とびきりの笑顔
雄英高校ヒーロー科に合格するために毎日猛勉強の日々で、夜遅くまで塾に残って自習を重ねていたある日のこと。いつも通り、英単語の発音を必死に聴きながら歩いて帰っていたのだけれど、突然横から眩しい光が差し込んできた。突如、響くクラクション。
「きゃあああああ!!」
「ッぶねェ!!」
轢かれる!!そう思った時だった。背後から突然男の子の声がしたと思ったら、全身に何かが巻きついてびんっと引っ張られて。
「ひぃっ!?」
「馬鹿が!!気を付けろ!!」
「す、すみません…………」
トラックの運転手が窓から身を乗り出して私を怒鳴りつけて去って行った。カタカタと全身が震える。よく見ると腕や胴にテープのようなものが巻きついている。そうか、これが私を救けてくれたのか、と呆けていると背後から先程の男の子の声がした。
「おいおい、あんた大丈夫か!?」
「あ、あ、ありが……と……」
「おーおー、怪我してなくて良かったぜ!」
一目惚れ、なんて少女漫画やドラマの中だけだと思ってた。大きな肘と白い歯を見せて勝ち誇ったように笑う素敵な笑顔がとても特徴的な男の子に、私は人生で初めての恋をしてしまったのだ。彼が救けてくれなければ私は今頃挽肉になっていただろう……
「ん?どーかした?」
「……あっ、い、や、なんでもな、い。」
「あんたさー、塾から帰る時いっつも必死になんか聴いてるけどそれ何なの?そんな良い音楽なら俺にも教えてくんねー?」
「えっ?あっ、えっと、音楽じゃなくて……」
「ん?ちょっと聴かしてよ。」
彼はしゃがんで私の膝下に転がっていたイヤホンをそっと耳にはめた。数秒後、彼は大きな声で、げっ!!と叫んでイヤホンを外した。
「え、英単語!?」
「う、うん、私、身の丈に合わない高校を受けるから……」
「身の丈に合わない、って……なぁ、あんた頭良いんじゃねーの?」
「えっ?」
「いや、俺もあの塾に通ってんだけど、いつも一番最後に一番上のコースの教室から出てくんじゃん……!?あっ、いや、俺、別にストーカーとかそんなんじゃ……!!」
なるほど。彼は同じ塾の生徒で、たまたま帰り道が同じなのかと推測できた。あたふたと慌てる彼が面白くて、クスクスと笑ってしまうと彼はぴしっと固まってしまった。もしかして失礼だっただろうか。
「あっ、ごめんなさい、笑ったりして失礼だったよね。」
「そ、そんなことねーよ!い、いや、わ、笑った顔、初めて見たなーって……」
「えっ?」
「あっ、な、何でもねーよ!そ、そうだ、俺、猿架舞中3年、瀬呂範太!あんた、名前は?」
「私は音無凪っていうの。中学校は塾のすぐ裏の……」
「あっ、それは制服見りゃわかるよ!そっかー、音無っていうのか……」
心なしか彼がとても嬉しそうに見える。しかし、彼の笑顔にはなんとも癒されるというか、緊張がとても和らぐ気がする。にーっと口角を上げて白い歯を見せてくれる、まさにニコニコという効果音がぴったりのとびきりの笑顔に思わず心臓がどきんと飛び出してしまいそうだ。
瀬呂くんはこのまま一人で帰すのは心配だから、と家までついて来てくれた。お礼を告げて、彼を見送ろうとしたけれど彼は一歩も動かない。どうしたの?と聞くと再び彼はあたふたと慌て出して。
「あ、あのさ、受験まであと少ししかないけど、良かったら塾で一緒に自習しねぇ?いや、ほら、女の子がこんな遅い時間に一人で帰るのは俺も心配っつーか……そ、それに、音無なら俺のわからない問題もすぐ教えてくれそーだし……」
「そう?塾帰りなら誰でもそうだと思うけど……それに、あの塾、余るくらい先生がいるけど……」
「いや、ほら、俺も友達が一緒なら勉強頑張れそーだしさ!俺、あの塾に友達全然いなくてさ!な、頼むよ!人助けだと思って!」
瀬呂くんは両手を合わせて頭を下げてきた。ヒーロー科を目指す以上、人助け、なんて言われたら断るものも断れないし、何より一目で彼を好きになってしまった私に断る理由なんかない。小さく、いいよ、とだけ返事をすると、彼はまたしてもとびきりの笑顔を浮かべて、明日からもよろしくな!なんて。どんな難問よりもこの笑顔にときめかない方が難しい気がする、なんて我ながら馬鹿なことを考えてしまった。
あれから一ヶ月、遂に雄英高校ヒーロー科の受験日がやってきた。ちなみに瀬呂くんの受験先も同じだということを知ったのはつい先日の説明会が初めてで、とびきりの笑顔の彼に声をかけられた私はプレゼントマイクと同じくらいの声量で叫び声をあげてしまった。叫ぶ前に咄嗟に個性を発動させて他人に迷惑をかけることを防いだのは唯一の救いだ。しかし、彼から見た私はパクパクと口を動かして声にならない叫びをあげているように見えたらしく、ゲラゲラと笑われてしまったのは恥ずかしかった。
筆記試験はほぼ満点に近い点数をとることができたと思う。実技試験では運良く同じ試験チームにいた瀬呂くんに誘われて、二人で協力してなんとか乗り切ることができた。素敵な相棒のおかげで実技も意外といい出来だったんじゃないかなと思える。
さて、今日はその相棒と一緒に合否の結果を知る日だったりする。二人で未開封の通知書を持って、塾の付近の小さな公園のベンチに腰掛けている。
「い、いいか、開けるぞ!」
「うん……!」
二人で並べた通知書には合格の二文字。私達は、春からあの雄英高校ヒーロー科の生徒になるんだ……!!
「や……やったぜ!!うおお!!俺ら春から雄英生じゃん!!」
「こ、声が大きいよ!」
一応ここは住宅街。あまり大きな声を出すと周りの迷惑になってしまう。私はすぐに彼の手にちょんと触れて個性を発動させた。消音の個性があればどれだけ大きな声を出しても大丈夫だ。瀬呂くんはとびきりの笑顔を見せながら、がしっと私の手を握ってきた。
『音無が勉強教えてくれたおかげだぜ!ありがとうな!』
『い、いや、私こそ!実技で瀬呂くんがチーム組もうなんて誘ってくれなかったらどうなってたか……』
『あー、それは、まぁ、ほら、同じ高校行きたいじゃん……』
『う、うん、あの塾の数少ないお友達だもんね……!』
私がそう言うと瀬呂くんはとびきりの笑顔から一転、へにゃりと眉も口もへの字に下げてしまった。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。私がおろおろしていると、彼は軽く溜息を吐いてから、握手のような握りをしていた手を一旦離して、今度は指を絡めて握ってきた。
『あのさ……俺、音無って頭良いと思ってんだけど、もしかして、察しは悪い方?』
『えっ?どうだろう……あっ、でも国語が苦手かも……よく登場人物の気持ちを読み違えてたりするかな……』
『……まァ、二人とも受かっちまったワケだし、今言っちゃう?』
『何を?』
『俺、ずーっと前から音無のこと知ってて、ずーっと気になってたんだよね。』
『……えっ?』
今のは聞き間違いだろうか。瀬呂くんはずっと前から私のことを知っていた……?
『えっ、でも、あの、事故に遭いかけた日……』
『ごめん!実はあの2,3日前に音無も雄英受けるって知って、声かけようと思ってて……』
どうやら瀬呂くんは私に声をかけるチャンスをずっと窺っていたらしい。しかも帰る方向も同じで、偶然を装って声をかけようと思っていたらあの事故が起きそうになったらしい。つまり、彼が私に興味を持ってくれていなかったらやはり私はあの時挽肉になっていたのだ。
『……ごめんな、ストーカーみたいな真似しちまって……で、でも、俺、ずっと前から……』
『あ、あの、ありがとう!!』
『え?』
『私、あなたに気にかけてもらってなかったら今ここにいなかった……あなたのあのとびきりの笑顔……私も、あんな風に誰かを安心させられるような笑顔のヒーローになりたい……!ありがとう、私のこと、気にかけてくれて……!』
『お、お、おぉ?』
『瀬呂くん、これからは塾のお友達じゃなくて、学校のお友達としてよろしくね!私も、瀬呂くんみたいなとびきりの素敵な笑顔のヒーロー目指すね!』
『……ま、まァ、いいや。おう!よろしくな!』
そう言った瀬呂くんはやっぱりあのとびきりの笑顔でニコニコと笑ってくれた。いつか、私もあなたみたいな素敵な笑顔でみんなを安心させられるようなヒーローになるから、その時は、あなたのとびきりの笑顔に恋をしたこと、伝えていいよね……?
とびきりの笑顔
本当はずっと前から音無のことが好きだって言いたかったんだけどなァ……
ま、楽しみは後にとっといて、焦らずゆっくりいこーかね。
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