「音無!好きだ!俺と付き合ってくれ!」

「……ご、ごめんなさい!」

「なんでだ!?俺のこと嫌いか!?」

「き、嫌いも何も、よく知らないから、です……」


彼の名前は鉄哲徹鐵、一部の人からは切島くんと個性も性格もダダ被りなんて言われてる、ということくらいしか知らないのだけれど、何故か彼は私のことが好きらしい。困ったことに、私はあまり男の子が得意ではない。尾白くんや緑谷くんの様な物腰柔らかなタイプならともかく、鉄哲くんの様な暑苦しい熱血漢タイプとは全然関わったことがなくてどうしても反応に困ってしまう。切島くんならば同じクラスだからよく話すし、ちょっと鉄哲くんよりはソフトなタイプだから平気なのだけれど……


「じゃあこれから知ってくれたら良いってことか?」

「え、えっと、そういうわけでは……」

「名前は鉄哲徹鐵!1年B組13番!好きな物は格闘ゲーム、ほうれん草!個性はスティール、それから……」

「わ、わ、わかった、わかったからちょっと待って!」


彼は猪突猛進という言葉がピッタリで、どんどん話を進めて先へ先へと突っ走ってしまう様だ。きっと戦いの場でも後先考えずとにかく真っ直ぐ突っ込んで力で敵をねじ伏せるタイプだ。切島くんは協調性もあるし話もちゃんと聞いてくれるし、ダダ被りなんかじゃない、むしろ鉄哲くんはちょっとだけ厄介なタイプなんじゃないだろうか。


次の授業のチャイムが鳴りそうだからという理由で、私はそそくさと教室へ逃げ帰った。しかし鉄哲くんは、また明日なー、なんて言っていて。そう、このやりとり、実は体育祭の日から毎日続いているのだ。私は音を消せること以外には大した特徴はないのだけれど、座学はちょっとだけ優れていて、特に応急処置なんかは相澤先生からも直々にお褒めの言葉を頂いたこともある。体育祭の時、切島くんと鉄哲くんの治療のため、リカバリーガールのお手伝いをしていた時、鉄哲くんは私を見てまるで製鉄の様に真っ赤になっていたっけ。彼曰く、一目惚れ、だったとか。


最近では授業中にちょっとだけ鉄哲くんのことを考えてしまうことがある。悪い人じゃない、むしろすごく良い人なのはよくわかる。切島くんがいつもいつも鉄哲くんのことを熱いヤツだ、良いヤツだ、かっけーヤツだ、とよく褒めているから。でも、なんとなく、彼みたいなタイプに近づく勇気が中々持てないのだ。すっぱり付き合えない、とフった方が彼のためなのかもしれない、なんて考えているとセメントス先生から朗読の指名をされてしまい、慌てて立ち上がって朗読を始めたのだけれども、周りはみんな私を見ている。


「音無さん、個性は使わないでね。」

『……!?ごめんなさい!!』

「音無、それも聞こえてないと思うよ……」

「ひああ!は、恥ずかしいっ!あ、これも聞こえてないっ!?」

「落ち着いて!凪ちゃん、それは聞こえてるよ!」


セメントス先生、響香ちゃん、透ちゃんから指摘されてあわあわと慌てた私は恥ずかしくてすとんと席に座ってしまった。みんなからクスクス笑われてしまってとても恥ずかしい。先生からは、珍しいですね、大丈夫ですか?と声をかけられて、ぼそぼそと大丈夫です、と返事をした。


「音無が授業に集中できなかったなんて珍しいな……あ、昼休みのか?」

「うん……毎日毎日、粘り強くて……」


放課後、帰ろうとしたら切島くんに話しかけられた。実は切島くんにだけは彼のことを相談しているわけで。別に彼のことが嫌いというわけではないのだけれど、毎日というのは流石にちょっと堪えてしまう。私は途中まで帰り道を切島くんと共にして、彼のことをずっと話し続けた。





翌日、いつもとは違う電車に乗り込んだ。というのも、いつも利用している電車が急な点検で大幅な遅れが見込まれているという連絡を中学の時の友達から受けたからで。


しかし、いつもと違うのはこれだけではなかった。満員ぎゅうぎゅうの電車の中で、誰かにさわさわと脚を触られている感覚。下からなら子どもなのだろうが、これは明らかに上からだ。おまけにその手は少しずつ上へ上へと上がってきている。


痴漢だ。


怖い。変な汗がじわじわと出てきているのがわかる。気持ち悪い。ぎゅっと身を固く縮めて、電車に揺られているフリをしながら首をちょっとだけ動かしてちらっと背後を見たら、結構若い感じのスーツの男がニヤニヤしながら立っていた。男の指は私の肌と下着の境界線をなぞっている。私はヒーロー科なのに、こんな奴、捕まえなきゃいけないのに。悔しい。勇気が、欲しい。情けない。怖くて、気持ち悪くて、声が、出な


「テメェ!!俺の好きな女に何してんだ!!あぁ!?」


いつもならこの声を聞いたらビクッと肩が跳ねるのに、今日は酷く安心してしまった。隣のクラスの、私達と同じヒーローの卵、鉄哲徹鐵くんの声に。私もなんとかなけなしの勇気を振り絞って声を出した。


「なんだ貴様は!?お、俺は何も……!」

「て、て……たす……」

「もう大丈夫だ!!俺が来た!!この野郎!!」

「ぐわっ!!」


鉄哲くんはガキン!と音を立てて鉄の様に硬くなった頭を小さく振って、スーツの男に見事なヘッドバッドを一撃かました。


「音無!!大丈夫か!?ほら、そっちに寄れ!俺を間に挟んどけ!な!」

「う、う……ん……あ、あり……」

「わかった!!何も言うな!!大丈夫だ!!」


鉄哲くんはスーツの男の腕を折れるんじゃないかというくらいぎりぎりと掴んで離さない。一方でもう片方の手はとても優しく私の手を握ってくれていた。彼の背中はとても広く見える。なんて逞しい、勇気溢れる、頼もしいヒーローなんだろう……


電車を降りたらすぐに彼はその大きな声で駅員さんを呼んで、スーツの男を突き出した。駅員さんから事情聴取のために一緒に来てくれと言われて、私はさっきのことを思い出して怖くてぶるぶる震えてしまった。けれど鉄哲くんが汗ばんだ両手で私の手をぎゅうっと包み込んでくれて、怖いなら行かなくていい!!と大声で言ってくれた。まるで彼の手から彼の勇気が流れ込んでくる様だ。せっかく救ってくれた彼の気持ちを無駄にしたくなくて、もらった勇気を振り絞って、事情聴取に応じることにした。学校には駅員さんから連絡してくれて、鉄哲くんも一緒にこの場に残ってくれた。


警察の人も来て事情聴取を無事に終えて、私と鉄哲くんはゆっくり歩いて学校へと向かうことになった。歩いている間はいつもと違って、とても私を気遣ってくれる鉄哲くんが隣にいた。電車の中の彼は本物のヒーローの様、いや、確かに私にとっては勇気溢れるヒーローに違いなかった。彼の声を聞いた瞬間安心して、彼がとてもかっこ良く見えたのだ。


これが同じクラスの切島くんや隣のクラスの回原くんでも同じ気持ちになっていただろうか。いや、そんなはずはない。あんな人混みでも彼は真っ直ぐだったじゃないか。私のことを好きだと叫んでくれて、もう大丈夫だと何度も何度も声をかけてくれて、こんなにも私を大切に守ってくれる人、他にいるだろうか、いや、このご時世、みんな自分が第一に決まっている。かく言う私もそうだし、電車の中でも絶対気付いている人はいたはずなのに、誰も救いの手を差し伸べてくれなかった。救けてくれたのはわざわざ人混みをちょっとずつ進みながらこちらに来てくれた彼だけなのだ。


単純なのは彼ではなく、私なのかもしれない。あのたった一瞬の出来事で、私は彼に、恋をしてしまったのだ。


「……でよォ、面白ェだろ!うちのクラスのヤツ!」

「あ、う、うん……あ、あの、鉄哲くん……」

「ん?何だ?」


鉄哲くんにいつもいつも好きだって言ってもらってばかり。今日は救ってもらった上に勇気を何度も与えられている。お願い、勇気のヒーロー。あと一回、あと一回だけ、勇気をください。


「え、っと……あの、ね……」

「ん……?も、もしかして、どっか具合悪いのか!?」

「え?ち、違……」

「うおおおお!!もう大丈夫だ!!俺に任せとけ!!」


何かを勘違いした鉄哲くんは突然私をお姫様抱っこして、学校へ向かって全力で走り出した。


「!?きっ、きゃああああああ!!お、おろして!!」

「大丈夫だって!!落とさねーからしっかりつかまっとけ!!うおおおお!!」

「ち、違うのに〜!!」





勇気のヒーロー




「音無!!学校着いたぜ!!大丈夫か!?」

「う、うう、鉄哲くん……」

「何だ!?」

「あ、あの……」

「ん?」

「す、好き、です……」

「……!!そうか!!音無はこういうのが好きなんだな!!お前の好きなもん知れて嬉しいぜ!!」


鉄哲くんはまたしても何かを勘違いしている様だった。せっかくの私の勇気が……なんて思ったけれど、もう少しお互いのことをよく知ってから、もう一度彼に好きだと伝えてみようと決めたのだった。




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