立派なヒーロー
「はぁ……通形先輩……」
「まーた言ってる……」
文化祭、ヒーロー科A組はバンドを組んで全員でライブを催すことになった。私は運動神経が悪いからダンスやパフォーマンスは遠慮して、音響や照明などの裏方に努めることになっていて、今は響香ちゃんとそれらの使い所を相談してノートにまとめているところ。
「頼むから当日はちゃんと自分の仕事してよね……」
「そ、それは大丈夫!やっぱりいいものにしたいし……あっ、ここどうやって書けばいいかな?」
「あー……ウチ、ノートまとめんの苦手だから緑谷に聞いた方がいいかも。確か向こうで練習してるよ。」
「わかった、行ってくる!」
緑谷くんの元へ早足で向かったら、彼はやけに深刻そうな顔で切島くんと二人で話をしていた。話が終わるまでノートを見返しながら待っていたのだけれど、切島くんの大きな声が私の耳を劈いた。
「えっ!?じゃあ通形先輩、個性が失くなっちまったのか!?」
えっ……?
「失くなったわけではないと思うけど……とにかく発動ができないみたいなんだ。僕は大丈夫なんだけど、切島くんは大丈夫?」
「マジかよ……あ、俺は大丈夫だぜ!けどよ、なんか気まずいよな……」
「……先輩、言ってた。メソメソしない、だって俺はこの先『立派なヒーロー』になるんだから……ナイトアイの予知がついてる、だから笑っていよう……って。」
「……じゃあ俺らが気遣う方が余計しんどいのかもな……とにかく状況はわかった!ありがとな!」
最近、例の死穢八斎會云々の一件で通形先輩が休学しているという話を耳にしたけれど、まさかそんな背景があったなんて。私は彼等に声をかけられないまま、音を消しつつ出来る限り素早くこの場を後にした。
「通形先輩……ナイトアイ……辛いのに、笑っていよう、なんて……うっ……ぐす……」
先輩の気持ちを考えると涙が止まらない。大好きな師匠のような存在と、苦労して操れるようになった個性を失って、笑っていようなんて……笑える状況じゃないに決まってるのに。気がつけば私は演習場の近くまで来ていた。どのクラスも文化祭の準備で忙しくしているからか、周りに人はいないようで。私は近くの縁石にすとんと腰掛けてハンカチを目に当ててしばらく一人で泣き続けていたのだけれど、突然何かがふわっと私の身体を包み込んだ。ハンカチを離すと、大きなチェックのシャツがかけられていることがわかった。パッと顔を上げたら、ぱちぱちと瞬きをする通形先輩が……
「……と、ととと、とと、通形先輩!?」
「へへっ、見ぃつけた。」
「えっ?」
「今の俺はヒーローだからね!逃げなくていいんだよね!」
「……こ、この前のっ!?」
「うん、君のことよーく覚えてるよ。逃げる側なのに追いかけるーなんて面白いこと言ってたからね!」
先輩は大きな掌で私の頭をわしわしと撫でてくれた。それからじいっと私の顔を覗き込んできた。
「……君の笑顔、とっても可愛いから笑ってて欲しいな。」
「……はい?」
「どうして泣いてたの?俺でよければ話聞くよ?」
さらっと凄いことを言われたような気がするけど、通形先輩は平然とした様子で話を続けた。相変わらず、太陽の様にあたたかいニコニコ笑顔。この笑顔の裏にはどれだけの苦しみや悲しみが隠れているのだろう。太陽は影を作るだけで、自身に影はできないとばかり思っていたけれど、そんなことはないのだ。通形先輩にだって、辛いことはたくさんあるのに……
「っく……ふぅっ……ぐすっ……」
「うわっ!えっ!?俺、何かした!?ごめんね!えっと……」
「ち、違い、ます。あ、あの、通形先輩のこと、考えてたんです……」
「えっ?お、俺のこと?」
「はい……実は……」
先程、緑谷くん達が話していたように、変に気を遣う方が通形先輩にとって辛いはずだ。そう思った私は先の二人のことは伏せて、自分の思うまま正直に言葉を続けた。
「私、通形先輩のこと、大好きなんです……すっごく尊敬してます、強くて、明るくて、かっこよくて……いつか、先輩みたいな立派なヒーローになりたいです……」
「……へへっ、そんなふうに思ってくれてるなんて、俺、嬉しいな!」
「……先輩の気持ち、考えてたら、胸がぎゅって苦しくなって……ごめんなさい、突然、こんなこと……」
「んーん、変に気を遣われるよりいいよね!そっかー……うん、音無さんの気持ちはとっても嬉しいよ。」
通形先輩は少しだけ悲しみを含んだ、だけど、とっても爽やかな微笑みを見せてくれた。
「嬉しい……ですか?」
「うん、クラスメイトとかみんな明るくて前向きでさ。『通形なら大丈夫!』とか『ミリオなら個性なしでも全然やってける!』とかね。あ、でも、みんながみんな気を遣ってるってわけじゃないよ!」
「は、はい……?」
それから通形先輩はハキハキと捲し立てるように話してくれた。先輩の話を聞いていると、不思議と胸が熱くなってとても勇気が湧いてくる。本当なら、私が先輩を元気付けるべきなのに。やはりこの人は根っからのヒーローなのだ。個性なんて関係ないということを強く実感させてくれる。私もヒーロー向きの個性ではないけれど、この人のように、心からの立派なヒーローになりたい。そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、通形先輩は優しく私の両手を取ってこんな言葉をかけてくれた。
「大丈夫、君はもう立派なヒーローだぜ!だって俺をこんな風に笑顔にさせてくれたんだから!」
「……わ、私、通形先輩みたいなヒーローになります!い、今は頼りないかもしれないけど、必ず、通形先輩みたいな、キラキラした、笑顔のかっこいい最高のヒーローになってみせます!」
「……そっか!うん、じゃ、俺も音無さんの可愛い笑顔を守れる立派なヒーローになるからね!」
「……えっ?」
「お互い頑張ろうね!」
「……は、はい!」
通形先輩は太陽の様なキラキラ輝く満面の笑みで私の頭をわしわしと撫でてくれた。けれど、今の言葉はどういう意味だったのだろうか。真意が気になって仕方ないけれど、先輩のキラキラ笑顔につられて私もニッと笑って大きく頷いたのだった。
立派なヒーロー
「俺がこうしてる間に音無さんは俺より前に行っちゃうんだろうねー!」
「えっ!?そ、そんなこと……い、いえ、メソメソするのはよくないですよね、せ、先輩のこと引っ張れるくらい頑張ります!」
「おおっ、頼もしい!それじゃ、次は俺が追いかける番だねー!絶対捕まえちゃうからね!」
「は、はい!ぜひ!」
「……君のハートも、ね。」
「えっ?あの、よく聞こえ……」
「何でもないよね!」
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