今日の放課後の訓練はB組と合同で、以前の仮免試験を模した訓練だ。身体にボールをつけられた者は戦闘不能状態とみなされ牢屋行き。班長が牢屋行きになった瞬間勝敗が決まることになっている。各チームの班長が誰かはわからない。ボールは各自1個のみ。さて、同じチームの障子くん、切島くん、瀬呂くんとしっかり話し合って作戦をたてているわけなのだけれど……


「……っつーことで、班長は音無でいいな?」

「オッケー、音無がいりゃまず負けねーな。」

「同感だ。音無の隠密能力があればチームの敗北は免れるだろう。」

『……えっ!?わ、私!?』


驚きのあまり、音を消して叫んでしまった。それを見た切島くんと瀬呂くんはそれで頼むぜと言わんばかりに笑っていた。ちらりと障子くんに目をやると、彼は少しだけ目を細めていた。きっと、優しく微笑んでくれているのだろう。


私は、障子くんが笑っていると思しき姿に釘付けになってしまった。だって彼は私の密かな想い人なのだから。USJ襲撃の際は身を挺して私達を守ってくれたり、林間合宿ではバスの中で口田くんに気遣ってあげていたり、クラスメイトのために自ら囮役を買って出たり……私は気付けばいつも冷静で優しい彼に心を奪われてしまっていたのだ。


「音無、自信を持て。仮免試験の時も上手くクリアしていただろう。俺はお前の力を信じている。」


彼は友達思いの心優しい人なのだ。私の不安な気持ちを察してくれて、こんな力強い言葉をかけてくれるのだから。大好きな彼の気持ちに応えたい私は力強く頷いて、切島くんから班長の証である黒いリストバンドを受け取り身につけた。このバンドは解錠番号を知っている委員長の飯田くんしか外すことができないため、班長の変更はもう効かない。そして5分後、勝負の命運をかけた戦いが幕を開けた。


「いいか、作戦通りに!」

「う、うん、わかった!」


瀬呂くんにぽんっと背中を押されて、切島くんと一緒に駆け出し、しばらく走って行くと、良い感じに建物が崩れたような場所を発見した。これ以上崩壊の心配はないし、瓦礫を重ねれば上手く隠れられるだろう。私は瓦礫の隙間に入り込んでしゃがみ、切島くんに瓦礫を沢山立て掛けてもらって上手く隠れることに成功した。


「音無、なんか気付いたら無線で連絡頼むぜ!」

「う、うん、わかった!」


切島くんは頑張ろうな!と言って、ぴゅーっと走って行ってしまった。それから私はずっと一人でぽつんと静かに待機していた。戦闘に参加しないのはヒーローとしてどうなんだという気持ちはあるけれど、チーム勝利のためならどんなことだって努力したい。障子くんの勝利にもつながるのだから……なんて想いを馳せていると、すぐ近くからジャリっと足音がした。ちらりと目線だけ送ると格子模様のヘアバンドが見えた。これはB組の泡瀬くんだ。


「……いねーなぁ。しかしあいつ本当隠れるの上手いよな。」

「あぁ……こんだけ探していねーっつーことはやっぱ音無が班長だろうな。」


鉄哲くんと泡瀬くんの声がして、私はどきりと心臓が跳ねた。どくどくと音がうるさい。まあ、個性で音を消しているから彼等に聞き取られることはないのだが。彼等の足音と会話の声が離れていくのを確認して、ほっと一息ついたところで切島くんに報告をするために個性を解除した。


「きり……」

「音無、ここだったか。」

「しょっ……障子くん!?痛っ!!」

「どうした!?大丈夫か!?」


姿は見えないけれど、想い人の声を聞き間違えるはずがない。思わず立ち上がろうとしてしまい、頭を瓦礫にぶつけてしまった。障子くんが心配して瓦礫を退かそうとしてくれたので、大丈夫だから退けないで、と伝えて制止した。すると瓦礫の隙間から彼の個性である複製腕がもそもそと入っときて、目の前にぱっと耳と口が現れた。私は彼の腕にそっと触れて個性を発動させた。


『無事で何よりだ。』

『私が捕まったら訓練終わってるよ?』

『あ、あぁ、それはわかっているんだが……その、心配でな。』

『……えっ!?痛っ!!あ、だ、大丈夫だからね!』


障子くんが私を心配してくれていた、そのことがすごく嬉しくて、驚きのあまりまた立ち上がろうとしてしまい頭をぶつけてしまった。複製腕の先にある口から小さく笑いが漏れているのを聞き逃さなかった。また、彼が笑ってくれている……そのことが嬉しくて私も小さく笑った。


『ふふ、障子くんは優しいね、ありがとう!』

『……との身を案じるのは当然のことだ。』

『え?聞こえなかったよ?』

『いや、大して重要なことじゃない。聞き流してくれ。』

『う、うん、わかった。』

「音無!障子!聞こえるか!?」


突如、彼と触れ合っている幸せな時間は耳元の無線機に遮られてしまった。私は個性を解除して切島くんの声に応答した。


「切島くん?聞こえるよ!」

「ひとまず状況だけ報告!こっちは瀬呂が捕まった!B組は物間と小森を……うわっ!」

「き、切島くんっ!?」

「切島!?」


ザザッと音が乱れた直後、鉄哲くんらしき人の雄叫びが聞こえて通信は途切れてしまった。まずい。きっと切島くんも捕まったのだ。つまり、残されたのは私と障子くんだけ。私は個性を再び発動させて彼の複製腕にそっと触れた。


『ど、どうしよう!私も、出た方が……』

『いや、音無が捕まってしまったら元も子もない。まだ班長がどちらかを悟られたわけでは……』

『泡瀬くんと鉄哲くんは私が班長って気付いてるの!』

『そうか……ふむ……』


障子くんは黙り込んでしまった。私の戦闘能力が低いばっかりに、彼の足手纏いになってしまう。いつもいつもチーム戦の時はクラスメイトに守られてばかりだ。悔しくて、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。その瞬間、私の目元を何かが滑った。彼の複製腕から伸びた指だろう。そして、それと同時に彼は囁いた。


『泣くな、まだ俺達は負けていない。』

『負けて、ない……』

『落ち着け。状況を分析するんだ。』


優しく囁かれ、私は一瞬で冷静を取り戻した。状況はシンプルだ。こちらは私と障子くん、B組は鉄哲くんと泡瀬くん。どちらも近接有利のタイプだろう。パワーのある障子くんはともかく私は圧倒的に不利。障子くんのことだ、いつものように俺が囮に、なんて言うに決まってる。でも、仲間に甘えるのはもうたくさんだ。


『ここはやはり俺が……』

『しょ、障子くん!』

『ん?何だ?』

『わ、私に、考えがあるの!あの、でも、成功するか、わからないけど……』

『班長の指示に従うまでだ。何でも言ってくれ。』

『あ、ありがとう……あのね……』





なんとこの後は私の考えた作戦通りに事が進んで無事にA組の勝利を収めることができた。わざと二人の前にボールを2つ持って姿を現し、音を消しながら路地を逃げることで二人を分散させ、複製腕を利用して泡瀬くんを拘束してもらった。障子くんのボールは私が持っているため泡瀬くんの捕獲はできない。そのため、彼を救うために向かって行った鉄哲くんと障子くんが正面から組み合っているところで背後から私がそっと近づきボールをくっつけ捕獲したのだ。班長は鉄哲くんだったようで、この時点で勝敗は決した。着替え終わった後、私は一目散に彼のところへ走った。憧れの想い人の元へ。


「障子くん、ありがとう……私、いつも足を引っ張……」

「音無、ありがとう。救われたぞ。」

「えっ!?そ、そんな……」

「切島も瀬呂も言っていた。今回は音無の勇気のおかげで勝利できたと。」

「そ、そっか……勿体ない言葉だけど、嬉しい、な……」


嬉しくて再び涙がこぼれ落ちた。すると、またしても目元を彼の指が滑った。


「泣かないでくれ。……との涙は、あまり見たくはない。」

「え?あ、あぁ、ご、ごめんね。嬉しくて……ところで、今なんて言ったの?また聞こえなくて……」

「いや、大して重要なことじゃない。気にするな。」

「うん、わかった。ふふ、障子くんは優しいね!」


……との身を案じる、……との涙は、……い……と、って聞こえた気がする。クラスメイト、だろうか?いずれにせよ、彼が心優しい人であることに変わりはない。ますます彼の優しさに惚れ込んでしまったところで、今回の訓練は無事に幕を閉じたのだった。





おもいびと




「常闇、大丈夫か?回原の攻撃が直撃していたが……」

「無論。」

「そうか、無事で良かった。」

「ああ。ところで、想い人に想いを伝える決心はついたのか?」

「ああ……だが今回は救われた部分が大きい。次回こそ、守りきって想いを伝えてみせる。」








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