生まれてきてくれてありがとう
今日は轟くんの誕生日。朝から砂藤くんと一緒にケーキを作ったり、プレゼントの準備をしたりと忙しない。一方の本人はデクちゃんと勝己くんと一緒に席を外している。デクちゃんが戦闘訓練だと言って轟くんを誘い出してくれたからだ。ちなみに勝己くんは何で俺が轟のために協力なんかしなきゃならんのだと駄々を捏ねていたけれど、唐辛子たっぷりの激辛お蕎麦食べたくない?と聞いたら渋々協力してくれることに。
轟くんは和テイストを好む人で、好きな食べ物は蕎麦だ。実は、私の彼氏、だったりする。私は彼の喜ぶ顔が見たくて、プレゼントとして手作りの蕎麦をご馳走することにした。そこで人生初の蕎麦打ちを試みているというわけだ。砂藤くんにしっかり作り方を習っているわけだけれどやはりすぐにうまくいくわけはなくて、既に2,3回失敗してしまっている。
「う……またぼそぼそになっちゃった……」
「あー、こりゃ水回しと捏ねすぎが原因か?」
「み、水回し?最初の?」
「よし、薬味の準備終わったから俺も手伝うよ。」
「わ、砂藤くんありがとう!」
砂藤くんは私の向かい側に立って、新しい蕎麦粉を開けてせっせと蕎麦作りを開始した。彼は自分の動きを見ていろと言わんばかりにひとつひとつの手順をゆっくり見せてくれて、1時間ほどほど経った頃、とても綺麗な二八蕎麦の生麺が完成した。彼はこの道を極めればヒーローを生業にするよりも有名になれるだろう、というのは失礼な気もするがそう言っても過言ではない程の腕前だ。
「私、もう一回頑張る!」
「おう!その意気だ!じゃあ俺は爆豪用の蕎麦を打つから、一緒に進めようぜ!」
「うん!ありがとう!」
こうして砂藤くんの動きを真似て、どうにか合格ラインの蕎麦を打つことができた。さて、あとは茹でるだけだと話していると、勝己くんが私達を呼びつける声が聞こえた。どうやら轟くんが戻って来たらしい。飯田くんが大きな声でおめでとうと言っているのが聞こえる。私は砂藤くんと二人で作ったケーキを持って行き、彼の眼前にお披露目した。彼は目をまん丸にしてぱちくりさせている。
「……すげェ。」
「轟!誕生日おめでとう!」
「あ、あの、轟くん、お誕生日おめでとう。轟くんが生まれてきてくれた日……私、すごく嬉しい……」
「……!あ、あァ、ありがとな。」
夕飯を平らげた後、みんなお腹に余裕があるからと砂藤くんと私が作った手打ち蕎麦を啜り始めた。温かいのは砂藤くんが打った蕎麦、冷たいのは私が打った蕎麦。みんなはそのことを知らない。そのため、両方の蕎麦を食べ比べて、どっちがどっちの蕎麦なのか当てようとしている。冷たい方だけが不味いと言われたらどうしようかとハラハラしていたけれど、みんな冷たい蕎麦の方も美味しくてどっちが砂藤くんの蕎麦なのかわからないと言ってくれたのが聞こえた時にはとてもホッとした。さて、轟くんは冷たい蕎麦を口にしていた。彼が食べているのは私が打った蕎麦。
「……なんか、温かい方と違う。」
「えっ?も、もしかして、美味しくない、とか?」
「いや……なんつーか、麺がしっかりしてる。こっちの蕎麦の方が好きだ。」
「……!そ、そっか、良かった……」
「こっちを音無が打ったのか?」
「うん、轟くんは冷たい蕎麦が好きでしょ?だから喜んでもらいたくて……」
「そうか……ありがとな、すげェ嬉しい。美味い。」
轟くんは私の頭をくしゃりと撫でて、それから再びつるつると蕎麦を啜り、一本も残さず食べ終えてくれた。食器を片付けた後はいつもの日常に戻って、みんなが騒がしくしている中、彼はソファに腰掛けてぼーっとしていた。珍しくバラエティ番組を見ているようだけれど、内容は全然入ってきていないようだ。上鳴くんにテレビのことで話しかけられても適当に相槌をうっているのが私にはわかる。
「轟くん、疲れてる?」
「あ、いや……そうだな、ちょっと左を使いすぎたかもしれねェ。外で涼んでくる。」
「涼む、って……外、すごく寒いよ!?大丈夫!?」
「ちょっとベランダ行くだけだ。一緒に来るか?」
「えっ……う、うん、行く!」
立ち上がった轟くんを追って、一緒に彼の部屋へ入った。いつ来てもキョロキョロと見回してしまうもんだから、それが可笑しいのかいつも彼に笑われてしまう。だけど今日はその微笑みを見ることはできなかった。やはり何かがおかしい。折角の誕生日なのに、どうしたというのだろうか。二人でベランダに出て、彼の左隣に立ち、勇気を出して彼の胸中を探ることにした。
「……なんか、元気ない、よね?」
「……悪い。誕生日、祝ってもらえて嬉しいのは本当だ。信じてくれ。」
「あ、それは大丈夫だよ。ケーキやお蕎麦、とても美味しそうに食べてくれてたし、充分嬉しそうだったよ。」
「ああ……」
しばしの静寂に支配された。一体何が彼の心を曇らせているのか。彼がこんな風になるのは家族のことくらいだ。まさか、家族から誕生日を祝う言葉が来なかったのだろうか、と心配したけれど、確か蕎麦を食べる前に家族に連絡を返すと言っていたはずだからそれはないだろう。
「と……」
「誕生日が近づくと……考えることがあった。」
話しかけようと思ったら、彼の方から口を開いた。私が口を噤むと彼は小さく、悪い、と呟いて言葉を続けた。
「たまに、考えてたんだ。俺が産まれなかったら、家族はどうなってたんだ、って……俺が……俺が、産まれなかったら……みんな、幸せだっ……!?うわっ!!」
「バカ!!!」
「……!?な、何で泣いてんだ……!?」
「あなたがバカなこと言うからでしょう!?」
なんて酷いことを言うんだ。彼の言葉に込み上げてくるものがあって、ついついバカだなんて罵声を投げつけて、彼の背を軽く叩いてしまった。おまけに涙まで溢れてきた。感情が抑えきれなくなって言葉が止まらない。
「みんな!!あなたに出会えて良かったと思ってる!!デクちゃんも、飯田くんも、相澤先生も、みんな!!あなたのお母さんも、お姉さんもお兄さんも……お父さんも!!みんな……私も!!」
「音無……」
「お誕生日なのに、そんなこと……バカだよ!!バカ!!バカバカバカ!!お母さんが頑張ってあなたを産んでくれて、みんながお祝いしてくれる日なんだよ!!」
「音無、俺の話、最後まで聞いてくれ。」
「……ごめん。ちゃんと、聞く。」
轟くんは珍しく焦ったような表情をしていた。多分、私が泣いてしまったからだろう。いつも冷静沈着でクールな彼がこんなに口早なのは珍しい。彼は左手で私の右手をそっと握ってきた。
「考えてたのは、去年までだ。今年は誕生日が近づいてもそんなこと全く考えなかった。それが不思議でぼーっとしちまってた……」
「……バカは私だったね……ごめんね。」
「いや、いいんだ。音無の言う通り、俺、この学校に来て良かった。A組で良かった。緑谷や飯田達みんな、相澤先生、他にも……そんで、音無……お前も……俺、みんなと会えて良かった。生まれてきて良かったって、思えるようになったんだ。」
「轟くん……」
ぎゅうっと手を握られる力が強くなった。私もぎゅっと力を入れると、轟くんはぷいっと顔を逸らしてしまった。照れている時の仕草だ。
「轟くん、お誕生日、おめでとう。生まれてきてくれてありがとう……」
「ああ……ありがとう。」
生まれてきてくれて
ありがとう
「バカって言ってごめんね。」
「いや、気にしてない。そういう真面目なとこ好きんなったから、いい。」
「そっか……ありがとう、私も轟くんのこと大好きだよ。」
「……来年も、蕎麦、食わしてくれ。そん次も、また、次も、ずっと。」
「うん、わかった。砂藤くんと練習しとく!」
「ああ……よろしく頼む。」
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