「音無……」

「先生、今は違うでしょ?」

「ああ、そうだったな……凪……」

「なぁに?」

「……明日は、会えないのか。」

「だぁーめ。先約があるの。ごめんなさいね?」

「……チッ。」

「怒らないで。明後日なら会えるから、空けといてね、先生。」


私は彼の唇の横にキスをして、わたしを抱く腕からするりと抜け出して夜の街へと姿を消した。


彼は私の元担任の相澤消太先生。世間ではプロヒーローのイレイザーヘッドとしてその名が通っている。高校生の頃から相澤先生に対しては男性として憧れを持っていたけれど、当時の私は全く相手にしてもらえなかった。それもそのはず、私と彼は生徒と先生だったのだから。けれども私ももう社会人になって早2年。彼と対等な立場にある。いや、正しくは彼等と。


先生は二人の時は決まって私のことを凪と呼ぶ。これは高校生の時からの暗黙の了解だ。当時、私の気持ちを知っていた響香ちゃんと三奈ちゃんからは相澤先生が私のことを特別視してるんじゃないか、なんて揶揄われていたけれど、本当にそうだったと知った時は本気で驚いたっけ。私が高校を卒業する際、相澤先生から今度は生徒と先生じゃなくて対等な立場で関係を築いていきたいということを告げられた時は心底胸が躍ったのをまるで昨日のことのように覚えている。


なんて想いを馳せていると突然大きな声が私の耳を劈いた。


「おーい!音無ー!遅かったな!」

「時間には間に合っていると思いますけど……」

「あぁん?先生に口答えすんのか?」

「ふふ、ごめんなさい。私に早く会いたかったんですね、マイク先生。」


クスクスと笑いながら彼を揶揄うとヴォイスの個性はどこへ行ったと突っ込みたくなるようなか細い声でもじもじと何かを呟き出した。何を言っているのかは全然聞こえない。


彼は私の高校時代の英語教師の山田ひざし先生。世間でも学校でもヒーロー名で通ってたせいか、みんなは彼をプレゼントマイク、もしくはマイク先生と呼ぶ。この先生は相澤先生とは昔馴染みの親友らしいけれど、性格は対照的でとても明るく賑やかな人だ。高校時代は英語が不得意でいつも放課後はマイク先生に勉強を見てもらっていた。最近では彼はヴォイス、私は消音と二人とも音に関わる個性だからかヒーローとしてチームアップすることも多く、なんだかんだでプライベートでも時間を共にすることが多く感じる。


さて、今日も名目上はチームアップする際の作戦会議だけれど、本当はただのデートだったりする。ちなみに、先程まで相澤先生と一緒にいたことは彼は重々承知済み。だって彼等は一人の同じ女性に恋慕の情を抱いて、必死に奪い合っているのだから。





そんな二人の男を手玉に取る毎日を送っているある日のこと。仕事を終えた私のスマホに何度も着信が入っていることに気がついた。相手は香山睡……そう、ミッドナイト先生だった。彼女から生徒に連絡してくるなんて珍しい


「ちょっと、いい加減ハッキリなさい!」

「えぇ……だって、どちらも素敵なんですもの。私じゃ決められませんよ。」

「ほんっと悪い女……貴女、学生の時はそんなんじゃなかったでしょ?」

「うーん、何ででしょうね。ほら、人は変わるってよく言うじゃないですか。」

「ハァ……貴女が決めてくれないと同僚としても困るのよ。流石に勤務中はビシッとしてるけど、それ以外では二人ともずーっと貴女のこと考えてて使いもんになりゃしないのよ!」

「えっ?相澤先生とマイク先生が?うふふ、そんなに私の虜なんですね……」

「この悪女め……で、本当はどっちが好きなの?」


ミッドナイト先生は甘く心地良い香りを醸し出しながら私に問いかけてきた。どっちが好きかだなんて、そんなの私には決められない。むしろ、より私のことを好きなのはどちらなのか、いや、より一層私に依存しているのは、と言う方が正しいか。昔はこんなんじゃなかったはずなんだけどなぁ、と髪の毛を人差し指でクルクル弄りながら溜息を吐いたら、ミッドナイト先生は肩を竦めていた。


思えば高校生の頃は相澤先生からは大人の男性の魅力を感じていて、マイク先生は包容力というか安心感というか、とにかく一緒にいて楽しかった。それは卒業してからも変わらなくて。いつしか私と先生達との関係は女と男になっていた、と言っても身体の関係なんてものはない。けれど、双方それを望んでいるのは時間を共にしていればわかること。のらりくらりと躱してはいるものの、ミッドナイト先生の言う通り、いつかは決めなければならないのだろう。けれども私はまだこの宙ぶらりんな関係を楽しみたいのだ。





さて、あれから二日後。今日は相澤先生とデートの日だ。いつもいつもお預けを喰らわせてばかりいるから、流石にキスの一つでも許してあげようかな、なんて上から考えてしまう私は嘸かし酷い悪女以外の何者でもないだろう。


オフショルの真っ白なミニワンピを着て相澤先生との待ち合わせ場所へ向かった。遠くから彼の姿を認識できたと同時に、そこにマイク先生の姿も見えた。そういえば、と思ってメールを読み返してみると、今日は学校が終わったら相澤先生とマイク先生は二人で訓練の準備だと言っていたっけ。思わずクスッと笑みがこぼれてしまったけれど、私はそのまま二人に近づいた。


「あれ?今日はマイク先生も一緒なんですか?困ったなぁ、私の身体は一つしかないんですけれど……」

「いや、違う。凪、俺と二人だ。」

「ハァ!?名前呼び!?」

「……音無。」

「いや遅ェよ!!」

「ふふっ、相澤先生、マイク先生に私がとられちゃうかも、って焦ってるんですね。可愛いなぁ。」


私がクスクス笑うと、相澤先生は照れているのか、目線を逸らしながら笑うなと小声で呟いた。私達のやり取りがが面白くないマイク先生はわざと相澤先生にはわからない私達のチームの仕事の話を振ってきた。


「音無、来週の潜入作戦の件だけどよ……」


けれど、ごめんなさいね。今日は相澤先生との約束なの。


「マイク先生、それはまた二人の時に、ね?」

「……お、おう!!」

「……うるせェ。」

「何だとォ!?」


マイク先生は顔をぽっと赤くして大きな声で返事をしてくれたのだけれど、相澤先生の余計な一言のせいでまたしてもギャアギャアと騒ぎ出してしまった。ああ、私の虜になっている二人の大人の男性が可愛く見えて仕方がない……いや、一番可愛いのはそんな二人が虜になっているこの私なんだろうけど、なんて自意識過剰だと思われても仕方のないことを思いながらクスリと笑って相澤先生の逞しい腕にするりと絡み付いた。彼はニヤリと口角を上げながらマイク先生に勝ち誇った笑みを向けていた。ふふ、今日は奮発してホテルにでも泊まってしまおうか。もちろん、身体の関係なんてまだまだお預けだけれどね……





手玉に取られる男達




どっちが好きかどうかなんてそんなのはどうでもいい。私はただ二人を手玉に取って、そばに置いておきたいだけだから。





back
top