憧れの先輩
お昼休み、食堂で響香ちゃんとお昼ご飯を食べてから二人でまったりジュースを飲みながら過ごしていた時のこと。食堂の入り口に私の大好きな憧れの先輩のつるんとした綺麗なおでこが見えた。
「はぁ……通形先輩ってかっこいいよね……」
「はぁ?突然何……?」
「だってだって、あんなに優しくて笑顔が可愛くて、愛嬌もあって、なのにすっごく強くて……はぁ……ほんっと素敵……」
「……あんた変わってんね。」
響香ちゃんはげんなりした顔でジュースをちゅーっと啜った。変わっているのはみんなの方だと思う。通形先輩みたいなかっこいいヒーローに憧れるのはごく自然のことなのに。はぁ……緑谷くんが羨ましい……
「ねー、キミ、隣、空いてる?」
「はい、空いて……!?と、ととと、通形先輩!?」
ちらりと隣を向くと、大好きな憧れの先輩がニコニコしながら立っていて。驚いて勢いよく立ち上がるとガタンと音を立てて椅子が倒れてしまった。慌てて椅子を元に戻して静かに座り直して、すみません、と頭を下げたらわしわしと頭を撫でられた。ううう、大きくてあったかい……!!
「うんうん、元気があっていいねー!キミは確か……そうだ!音を消せる子だよねー!」
「……えっ!?し、し、知ってるんですか!?」
「うん、緑谷くんから聞いたんだよねー!」
通形先輩は天喰先輩と一緒に席について、美味しそうにお昼ご飯を食べ始めた。ああ、食べてる姿も元気いっぱいで可愛いな……なんて思っていると、じーっと先輩から見つめられていて。
「……一口食べる?」
「……えっ!?」
「いやぁ、すっごい視線を感じたからねー……カレー好きなの?」
「ッ……!!ち、違うんです……」
「あれっ、そうなの!?残念、カレー美味しいのにねー……」
私が好きなのは、通形先輩なんです……なんて口にできるわけもなく、私は飲んでいたカフェオレのストローで口に蓋をしてしまった。
お昼ご飯を食べ終わった通形先輩と天喰先輩はさっさと食堂を出て行ってしまった。後ろ姿もとてもかっこよくてまたしても溜息が出てしまった。
「……そんなに好きなら告ってみたら?」
「む、無理だよ!!私なんか……憧れてるだけで精一杯だよ……」
「そう?案外脈アリだと思うけど。」
「な、なんで?」
「んー……ウチにはわかるよ。この耳で、ね。」
「……先輩は誰にでも優しく話しかけるよ!思い上がりも甚だしいと思われちゃう!」
響香ちゃんが応援してくれるのはとても嬉しいけれど、やっぱり私なんかがあの通形先輩に……そんな勇気は持てるわけがない。こんな意気地なしがどうしてあんなに立派でかっこいい通形先輩の隣にいられようか、そんな資格、あるはずがないのだ。
放課後、私は響香ちゃんと上鳴くん、それと緑谷くんと一緒に救助訓練を想定した特訓をしようということで演習場に来ていた。そこには2年生や3年生の先輩方もいて、よく見たら天喰先輩が、お昼ご飯で食べていたであろう貝の殻を手に生やして動く的を追いかけて攻撃しているのが見えた。通形先輩もどこかにいるのだろうか……と、ぼーっとしていると上鳴くんが今日の特訓についての話をふってきた。
「今日は
「うん、敵の目的が音無さんっていう設定だよ。だから、見つかる前に音無さんを先に救助すればいいんだけど、まぁ見つかったら交戦せざるを得ないね……」
「凪、ウチが絶対守るからね!」
「……敵って誰?緑谷くん?」
そういえば、と上鳴くんも首を傾げている。響香ちゃんに聞こうとしたけれど、彼女も知らないみたいで。緑谷くんの方を振り向くと、彼はふるふると首をふった。
「敵役は3年生の先輩だよ、もう来るはず……あっ!来たよ!」
「緑谷くーん!……あっ!キミは昼間の……!」
「……と、ととと、通形先輩!?な、な、ななな、なんで……」
「先輩!今日はよろしくお願いします!」
どうして通形先輩がここに!?と私よりも驚いていたのは上鳴くんだった。先日の腹パンを思い出したのか、ぎゅっとお腹を抑えて響香ちゃんの後ろに隠れたのだけれど、彼女から綺麗なエルボーをくらってしまってお腹を抑えてしゃがみ込んでしまった。可哀想に……
さて、どうして通形先輩がここにいるのか、というのも緑谷くんが強い敵を仮想して訓練がしたいと先輩に相談したところ、その役を買って出てくれたんだとか。つまり私はこれから大好きな憧れの先輩から追いかけられるというわけで。
「じゃ、時計が16時30分になったら追いかけるから、キミはうまく隠れるんだよ!緑谷くん達は1階から、俺は5階からスタートね!」
「は、は、はい……」
「緑谷、上鳴、良い作戦があるんだけど……あ、凪はもう行った方がいいと思うよ。」
「あ、う、うん……」
響香ちゃんに急かされるまま、私は廃屋の様な建物の中に入った。周りは少しだけ崩れかけていたけれど、大規模崩壊なんかの心配は全然なくて。しばらく歩いていると上の階から激しい音が聞こえてパラパラと天井から砂塵が落ちてきた。きっと、通形先輩と緑谷くん達が戦っているのだろう。
ひとまず大きな瓦礫の影に身を潜めてじっと息を殺して音も消した。響香ちゃんならきっと心拍で見つけてくれるはず……と思っていたら、突然ギュッと背後から誰かに抱きしめられた。背後は瓦礫にぴったりと背をつけていたはずなのに。こんなことができるのは、私が知る限りでは一人しかいない。
『と、ととと、通形先輩……』
『へへっ、見ぃつけた。』
『な、な、なんで……』
『今の俺は敵だからねー、ほら、早く逃げなきゃダメだぞー!』
通形先輩は私から腕を離して、早く逃げろと言わんばかりにとんっと私の背を押した。でも、大好きな男の人に抱きしめられた感触がすぐに消えるはずもなく、私は力なくへなへなとしゃがみ込んでしまった。
「あれっ!?どうしたの!?まさか今ので怪我でも……」
「あ、ち、違います!あの、どきどき、して……」
「……あぁ!壁からいきなり人が出てきたらびっくりするよねー!ごめんごめん!」
「え、っと……」
どきどきしたのは、先輩のことが好きだからなんです……そんなこと、言えるはずもなく。黙って俯いていたら、急に通形先輩は自分の着ていたマントを外してぐるりと私に巻きつけた。
「ごめんね、俺、女の子への接し方とかよくわかんなくて。女の子はああいうの苦手なんだね、覚えとくよ。」
先輩の……あたたかい、太陽のような良い匂いに包まれてとても心が落ち着いていく……
「……先輩。」
「うん?」
「いつか、必ず追いつきます……絶対、捕まえて見せます……!」
今の私の精一杯の勇気。今はすごく離れたところからその大きな背中に憧れているだけ。でも、いつか必ず、背中じゃなくて先輩と同じ前の景色を見れるように、もっともっと頑張ろう、私はそう決意した。でも、やっぱり恥ずかしくって。私は先輩のマントを巻いたまま一生懸命逃げるように走り出したのだった。
憧れの先輩
「追いつく、って……うーん、追いかけるのは敵役の俺なんだけどねー……」
「そーじゃないだろ!ったくもー!鈍いなあの人!!」
「うわっ!いきなり大声出すなよ耳郎!」
「だって折角空気読んで二人きりになれるよう仕向けたんだよ!?凪があんなに勇気を出してたのに……」
「うーん……耳郎さんの作戦は失敗、かな?さ、僕たちも音無さんを探しに行こうか。」
「……あの心拍、間違いなく脈アリのはずなのに。どーなってんの……」
back
top