なんとなく目が覚めた。時計を見ると午前2時。まだ夜中じゃないかと溜息を吐いて、もう一度布団を被ろうとしたけれど、秋の夜のひんやりとした空気を少しだけ感じたいと思った私は少しだけベランダに出てみることにした。


「わぁ……星が綺麗……」


都会に住んでいると夜でも街の明かりが眩しくて、夜空を仰いでも星を見ることなんて中々できないから、今日はとても運がいい。しばらく無言でじいっと空を眺めていると、一瞬、夜空を黒い何かが横切った。空を飛べる人なんて世の中にはそうそういない。プロヒーローのエンデヴァーやホークス、デクやウラビティ、そして、ツクヨミくらいだろう。


「……常闇くん、元気かなぁ。」


漆黒ヒーロー・ツクヨミこと、常闇踏陰くん。実は私の想い人だったりする。高校1年生の時からずっとずっとずっと彼のことが好きだった。いや、今も大好きなのだけれども。体育祭や演習、実習の場では圧倒的な強さを誇っていた常闇くんはあの爆豪くんですら認めるほどかっこよかったっけ。1年生の時の文化祭ではギターを爪弾く凛々しい姿がとても眩しかった。もちろん、黒影ダークシャドウのシンバルも忘れていない。クリスマス会では毎年大きなかっこいいプレゼントを用意していて、いつも常闇くんのプレゼントが当たりますように!って願ってた。どんな彼も脳裏に焼き付いている。でも、一番は、3年生の時の、真冬の星空の下を一緒に散歩した時のことだ。


3年生の頃の常闇くんはしっかり黒影を制御できるようになっていて、夜でも自由に、そして穏やかに過ごせるようになっていた。そんな彼は真冬のある寒い日に、寮の共同スペースで星の図鑑を読んでいた私に星を見に行かないかと声をかけてくれたのだ。当時の私は恥ずかしさのあまりに思わず音を消して返事をしてしまい、彼にくつくつと笑われてしまったのを今でもよく覚えている。


寒空の下でいろんな星や星座について話した。あれは何だ、これは何だ、と沢山の質問をしてくれて、実技はイマイチだけど座学だけならヤオモモにも引けをとらない私にとってはたまらなく楽しいひと時だった。大方説明し終えると、なぜか空気は凍ってしまった。つまらなかったのだろうか、と彼の顔をチラッと見たと同時に彼は徐に口を開いた。


「……卒業したら、俺は九州に行く。」

「……えっ?」

「ホークスの……相棒サイドキックに、と……」

「……そ、そうなんだ!流石常闇くんだね!あのホークスの……!私、応援するよ、ずっとずっと!」

「かたじけない……」


卒業したら常闇くんと離れ離れになってしまうんだ、と思うと目頭がじんわり熱くなってしまった。泣くな、と自分に言い聞かせても鼻水と涙が出てしまいそうで、私はすぐに個性を発動させて、鼻を啜る音をごまかしたっけ。幸い暗闇に包まれていたから常闇くんにバレることはなかった。


なぜ私にこんな話をするのだろう、と思ったけれど、そんなこと聞く度胸は持ち合わせていなかった。何も知らない常闇くんは私の進路はどうなんだとこれまた徐に尋ねてきた。


「私は東京にいるよ。相澤先生の知り合いの事務所でヒーロー業と事務員を兼ねることになってるの。私にぴったりでしょ?」

「……フッ、確かにな。」

「……ちょっとバカにした?」

「む、失礼した。いや、音無の成績はあんなに優秀だが、実技となるとどうも……」

「もう!みんなすぐそれ言うんだから……あーあ、3年間、頑張ったんだけどな……」


ちぇっ、と小さく漏らしたら、大きくなった黒影の手が伸びてきて、元気ダセヨ、と言いながら私の頭をちょんちょんとつついてくれたっけ。私達はこの後も他愛ない会話を続けて、特に何かあったわけでもなくあっさりと解散してしまった。


あの時、もしかしたら常闇くんも私と同じ気持ちでいてくれているのかな、なんて馬鹿げた妄想をしたけれど、彼の態度の真意はよくわからなかった。


今となっては、きっとあの人は色恋沙汰なんて興味がなかったのだろう、と思ってしまう。でも、今も昔も私にとって憧れの男性はあの人だけ。今もこのどこまでも広がる同じ空の下で頑張ってるんだろうなぁ……と思ったその瞬間、再び夜空を黒い何かが横切っ…………えっ?こっちに来てる……?


「……!!えっ!?だ、誰!?」


真っ黒なフードとマントに身を包んだ、私と背丈が同じくらいの人がベランダにスタッと降り立った……まさか、まさか……


「……と、常闇くん?」

「……!!よくわかったな……」

「えっ!?ど、どうして!?」

「八百万から音無が此処に住んでいると聞いた。」

「い、いや、そういうことじゃなくて……なんで東京にいるの!?」


私がそう訊ねたら、彼は少し口籠もりながらそっと答えてくれた。


「……星。」

「えっ?」

「星を、眺めたいと思った。お前と。」

「……なんで?」

「昔からお前は博識だろう、それに、俺はお前の話を聞くのが好きだ。」

「……!!」


びっくりした。まさか彼の口から『好き』だなんて言葉が出てくるなんて。いや、私のことではなく私の話が好きらしいけれど、やっぱり長年の想い人からそんなことを言われて嬉しくないはずがなく。


「そ、っか……わ、私も、常闇くんとお話するの、凄く好きだよ……」

「かたじけない。では、何処か星がよく見える所へ……そうだな、あの聳え立つ大樹の上は如何だろうか。」

「わぁ、素敵!じゃあすぐに準備するね!」


私は部屋に入って急いで着替えを始めた。真っ暗だからとカーテンも閉めず、網戸だけ閉めていたからか、外から常闇くんと黒影の声が聞こえてきた。


「フミカゲ、良カッタナ。」

「何がだ。」

「……コノ時期ニナルト、毎晩星空見テ音無ッテ呟イテルゾ。」

「なっ!?む、無意識だそれは……」


…………!!心臓の鼓動が一気に加速した。私の名前を、常闇くんが……?続く黒影の言葉でさらに鼓動は加速して。


「……スキナンダロ?」

「無論。言うまでもなかろう。」


…………!?えっ!?と、常闇くんが!?私を!?


「早ク本人ニモ言ッテヤレバイイノニ。」

「そうもいくまい。音無は……ヤツは昔から黒色を……」


…………えっ!?黒色くん!?B組の!?全然喋ったことないんだけど!?と、先程から動揺を繰り返していた私は個性で音を消すのも忘れて、ええええ!?と大声で叫んでしまった。


「……!音無!聞こえていたのか!?」

「ご、ごめんなさい、盗み聞きするつもりなんて……」

「いや、構わん。無用心だった俺の責任……む、そ、その、先程の話に嘘偽りは皆無。俺がお前に恋慕の情を抱いてるのは事実だ。」

「……そ、そっ、か。」

「すまない、迷惑だろうか……」


常闇くんはシュンと項垂れてしまった。心なしか、黒影もとても悲しそうな表情をしているように見える。私は慌てて彼に自分の気持ちを伝えた。


「あ、あの、あのね、わ、私、高校生の時から、ずっと、ずっと、好きな人がいるの!」

「承知している……黒色支配、だろう?」

「私が好きなのは、常闇くんだよ!」

「なっ……!?馬鹿な!」

「なんで黒色くんだと思ったの……?」

「かつてエリという幼児おさなごに、真っ黒なヒーローが好きだ、語りかけていただろう……」

「……えっ、えぇ!?そ、それ、常闇くんのことだよ!?」


常闇くんは鋭い目を大きく見開いている。なんてことだ、エリちゃんとの会話を聞かれていたどころか、勘違いされてしまっていたなんて。それに、そんな昔から常闇くんも私のことを想ってくれていただなんて全然知らなかった。


「……常闇くん、今からでも遅くない?」

「む……?」

「私、もっと常闇くんと一緒にいたい。沢山話したい。また、一緒に星を見に行こう?春も夏も秋も冬も、ずーっと。」

「……女に言わせてしまうなんて情けないが……俺で良いなら、お前の隣に立たせてくれ。」

「常闇くんが良いんだよ。」

「……俺も、お前がいい。音無、好いているぞ。」

「嬉しい……あっ、星、見に行こうよ!話はまた後で沢山しよう!」

「ああ、俺に捕まれ……行くぞ!」

「うん!……きゃっ!」





星を見に行こう




「フミカゲ、良カッタナ!」

「ああ……」

「……それでね、フォーマルハウトはね……あ、常闇くん!あれがくじら座だよ!」

「む……俺にはカンガルーに見えるが……」

「えぇ!?……わ、ほんとだ!あれが腕であれが尻尾だね!すごい常闇くん!」







back
top