今晩は三奈ちゃんとお茶子ちゃんの提案でみんなでお菓子パーティーをしようということで、私は上鳴くんと砂藤くんと買い出し係になった。今はその帰り道で、近くの公園を通ったとき、仲睦まじいカップルがお互いの額にキスをしている姿が目に入ってしまったのだけれど。


「いいなあ……」

「何が?」

「おでこにキス……」

「はぁ?」


素っ頓狂な声を出したのは上鳴くんだ。砂藤くんは興味なさそうに早く帰ろうぜーなんて言っている。製菓材料を両手に抱えて早足になっていることから、早くお菓子を作りたくてたまらないといったところか。私が足を止めてしまったもんだからか、砂藤くんは私の荷物をひょいと奪って、先に帰っているぞー、と告げるとスタスタと歩いて行ってしまった。上鳴くんはというとニヤニヤしながら話の続きを促してきた。


「で?誰とデコチューしたいわけ?俺?」

「んなわけないでしょ……わかってるくせに。」

「いや真面目に考えてさ、めっちゃ難しくね?身長差とかキャラとかもだけど、そもそもデコ出してないしマスクしてるし?」

「う、うるさいなあ……」


そう、お察しの通り。私が想像している相手は同じクラスの障子目蔵くんだ。身体が大きくて寡黙で、おまけにマスクで表情が読み取れないから一見怖い人だと思われがちだけれど、実際そんなことは微塵もない。とても親切で優しくて、クラスメイトと話す時には小さくではあるけれど笑顔も見せるし、話しかければたくさんの言葉で返してくれる。そんな彼と私は恋人同士だ。


けれども私達の関係は同級生のカップル達に比べればかなり落ち着いている。冷えているわけではないけれど、彼も私も周りに比べればやや大人びているせいか、所謂恋人っぽい進展はなかなか見られないのだ。しかし私も女の子。もう付き合って半年は経つのに、手を繋ぐのでも精一杯といったところか、この落ち着いた関係に少し物足りなさを感じてしまう。


気づけば上鳴くんに散々揶揄われながら寮に帰り着いていた。既にお菓子パーティーの準備は済んでいて、みんな私達の帰りを待ってくれていたようだ。障子くんはゆっくり私に近づいて複製腕を伸ばし、おかえり、と小さく呟いた。ただいま、と笑顔で返すと少しだけ目を細めてくれていて笑ってくれていることがわかる。彼のこの笑顔がとても好きだ。


パーティーを終えた頃にはみんなお菓子でお腹を膨らませていた。切島くんと三奈ちゃんはソファでそのまま眠ってしまっていて、砂藤くんと百ちゃんが二人を部屋まで運んでいた。私も自分の部屋に戻ろうかと思ったけれど、がしっと右腕を掴まれた。とても優しく。この感覚は障子くんのそれだ。


「もう寝るのか?」

「え?うーん、少し読書でもしようかなって。」

「そうか……そういえば、例の小説の新刊はもう出たのか?」

「あ、うん、私もう読んだよ。障子くんも読むよね、あとで部屋に持っていこうか?」

「ああ、助かる。ありがとう。」


それから別れて、すぐに部屋に戻った。部屋を出る前にお茶子ちゃんがやってきて、買ってきたお菓子のチョイスを絶賛してもらえた。さて、少し雑談をした後で彼が読みたがっている本と自分が読む本を手に取り彼の部屋へ。ところが来るのが遅くなってしまったからか、彼は布団に横になってぐぅぐぅと寝息を立てていた。


「あちゃー……寝ちゃってる……」


起こすのも悪いかと思って、本を置いて立ち去ろうとしたのだけれど、ふと目に入った光景に私はその場に立ち竦んでしまった。髪がさらりと分かれていて、彼のおでこがちらりと露わになっていたのだ。私はごくりと生唾を飲み込み、布団の方へそろりそろりと近寄って、ころんと横になってみた。彼と自分の顔はまさに目と鼻の先。


「障子くーん……」


返事はない。もう一度小さく名前を呼んでみたり、頬のあたりをつんつんと触ってみたけれど起きる気配もない。


「…………チュー、していい?」


やはり返事はない。


……これは、憧れのデコチューの夢を叶えてしまうチャンスでは?いや、寝てる隙に、なんて卑劣な真似、いかがなものだろうか。そんなことをもやもやと考えた結果、やはり寝てる隙にはまずいだろうと諦めることにした。彼を起こさないようそっと立ち上がろうとしたその時だった。


「…………っ!?」


突然、障子くんの腕と脚が自分の身体の上に回ってきた。彼が寝返りをうったのだろう。今のわたしは彼の抱き枕状態だ。普段でさえ中々抱き合うことなどないというのに。一体これはなんのご褒美なのだろうか。


「ち、ち、近い……!しかもなんか良い匂いする……!」


思わず小声で独り言を口走ってしまったけれど、彼は穏やかな寝息を立てたままだ。私の心臓の鼓動はどくどくと加速するばかり。大きな音が聞こえているとさえ思うほど。どうしよう、このまま身動きを取らない方がお互いの幸せなのでは……せっかくの機会だし、私もここで一休み、してしまおう……





あれからどのくらい経っただろうか。ぼんやりと意識はあるけれど、布団の温もりと彼の匂いが心地良くてまだ目覚める気にはならない。


ふと、自分の髪の毛がさらさらと耳にかかった。頭を、撫でられている。障子くんが撫でてくれているのだろう。貴重なスキンシップを終わらせたくなくて、ますます目を開けるわけにはいかず狸寝入りを続ける羽目になってしまった。しかし、彼の手は止まってしまった。狸寝入りがバレたのだろうか、と目を開けようとしたその時。





額に、柔らかい感触。





思わず目を開けてしまった。





障子くんは手のひらで口元を覆いながら目をまん丸に見開いている。





「お、起こしてしまったか。すまない。」





彼はさっと後ろを向いて慌ててマスクを直していた。今、マスクを外していたのだ。額への柔らかな感触、そして、この慌てよう……まさか、まさか……


「い、い、今、おでこに、チュー、した?」

「…………すまない。」


彼は複製腕を伸ばしてきて、小さく謝罪の言葉を漏らした。やっぱり勘違いじゃなかったんだ。


「あ、あ、謝ることなんてないよ!ありがとう、うわぁ……嬉しいなぁ……」

「寝ている隙になど……卑怯な真似を……」

「い、いやいや、いいんだよ!むしろ私こそ卑怯だったよ!寝たふりしてたし……」

「そ、そうか……」


沈黙がこの場を支配している。何だこの甘酸っぱいえも言われぬ雰囲気は……私と障子くんが交際を始めて以来初めての空気ではないだろうか。いや、そうだ、初めてだ。間違いない。手を繋ぐ時ですらこんな風になったことはない。そもそも、どうして彼はこんなことをしてくれたのだろうか。


「しょ、障子くん、どうして、その、お、おでこに、チュー、したの?」

「む……言うべきだろうか。」

「お、教えてくれると、嬉しい、かも。」

「……目が覚めた時、音無が目の前にいてかなり驚いた。俺の抱き枕になってしまっていて、慌てて身体を起こしたら机の上に本が二冊置いてあるのが見えた。そのうちの一つは俺の知らない本で、いくつか付箋が貼ってあるページを見て、その、察した。」


珍しく彼が口早に数多くの言葉を語ってくれた。私が読んでいたのは恋愛小説。そして、彼の言う付箋のページとは付き合いたての初々しいカップルの恋人らしい行為が描写されているシーンのことだ。彼はおでこにキスをしあうシーンを見たのだろう。


「察した、っていうのは……?」

「お前が……こういうことに憧れているのか、と。」

「う……す、鋭いね……」

「……気が利かなくてすまない。勝手に悪いと思いつつも付箋のページに目を通してしまった。その中で出来そうなことが、それだったのだが……」

「そ、そっか、いや、すごく嬉しいよ、ありがとう、ふふ……」


障子くんはいつもより少し高くマスクを上げていた。そんな彼の顔色が気になる私はさっと正面に回り込んだ。またしても目をまん丸に見開いていたけれど、ちらりと視線を下にやられてしまった。これは、私もお返しするチャンス。


「私の憧れはまだ終わってないよ。」

「ん?……ッ!?」



ちゅ



彼の額周りの髪をさらりと退けて、さっと素早く顔を近づけた。一瞬だけ、唇をおでこに押し当てて、わざと小さくリップ音を立ててみると、彼は茹で蛸のように赤くなってしまっていたのだった。





おでこにチュー




「…………」

「しょっ、障子、くん?」

「……刺激が、強い。」

「ご、ごめん!嫌だった?」

「いや!そんなことは……む……ま、まァ、た、偶には、こんなのもいいんじゃないか?」

「そ、そっか、あ、あの、ま、また、しても、いい?」

「ああ……」






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