「なぁ、頼むよ!音無!」

「えぇ……自分で言ってよ……」

「いや、頼むマジで!先輩、俺に気づいたらすぐ姿消しちまうんだって!カメレオンでも食ってんのかな……」

「やだ!変なこと言わないでよ!多分物陰に隠れてるだけだよ!彼、恥ずかしがり屋さんだから……」


頼む頼むと喧しいのはA組の切島鋭児郎くんだ。私の彼氏、天喰環くんが学生ながらサイドキックとしてお勤めしているファットガム事務所で、一緒にインターン活動をさせてもらいたいのだとか。そういえば切島くんがグイグイくるのが怖いって環くんも言ってたっけ……


「うーん、切島くんいい人だし全然怖くないのに……ちょっと環くんに言っとくよ。」

「マジか!悪ィ、助かる!」

「頼むのは自分でしなよ。」

「おう!」


お昼休み、環くんとお昼ご飯を食べるために食堂へ。相変わらず環くんのトレーには様々な種類の食べ物が少しずつよそわれている。シーザーサラダ、パエリア、あさりの酒蒸し、チキンソテー、それからたこ焼き……彼の個性はとても便利だけれど、いろんな種類の食べ物を摘んでおかないといけないのがちょっと大変なんだとか。


「ね、切島くんのことなんだけど……」


ビクッ!!


今、明らかに環くんの肩が跳ねた。目線をキョロキョロと動かして、少し間を開けてからとても小さな声で、彼がどうしたの……?だって。昔からこうだ、私は環くんのこういった弱々しい内気なところも可愛らしいとは思うけれど、もう少し男らしく堂々としていればいいのにと思う。ビッグ3なんて言われるほど強くて立派で格好良いのだから。


「環くんさ、いつも十分格好良いけど、もう少し男らしく堂々としてればいいのに。」

「え……?」

「切島くん、すごく良い人だよ。声は大きいし暑苦しいけど、すごく頼りになるし何より男らしいし……」

「……凪はああいう人の方が好きなのか……?」


明らかに肩を落としてしょんぼりしている環くん。絶対何かよからぬ勘違いをしている。これも昔からだ。確か先日も私がある俳優を格好良いと言ったら、ああいう人が好きなのか?ともじもじ質問してきたっけ。


「ううん、私が異性として好きなのは環くんだよ。折角強くてかっこいいんだから、あとは堂々として男らしさがあれば完璧だよね、って話。」

「う……努力は、する……」

「あ、そのままでも十分好きだから無理しなくていいんだよ、ごめんね、余計なこと言っちゃって。」


環くんは何か言いたそうにチラチラとこちらを見ていたけれど、いつも通り、言葉を飲み込んでむしゃむしゃとご飯を食べ進めていた。しつこく追求すれば無理やり聞き出すこともできるけれど、それじゃ環くんを傷つける一因になりかねない。けれども折角のお昼休みを無言で過ごすのもなんだかなぁ、と思ったけれど、思いの外、会話は今度のインターンの話で盛り上がった。ファットガムさんは環くんのことが大のお気に入りだけれど、きっと切島くんのことも可愛がってくれるはずだから連れてってあげれば良いのに。切島くんは良い子だから環くんも仲良くしてあげてほしいな、と言ったら、困ったような顔で、努力してみる、という前向きな返事をもらうことができた。





さて、ある日の昼休みのこと。またしても切島くんが環くんのところにインターンの件でお願いしに行ってくる!と張り切って教室を出て行った。数分後、燦然と輝く笑顔の彼に両手を握られて何度も何度もお礼を言われた。ついに環くんがファットガムさんへの紹介を承諾してくれたらしい。良かったね、と告げようとすると、誰かに手首を掴まれて切島くんと私の手は千切れるような勢いで離れてしまった。手首を掴んだ手の主をそっと見上げると、口をへの字に曲げた環くんがいた。


「……凪にあんまりベタベタしないで。」

「えっ?」

「俺の……か、か、彼女、だから……その、君、グイグイ来るから……もしかして、って……」

「……やきもち妬いて心配してくれたの?」

「うっ……ご、ごめん、お、男らしいどころか器の小ささを見せつけてしまってるだけで……う、やっぱり俺は……」


なんと、あの環くんが。クールで口下手でシャイな環くんがやきもちを妬いてくれたのだ。それどころか、先日のお昼休みに話した、男らしく堂々としていればいいのに、なんて私の戯言に過ぎなかったのに、彼は真面目に考えていたようで。


「……環くん。」

「う……な、何……?」

「私、環くんが一番大好きだよ。」

「……!そ、そう……うん、嬉しい……けど、は、恥ずかしい……き、消え去りたい……」

「あっ!環くん!どこ行くの!?」


環くんは真っ赤になってしまった顔面に硬そうな両手を当ててぱたぱたと走り去って行った。きっとお昼ご飯にあさりでも食べたのだろう、貝殻みたいな手だったもの。





夜、共同スペースにて男女数人でトランプをしていた時のこと。スマホが震えて、画面を確認すると天喰環の文字。彼の方から電話してくるなんて本当に珍しいことで。すぐに応答して、どうしたの?と尋ねようとしたけれど、今から校舎裏の花壇に来て欲しい、とだけ言われて切られてしまった。少し怯えている様子だった気がするけど、まぁいつもの彼だろう、私はトランプを置いて、隣にいた響香ちゃんに、20時までには戻ると告げて寮を後にした。


「……環くん!ごめんね、待たせちゃって。」

「いや、大丈夫だ……来てくれてありがとう……」


環くんはふわりと少しだけ笑ってくれた。この様子だと暗い話ではなさそうだ。何の用事かな?と尋ねてみると、彼はおずおずと私に近寄ってきて、そっと私の右手を取った。音を消してほしいの?と聞いたけれど、ぷるぷると顔を左右に振られてしまった。


「凪。」

「うん?」

「……中学生の頃から、ずっと側で支えてくれて、ありがとう。」

「えっ?どうしたの突然。」

「……俺、もっと、強くなる。自信も、つける。もっと男らしく、堂々と振る舞えるように努力する。だから……これからも、支えてほしい。」


環くんの突然の決意表明に私は驚きを隠せなかった。あの環くんが。いつも人前ではすぐに背を向けて、みんなの顔をジャガイモに見立てないとちゃんと話せないあの環くんが。私の手を握って、私の目を見て、はっきりと、堂々と、真剣に言葉を紡いでくれている。


思わずぶるっと身震いしてしまった。環くんの真剣な表情が、これまで見てきたどの環くんよりも一番格好良くて、一番綺麗だからだ。太陽を食らう者サンイーターというヒーローネームは、太陽ミリオにも負けないという気持ちの現れだっていつか恥ずかしそうに話してくれたことがあるけれど、とんでもない。全く太陽に引けを取らない、まるで月の輝きのようだ。


私は彼に手を伸ばして、ぎゅうっと思いっきり抱きついた。うわっ!と大きな声を出した彼は、最初こそあたふたと戸惑っていたけれど、お、男らしく、と小さく呟いたと思ったら、潰れそうなくらいの力でぎゅうっと抱きしめ返してくれたのだった。





男らしく




「ぐえぇっ!苦しいよ環くん!」

「ごっ、ごめん!大丈夫か……?」

「力は十分男らしいんだね……格好良いじゃん!」

「かっ、格好良い……!?い、いや、これはお世辞に決まってる……もっと努力しなきゃ……」

「もっと堂々としなよ!でも、そんな環くんも大好きだよ!」

「……ありがとう、俺も、好きだ。」

「……!!い、今のは男らしかったよ!良い!」





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