかったら処分してください!では、失礼します!」
今日も要らないとあっさりあしらわれてしまったけれど、私はこれで構わないと思っている。私と彼は生徒と先生なのだから。私のこの想いは、ヒーローや先生に対する純粋な憧れの気持ち。そういうことにしておこう、と入学した時に心に固く誓ったのだ。誰だって、好きな人に迷惑なんてかけたくないだろう。
しかしながら、私の手作りのお菓子は毎度毎度要らないと言われながら一度も突き返されたことはない。私が相澤先生にお熱なのを知っている友達は、先生として生徒の気持ちを無下にしてはいけないという気遣いなのではと言っているし、私もただそれだけなのだと思っていた。けれど、そうではなかったのだ。
今日、金曜日の昼休み、私は一度お菓子を渡した後、日直の友達を手伝ってプリントを抱えて再び職員室へ足を運んだ。すると、私が渡したはずのお菓子を齧る相澤先生の姿があったのだ。彼は私の存在には気がついていないようで、お菓子を一つ残らず全て食べてくれていた。口では要らないと言いつつも、こうしてちゃんと食べてくれているのを初めて見た私は嬉しさが抑えきれなくて、1日ドキドキが止まらなかった。
***
「お?イレイザー、また普通科の……念力だっけ?アイツからもらったのか?」
「ああ……要らんと言ってるんだが……」
「とか言ってお前毎回全部食ってるよな!俺は知ってるぜェ?」
「本当。イレイザーがそんなに沢山甘い物を食べてるところ、見たことないもの。相当お気に入りなのね。」
「アイツは……そんなんじゃない。」
「あれ?私は彼女のことなんて言ってないわよ?ねぇマイク。」
「へェー、お前にもそんな可愛いとこがあんだねェ!ちーとばかし遅い青春ってとこかァ?YEAH!」
「うるさい……そんなんじゃないと言っているだろう……」
職員室でこんな会話が繰り広げられているなんてこと、彼女はつゆ知らず。
***
そして週の初めの月曜日。土日に少し体調を崩していて、今日はお菓子を作ってきていない。口実がないから決まりの時間になっても職員室へ行くことはできなくて。しかし、時計が丁度13時5分を指した時、私のクラスのドアがガラッと開いた。視線を遣ると、そこにはいつもの仏頂面の相澤先生が。
「念力……念力引寄子はいるか。」
全員の視線が私へ向く。私は一瞬相澤先生の口から自分の名前が出たことが信じられず固まっていたが、ハッと我に返ってガタッと音を立てて立ち上がった。
「……わ、私ですか!?」
「お前だ。ちょっと来い。」
「えっ……!?は、はい……」
みんなは、念力、相澤先生から呼び出しなんて一体何したの?なんて口々に聞いてくるけど私にも心当たりがない……いや、あるとすればたった一つ、けどまさか、そんなことは……
相澤先生と二人で生徒指導室に入ったら、先生は布で口元を隠しながらもごもごと喋り始めた。
「何で今日は来なかった。」
「え……?」
「いつも13時になったら来るだろ。」
「あ、えっと、昨日まで少し体調が悪くて……風邪とかだったらうつしたらまずいと思って、それで……」
「……そうか。」
先生はいつもダルそうに半開きにしている目を少し大きくしながら相槌を打った。そして片手で前髪をくしゃりと乱した。一体何の用事だったのだろうか。
「あ、あの……どうして、呼び出されたんです?」
「あ?……いや、その、あれだ。俺が、お前の持ってくる菓子をいつも要らんと言っているだろ。」
「は、はい。それが何か……?」
「ミッドナイトが……俺がいつも要らんと言ってることでいつもお前が傷ついて、それが爆発してもう来なくなったんじゃないか、と。」
「……えっ!?」
「……それだけだ。金曜日は来るのか?」
先生は布で更に顔を深く隠した。目を合わせてはくれないけれど、なんとなく先生の言いたいことはわかった気がする。
「……はい!先生、甘い物好きなんですね!金曜日は美味しいクッキー焼いてきます!」
「……甘い物、ね。まァ、そういうことにしておいてくれ。」
相澤先生は少し布をずらすと、口角を片方だけ上げてニヤリと笑った。
「違うんですか?」
「…………コレも合理的虚偽、か。」
「えっ?」
「ああ、いや、何でもない。話はそれだけだ。じゃあな。」
「はい!失礼します!」
今日は会えないと思っていた相澤先生が私に用事があったとはいえ会いに来てくれた上に、実は甘い物が好きだという新しい情報を入手できたことでとても上機嫌になったわたしは金曜日まで待ちきれなくて、帰宅してすぐにお菓子を作って翌日の昼休み、13時きっかりに職員室を訪れた。
「先生!お約束のクッキーです!」
「ああ……そこ、置いといてくれ。」
「はい!」
「念力。」
「はい?」
「……ありがとう。」
「……は、は、はい!し、失礼しま……」
相澤先生がまたニヤリと笑ったのがカッコ良く、直視するのが難しくて私はすぐに身を翻して職員室を出ようとした。しかしその身は前には進まず、ぐんっと後ろに引っ張られた。彼に腕を掴まれていたからで。
「待て。」
「えっ?」
「……週末、楽しみにしてる。」
「…………!?は、は、は、はい…………」
初めて出会ったあの日のように、彼はとても低い声で呟きながら私の頭をガシガシと撫でてくれた。まさか先生の方から私のお菓子を催促してくれるだなんて夢にも思わなかった。これからも先生の好きなものをもっと知っていって、高校を卒業する時にはこの想いを伝えられればな……なんて淡い期待を胸に抱いたのだった。
毎週のお楽しみ
「おいおいイレイザー!今の見てたぜ!?何だよアレ!」
「別に……菓子をもらう約束を取り付けただけだが。」
「ふーん、菓子をもらう、ねぇ……彼女は生徒、貴方は教師、そのことわかってる?」
「わかってるさ……オールマイトさんと緑谷に比べりゃ、あのくらい何でもないだろ。」
「な、何ィ!?あ、あの二人そんな関係なのかよ!?」
「ちょ、ちょっと!相澤くん!誤解を招く言い方はやめたまえ!」
back
top