轟焦凍くんという人は表情の変化がとても乏しい。じーっと彼の顔を見ていても全然その変化が読み取れない。たまに眉間にシワを寄せていることはあれど、彼が微笑む姿なんて見たことがない。


なんて思っていたのはつい半年ほど前までのこと。彼は体育祭以降、徐々に大きく変わったような気がする。最近では自分からみんなの輪に入っていったり、クラスでの話し合いでも積極的に意見を出してくれるようになった。文化祭では轟くんの一声がきっかけになって、みんなでライブをやることに繋がったくらいだ。みんなにとっては何ら普通のことかもしれないけれど、4月からずっと彼を見続けていた私にはわかる。彼の鋭く冷たい氷のようだった心が柔らかくほのかに溶けている、いや、今では暖かさすら感じるのだ。


「音無、行かねェのか?」

「えっ?あっ、い、行く!」


今まさに頭の中を支配していた彼の声でハッとした。みんな、砂藤くんの焼いてくれたケーキに貪りついている。私も慌てて輪に入って、百ちゃんが切り分けてくれたケーキを受け取って少し離れたところにある席に着いた。フォークを刺してぱくり。うん、やっぱりシュガーマンのスイーツは世界一美味しい。


「……音無ってそんなデカく口開けるのか。」

「……うわっ!?と、とと、轟くん!?」

「砂藤のケーキ、美味いよな。まだ食うなら取ってきてやる。」

「えっ?あ、う、うん……あ……」


今の「うん」は、美味いよな、に対する同調のつもりだったのだけれど、彼はおかわりの意と解釈して、百ちゃんに声をかけてもう1ピース、ケーキをもらってきてくれた。


「ん。」

「あ、あり、がとう……」

「…………」


彼から頂戴したケーキを食べようとしたのだけれど、無言でじーっと見つめられていて何だかとても食べづらい。折角取ってきてくれたのに食べないのも何だか申し訳がたたない。ケーキにフォークを刺して、ええい、ままよ!と砂藤くん特製のケーキをぱくり。うん、やっぱり美味しい!


「音無。」

「……ん?何?」

「普段あんま喋らねェし、大人しいとは思ってるんだが……そういう一面もあるんだな。」

「えっ?」

「自分で気づいてねェのか?耳郎とか八百万と昼飯食ってる時はちまちま食ってんのに、それ食ってる時はデカく口開けてめちゃくちゃ幸せそうに食ってるぞ。なんつーか、可愛い……あ、別に耳郎達と食ってる時がつまらなそうっつーわけじゃねェ。」

「……ひえっ!?な、な、何を突然……!!」


何でそんな日常の一コマを彼にまじまじと見られているのか。それも驚きだけれど、彼は今さりげなく、可愛い、なんて言ったのではなかろうか、いや、私の都合の良い空耳なのかもしれない。


「お、大口開けてるなんてはしたないでしょ……」

「そうか?好きだと思うなら良いんじゃねーか?」

「……す、す、好き!?」

「ああ。砂藤のケーキ、美味いよな。見ろ、麗日も芦戸もあんなに口開けてんぞ。」

「あ、あぁ、そ、そうだね。」


とても驚いた。好き、とはケーキのことだったのか。大口を開けてケーキを食べる私のことかと思ってしまったなんて、勘違いも甚だしい。穴があったら入りたい、とはこのことだ。なんとか動揺を悟られずに済んだけれど、天然な彼の言葉攻めはまだまだ終わってはくれないようで。


「音無、変わったよな。」

「え?」

「入学したての頃はいつも下向いてて、ヒーロー科に合格してんのに、自分なんて……っていつも自分を卑下してたろ。」

「う……否定できないし、自分に自信がないのは今もだよ……」


好きな人にそんな後ろ暗い点を指摘されて良い気持ちになるわけがない。私はケーキを食べるフォークを置いて俯いてしまった。


「そんな顔させたかったんじゃねェ。悪い、上手く言葉にできなくて。」

「事実だから謝らなくていいよ……そうだね、でも、前よりは明るくなった気はするよ。もっと頑張りたい、って……みんなと一緒にヒーローになりたいって思うようになったから。」

「そうか……雄英、入って良かったな。」

「それは轟くんもでしょ?変わったもん、轟くんも。もちろん、デクちゃんとか百ちゃんとか、みんなそうだけど……轟くんは特に。最初の頃は優しさが言葉の奥に隠れてて……でも今はすっごく雰囲気柔らかくなったと思うな……あっ、し、失礼だったかな!?ごめんね!」

「いや……良い意味で変わってんなら俺も嬉しい。ありがとな。」


お礼を言われたことがなんだか照れ臭くて少し笑ってしまったら、轟くんはとても穏やかな表情をしてくれた。きっとこれは彼の笑顔なのだろう。けれどすぐにいつもの仏頂面に戻って、またしても言葉攻めが始まった。


「……ついでに、もう一つ聞いてもいいか?」

「えっ?う、うん、いいけど……ひゃっ!?」


轟くんは突然私の指をぎゅっと握った。これが仲の良い勝己くんだったら個性で音を消せという合図なのだけれど、果たして同じ意図だろうか。ひとまず個性を発動させた。ふわっと一瞬私たちの周りの空気の振動が止まって、無事に音が消えていることが自覚できる。


『察しが良くて助かる。』

『ううん、みんなに聞かれたくない事なんでしょ?いいよ、ちゃんと音消えてるから。』

『……俺の自惚れだったら悪いんだが、音無もいつも俺のこと、見ててくれたのか?』

『……ひえっ!?な、な、何!?と、とと、突然!!』

『違ってたら悪い。けど、さっき言ってたから気になった。』

『えっ?』

『最初の頃……っつーのは、音無もずっと俺のこと見ててくれたっつーことじゃねェのか?』

『そっ、そ、そそ、それ、は…………』

『答えねェっつーことは肯定じゃねェのか?』


轟くんの手にぎゅっと力が入った。ずるい、こんなの、否定できるわけないじゃないか。全て事実なのだから。入学してからいつも下を向いていたはずの私が唯一顔を上に向けるのは彼の姿を目に焼きつけたいが為だったのだから。今となってはみんなと一緒に限られた今という時間を楽しみたいからいつだって前を向くことはできるけど、あの頃の私にはみんなの姿が眩しくてそれは叶わなかったのだ。


『……悪い、こんな質問攻めみてェなの、気分悪いよな。』

『い、いや、大丈夫だよ!その、バレてたかぁって恥ずかしくなっただけ……私、轟くんに憧れてるから。』

『そうなのか……そんな風に思ってくれる音無に恥じねェよう、もっと努力する。』


話はひと段落ついたはずなのに、彼の大きな温かい手は私の手を離してはくれない。これだけではなく、先ほどの会話を反芻して堪らず口角が緩んでしまいそうなのを必死に抑えることに集中した。しかし、ふと、気がついてしまった。


『と、轟、くん。』

『ん?あ、悪い、手……』

『あっ、えっと、そうじゃなくて……あの、わ、私も、ってどういうこと?』

『ん?何がだ?』

『さっき、音無もずっと俺のこと見ててくれたって……』

『ああ、言った。何か問題だったか?』


彼にとっては大した問題じゃないのかもしれないけれど、私にとっては大問題だ。これが国語の読解問題なら間違いなく正解になる自信がある。言え、言うんだ、音無凪。彼も言ってくれたじゃないか。変わった、って。もう、俯いて黙っているだけの自分じゃない。私はまっすぐ彼を見てありったけの勇気を振り絞った。


『と、轟くんも、私のこと、見てくれてた、って解釈しても、いい?』

『…………あ。』

『あ、ってことは、やっぱり、そう?そうなの!?』

『……他のヤツには秘密だ。』


彼はぷいっとそっぽを向いて、空いた方の手で綺麗な髪をくしゃりと乱した。さっきまでは一方的に握られていただけの手がいつのまにかお互い握り合う、繋がった状態になっていて、その手にぎゅっと力を込めるとまるで返事をするようにぎゅっと握り返された。


『二人だけの秘密?』

『ああ。二人だけの秘密だ。』

『……これからも、見てていい?』

『……ずっと見ててくれ。俺も、見てていいか?』

『……ず、っと、見ててください。』

『……なんつーか……恥ずかしいな。暑い……体温調節、できてねェのかもしんねェな。』


轟くんの顔色はほんのり紅色に染まっていた。彼がこんな顔を見せてくれるなんて……なんて思ってぼーっとしていたら轟くんからも、音無がそんな顔するなんてな……と驚かれてしまったのだった。案外私達は似たもの同士なのかもしれないなぁ、なんて。お互い顔を見合わせて困ったように少しだけ口角を上げて、ぷいっとそっぽを向いたのだった。





二人だけの秘密




『なぁ、音無。』

『うん?何?』

『もっとお前のこと、教えてくれ。』

『えっ!?え、え、えーと……あっ、じゃあ面白い秘密、教えるよ。私が中学生の時なんだけど…………』


しばらくこうして手を繋いで音を消したまま二人だけの秘密を共有していたのだけれど、峰田くんに見られてしまったようで、轟と音無が手を繋いでる!!と騒がれてしまったことで秘密の時間は終わりを告げてしまったのだった。





back
top