お付き合い、始めました
凄い場面を見てしまった。瀬呂くんが寮の外で普通科の女の子から告白されていたのだ。どうやら数日前に階段から落ちそうになった彼女を彼が個性を使って救けたことがきっかけらしい。どうしよう、お付き合いを始めてしまうのだろうか。入学してから半年間、ずっと瀬呂くんを想い続けてきたのに。たかが一度救けられただけの女の子に彼を奪われてしまうのだろうか。嫌だ、嫌だ……
「……って俺に言われてもなァ。」
「だってぇ〜!でんぴにしか言えないんだもん……」
「そのでんぴっつーのもやめろって!この前も芦戸と葉隠から付き合ってんのかって散々揶揄われたじゃん!」
「今は誰もいないからいいじゃん……」
毎度毎度私の女々しい愚痴に付き合ってくれるのは幼馴染の上鳴電気、通称でんぴ。私の想いを知ってくれているからか、勉強会や遊びの誘いは必ず私と瀬呂くんにセットで声をかけてくれてとてもとても協力的。そんな彼に甘えてだらだらと愚痴をこぼし続けていたら、ぴんっとデコを弾かれた。
「痛ッ!」
「だってうだうだうっせーんだもん。そろそろ告白してみりゃいーじゃん。」
「……フラれて気まずくなるのやだ。」
「なんでフラれる前提なんだよ!」
「だって自信ないんだもん!でんぴは?瀬呂くんから何か私のこと聞いてない?」
「うーん……頭良いとか、個性が潜入向きで羨ましいとか褒めてたのは知ってっけど……」
「えっ!?瀬呂くんが!?やだぁ、恥ずかしい!」
「単純なヤツ……」
「でんぴに言われたくないよ!」
と、ギャーギャーと騒いでいるとこんこんっとノック音がした。また飯田くんから怒られちゃうかな、と思いながらそーっとドアを開けてみたけど怒られる様子はない。ちらりと上を見ると、なんと飯田くんではなく瀬呂くんが立っていた。
「せっ、せせ、瀬呂くんっ!?」
「音無、また上鳴んとこ来てたの?好きだね〜。」
「そ、そんなんじゃないよ!ねっ、でん……きっ!」
またしてもでんぴと呼びかける寸前ででんきと言ったものの、不自然さありありで本人から白い目で見られてしまった。そして彼はすぐに瀬呂くんへと視線をやった。
「……んで、瀬呂は?なんか用?」
「んー、ちょっと大事な相談。男同士でさ、ダメ?」
「んー……わかった、凪、俺、瀬呂と男同士の話し合いするから今日のところは戻ってくんね?」
「うん、わかった。」
「ごめんな音無。」
「ううん、気にしないで。」
彼の言うことをあっさり聞いて部屋の外に出たところで、尾白くんとばったり出会した。軽く挨拶をして自室へ戻ろうと思ったけれど、彼から国語の宿題の質問をされてでんぴの部屋の前で立ち話をすることに。それからしばらく経ったけれど中々瀬呂くんは出て来ない。気になった私はでんぴの部屋のドアに思いっきり耳を近づけた。まさか、例の女の子のことだろうか。尾白くんはキョトンとしていたもんだから、彼の尻尾をくいっと引いて、消音の個性を使って先程でんぴに話したことを彼にも説明した。すると彼の口からとんでもない言葉が。
『音無が瀬呂を?瀬呂が音無を、じゃないの?』
『えっ?いやいや、話聞いてた?』
『ああ、でも、切島とか芦戸とかの一部の人達が言ってたよ。多分瀬呂は音無のこと好きだけど、音無は上鳴と付き合ってるから辛そうだなって。』
『なっ、何それ!?』
三奈ちゃんが私とでんぴが付き合ってると信じ込んでいることにも驚きだが、瀬呂くんが私を好きだという噂にも心底驚いた。このことに気を取られてでんぴと瀬呂くんの会話を聞くことを忘れてしまうほど。高鳴る胸の鼓動を抑えられず、尾白くんにおやすみ!と告げて消音の個性を継続させながら大慌てで自室へ戻った。
翌日、いつも通りの楽しい1日を過ごした。みんなと授業を受けるのは本当に楽しくて、この学校に来てよかったと毎日思う。さて、いつも通り、放課後の訓練も楽しもう。でんぴに声をかけるために席を立とうとしたら、誰かに後ろからぽんっと肩を叩かれた。振り向いて少し上を見るとその手の主は瀬呂くんだとわかった。
「せっ、せせ、瀬呂くんっ!?」
「うおっ!音無さァ、毎回俺の顔見て驚きすぎだろ!」
「ご、ごめん!」
「いや、いいんだけどさァ……上鳴にはそんなことない、よな?」
「え?でん、き?うん、でんきは幼馴染だし……」
でんぴの名前を出した途端、彼はしゅんとしたように下を向いた。一体どうしたんだろうか。心配の声をかけようとしたのだけれど、彼から個性を使ってくれないかと頼まれた。首を縦に振って、彼の肘にちょんと触れて個性を発動させた。
『あの、さ、俺のことも、下の名前で呼んでみない?』
『……えっ!?』
『俺の名前知ってる?』
『せ、瀬呂はん、た。範太、くん。』
『ん、そんな感じ。あ、中学ん時のダチからは範ちゃんって呼ばれることもあったからそれでもいいぜ?』
範太くん……範ちゃん……どっちにしろ、こう呼ぶのは彼と親しい人だけのはずだ。それも、かなり。願ってもいない素敵なお願いに顔は火がついたように熱くなり、なんだかくらくらと眩暈がしてきた。ちらっと目線を逸らしたら窓を閉めて振り向いた尾白くんとぱちりと目があった。彼は少し顔を赤くしてそそくさと立ち去った。その時、昨日の会話を思い出した。
瀬呂が音無を好き
瀬呂くん……範太くんが私のことを好き。好き。私も、好き。瀬呂くんが……範太くんのことが、好き。つまり、つまり、両想い。
『凪ー?聞いてる?』
『……えっ!?……なっ、名前!?凪って、えっ!?』
『……聞いてなかった?俺のこと名前で呼ぶなら俺も名前で呼んでいいよな?っつったの。』
『……なっ、名前で!?い、いいい、良い、けど……』
まさかでんぴ以外の男子、しかも、好きな人から名前で呼んでもらえる日が来るなんて。どうしよう、恥ずかしくて逃げ出してしまいたい。けど、こんな幸せな時間、二度と訪れない。でんぴも告白すれば?と言っていたし、尾白くんもあんなことを言っていたしで、もう告白してしまうべきでは?と思うけれど勇気なんて出やしない。どうしたもんかと目線を泳がせていると、上から小さく咳払いが聞こえた。ちらりと目線を上にあげると頬を赤くした……範太くんが真っ直ぐ私を見つめていた。
『……凪、上鳴のこと、今度から上鳴って呼んでくんね?』
『……えっ?な、なんで?』
『……二人が付き合ってない、って昨日直接聞いたから。』
『つ、付き合ってないよ!でんぴと私はただの幼馴染……』
『そのさ、でんぴ、って呼んでるの、俺、嫌なんだよね。なんでかわかんない?』
わかる。わかるに決まってる。尾白くんの言葉通りならきっと、と自惚れてしまう自分がいる。けれど私も女の子。例のあの子とは違う、勇気の湧かない女の子。ここで、わからない、なんて言ったら流石にバカだと思われてしまうかもしれないけれど、それでも、彼の口から聞きたい。私は自分の手をそっと範太くんの肘から指へと滑らせた。
『わかんない……』
『……マジ?』
『ちゃんと、言ってよ……』
『何それ可愛い。』
『……かっ!?か、か、かわっ……!?』
『ぶはっ!その顔サイッコー!』
範太くんはぷっと吹き出してケラケラと笑い始めた。屈託のない可愛い笑顔。そうだ……半年前、この笑顔に一目で惚れ込んでしまったのだ。
『すき……』
『えっ?』
『あ……』
『……ちょっ、ちょっと待った!うわ〜……女の子に言わせちまったよ……』
思わず本音が出てしまった。範太くんから言ってもらいたかったのに。しかし彼にとっても思わぬ事態だったようで、彼は真っ赤な顔を大きな掌で覆って隠していた。
『……俺もさ、凪のこと、ずーっと好きだった。上鳴と付き合ってんのかなって思って諦めようとしたけど、やっぱ好きでさ……』
彼はぼそぼそと小さな声で話し始めた。私の個性のおかげで周りの人には聞こえていないのにと思って、ちらりと周りを見渡したけれどいつのまにか教室内は私と彼の二人きり。ゆっくり閉まっていくドアに目をやると、でんぴがにやっと悪戯っぽい笑顔を浮かべながらドアを閉めていた。
『昨日、別のクラスの女子に告られたんだけど、やっぱ彼女になってもらいたいのは好きな女の子だけで……だから、その、音無……じゃねーや、えっと、凪、俺の、彼女になってくれたり、しない?』
『……!な、なる!なりたい!』
『そ、そっか……へへ、なんかこーゆーの恥ずいけど……今日から、その、お付き合い、っつーことでよろしく、な?』
『よ、よろしく!範太くん、大好き!』
今まででんぴにねちねちとぶつけていたありったけの想いをやっと範太くんに直接伝えることができた。今日から彼とは恋人同士。楽しい楽しいお付き合いの始まりだ。へへ、よろしくね範太くん!
お付き合い、始めました
『気になってるんだけど……昨日でんぴと何話してたの?』
『ん?いや、凪に告っていいかっつー話。なんかバレてたのかなァ、あんま驚かれなかったわ。つーかまだでんぴって呼ぶワケ?折角お付き合い始めたんだからさァ……』
『あ、えーと、上鳴と私は……だめだ、言いづらい!せめてでんきって呼んでいいかなぁ。』
『えー?んー、じゃあ下の名前で呼ぶのは俺と上鳴だけ!』
『やった!範太くん優しい!好き!』
『お、おー……か、可愛いな……』
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