尾白くんと私はとても仲が良い。入学当初は体育祭のこともあってお堅いだけの人だと思っていたけれど、話してみると全然そんなことはなかった。上鳴くんや砂藤くんからよくいじられていて、いつも優しくて親切で、よく笑うし泣いたりもするし、友達想いで頭も良い。そんな尾白くんと私はただの友達だ。そう、ただの友達。それなのに、目の前のこの男は全く信じちゃくれなくて死ぬほど不機嫌オーラを撒き散らしている。


『何度も言ってるよ?ただの友達だって……』

『うるせェ!ただのダチっつーんなら必要もねーのに喋んな!』

『勉強聞きたかったから必要じゃない?それにクラスメイトだもん、喋んなは無理だよ。』

『無理じゃねェよ!!喋んなきゃいーんだよ!!つーか女とだけ話せ!!』


また無茶苦茶言うもんだ……どうしたもんかと頬杖をついたら、こちらを指差して話している切島くんと瀬呂くんが目に入った。


「あの二人何話してんだ?音無の個性で全然わかんねェな……」

「爆豪がキレてるっつーことだきゃーわかるけどよ……」

『……ほらー、勝己くんが怒ってばっかりだから瀬呂くん達が心配してるよ?』

『あぁ!?誰のせいだ!?お前が俺を怒らせてんだろーが!!』

「はいっ、おしまーい、みんなの前で同じ話できる?」

「……!?ッ……ざけんな!!」

「うわぁっ!?」


怒ったらすぐこれだ。勝己くんは立ち上がってわざとデクちゃんにドンッとぶつかって教室を出て行った。デクちゃんに向かって両手を合わせてごめん!と謝ったらいつも通り、困ったような笑顔を向けて気にしないでと言ってくれた。


「かっちゃん、今日は何だって?」

「尾白くんに勉強聞いたのが気に食わなかったみたい。女の子としか喋るな、だって。」

「また随分な……それだけ凪ちゃんのことが好きなんだろうね。」

「んー……私も勝己くんのこと大好きだし、それでいいのにね。何が不満なんだろ。」


最近の勝己くんはよくわからない。デクちゃんと喋ってる時は必ず邪魔をしてくる。デクちゃんは幼馴染で、私と勝己くんの関係を唯一知っている人なのだからわざわざ邪魔なんてしなくていいのに。まぁ考えても仕方ない、あの勝己くんのことだ。しばらく私から男子に話しかけるのを控えていれば機嫌も直るだろう。そう思った私はこの日から極力女の子だけに話しかけるようにして、勉強も百ちゃんに聞くようにした。





ある日の昼休み、次の授業の課題を終わらせるためにペンを走らせていると、肘が当たったようで筆箱が落ちて中身が床に散乱してしまった。慌てて拾い集めていると、大きな掌にちょこんと乗った消しゴムがすっと現れた。顔を上げると優しく微笑む尾白くんがいた。


「これ、こっちまで転がってきたから。」

「あ、ありが……」

「ッ!!痛っつ!!痛い痛い!!」

「お、尾白くん!?どう……勝己くん!?」


私が尾白くんの手から消しゴムをもらってお礼を言おうとした瞬間、突然尾白くんが痛みを訴え出したもんで、さらに顔を上げると鬼の形相で尾白くんの尻尾を捻り上げている勝己くんがいた。そして反対の手では私の手を掴んで、音を消せ!と大声で命じられ、いつもの癖で個性を発動させてしまった。いまこの会話は私と勝己くんだけのもの。


『何してるの!?やめなさい!』

『あぁ!?テメェが男に色目使ってっからだろーが!?』

『そんなことしてない!ていうかバカじゃないの!?いつもいつも大切なクラスメイトに対して……いい加減にしなよ!』


尾白くんの尻尾を掴む彼の手をパチンと叩いてやったら、ぱっと尻尾から手が離れた。尾白くんの尻尾は赤くなって彼の手形が残っていた。


『ひどい!!手形が残ってるじゃない!!』

『あぁ!?ンなのコイツが弱ェから……』

『またそんなこと言う!!今すぐ謝りなさい!!』

『あぁ!?元はと言えば……』

「いつもいつもヤキモチ妬いて……!男に触るな、男と喋るなって……!その癖、みんなの前で言うのはダサいからって私の個性使ってコソコソと好き放題……いい加減にしなさい!!」

「なっ……!?て、てめッ……!!」


会話の途中で私が個性を解除したもんだから、周りにいた瀬呂くんや上鳴くん達が、ザワザワと騒ぎ始めた。私がバラした内容が衝撃的だったのだろう。まさか彼が消音環境下でキレ散らかしているのがヤキモチを妬いていたからだったなんて誰が想像できただろうか。


「尾白くんに謝るまで許さないから!口利いてあげないからね!」

「ケッ!勝手にしろ!」


勝己くんは不機嫌そうにのしのしと歩いて教室を出て行った。尾白くんにごめんねと言うと、気にしないで、だと。やはり彼は良心の塊のような人だ。それより私と彼の関係の方に酷く驚いたご様子だ。





勝己くんは根が真面目な人物なもんだから、次の授業にはきちんと出席していた。授業中、ちらりと彼の方を見るとパチリと目があって、お互いパッと逸らしてしまった。


本日最後の授業の後、寮に帰ろうと百ちゃんに声をかけようとした時だった。突然勝己くんが尾白くんの腕を引っ張りながら私の方へ歩いてきた。


「おい、凪。ついて来い。」


勝己くんは私の返事も待たず尾白くんを連れてずんずんと歩いて行った。荷物を持って慌ててついて行くと、勝己くんの部屋に到着した。顎で入れと示されて、私はいつものように彼の部屋に入り電気をつけて、自分の愛用の座布団の上に腰掛けた。一体何をするのだろうと思った時、突然勝己くんが尾白くんの胸ぐらを掴んだ。


「おい尻尾!!」

「な、何だよ……」

「ひ……昼間は、わ……悪かったな……」

「えっ?」


勝己くんが……あの爆豪勝己が、謝っている……と、呆気にとられていたのは私だけじゃないようだ。尾白くんも同じだったようで、ハッと我に帰って慌てて返事をしていた。


「……あ、お、俺は別に気にしてないよ。」

「……ケッ!そんだけだわ!早よ出てけ!」

「わ、わかったから怒鳴るなよ……じゃ、失礼するよ。」


尾白くんは私の目を見ると柔らかく微笑んで、じゃあね、と言って去って行った。勝己くんはぷいっとそっぽを向いて何も言わない。


「ちゃんと謝れるじゃない。」

「……うるせェな。」

「胸ぐら掴むのは良くなかったけど。」

「……謝ったんだからいーだろ。」


勝己くんは後ろから私を抱きしめて、私の首元に顔を埋めてきた。彼の息が首にかかって少しばかり擽ったく感じる。


「……口利かんとか言うなや。」

「……ごめんね、でも、勝己くんだって私に言ったよね?女の子としか喋るな、って。」

「ぐっ……」

「ヤキモチ妬いちゃうくらい好きって思ってくれるのは嬉しいんだけどね。やっぱり友達とは仲良くしたいじゃない。勝己くんだって、女の子と話くらいするでしょ?」

「……お前は何とも思わんのか。」

「えっ?うーん……だって勝己くんだし、作戦会議とかテストのこととか、必要なこと話してるんだろうなーって。」


勝己くんの腕の力が強くなった。ちょっと痛くて身体を捩ると少しだけ力を緩めてくれたけれど、依然離す気は無いようだ。


「大好きだよ、勝己くん。」

「……ん。」

「勝己くんは?」

「あ?わかってンだろ……」

「女の子としか喋るな、だもんね。」

「ッ……!!いい度胸だなァ……!?」


バッと顔を上げた勝己くんは左手を少し離して、掌から線香花火のような小さな爆発を起こした。


「わっ!!もう、危ないから顔の近くでバチバチさせないでよ!」

「うるせェ!!」

「うるさいのはどっち!?まったく……尾白くんには謝れたのに……」

「お前に謝るよーなこたァしてねェ。」

「……ヤキモチ妬いたのはいいの?」

「お前が……嫌なら、しねェ……」

「……全く、仕方ないなぁ。」


振り向いてそっと彼に抱きついてみると、満足気にニヤリと笑って力一杯私を抱きしめてきたのだった。





ヤキモチもほどほどに




「勝己くん、ヤキモチもほどほどにね。愛されてるなーって嬉しいと思うけど、瀬呂くんとか察し良さそうだからさ。」

「あ?それでいーんだよ。」

「えっ?でも、付き合ってるのみんなに秘密って……」

「るせェ!!牽制だわ牽制!!つーかもう遅ェわ!!お前がデケェ声でバラしただろうが!!」

「あっ……ご、ごめん勝己くん!」

「ケッ、ンなこたァどーでもいーわ。お前は俺のモンだ。クソ共も理解したろ。」

「……クラスメイトをそんな風に言うのはやめなさい!!」





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