痴漢です!
「ちっ、痴漢です!!」
「い、いや、俺は……」
電車内で叫ぶも虚しく、誰も助けてはくれなかった。同じ制服を着用したやたらと大きな身体で腕が5,6本ほど生えた男の子だけがおどおどしながら声を出しているけれど生憎彼に用事はなくて。
「貴方じゃない!けど、今絶対わたしのお尻を掴んだ人がいるの!」
「お、落ち着け……」
「あっ!乗り過ごしちゃう!」
「あっ、待……」
彼に気を取られていたらいつの間にか最寄駅に到着してしまっていた。私は人混みをぐいぐいと押し進んで急いで降車して駅員さんのところへ走ったのだけれど、痴漢の外見的特徴はもちろんわからないし、あれだけの混雑状態なら偶然かもしれないとあっさり片付けられてしまった。ひどい、職務怠慢もいいところだ。偶然でお尻を掴まれる女子高生がいるわけないじゃないか。結局泣き寝入りしてこの日は大人しく家へと帰った。
翌朝、いつも通り学校に通うため電車に乗った。そしてこれまたいつも通り、二駅ほど進んだところでわぁっと人が乗ってきた。昨日と同じくらいの混雑具合。また痴漢にあうんじゃないかと思うとぐるぐる眩暈がしてきた。ああ、嫌だな。女子はスカート、なんて誰が決めたんだろう。いや、別に強要されてるわけじゃないけど……と訳のわからないことを考えていたら本当に目の前がふっと暗くなった。けど真っ暗になった訳じゃない。驚いて顔を上げたら、昨日の身体の大きい男の子が全ての腕を上に上げて立っていた。暗くなったのは彼の影だ。電車の天井にまで手が届くなんて彼は巨人族か何かだろうか。
「巨人ではないのだが……」
「……あっ、ご、ごめん!失礼なこと口に出しちゃった!」
「いや、構わない。その、昨日は大丈夫だったか?」
「全然!駅員さんがひどくってさ…………!」
大きな身体や鋭い目つきに似合わず彼は随分優しい人のようだ。私は昨日の駅員さんの悪態を彼に話したのだけれど、彼はまるで自分のことのように憤りを感じているようだった。しばらく愚痴をこぼした後、お互いの自己紹介をした。名前は障子目蔵。同じ制服だけどこの体格だし先輩かと思っていたけれど、なんとあのヒーロー科の1年生らしい。ちなみに私は普通科だ。複製腕という個性のことも詳しく聞いた。だから腕の方から声がするのかと納得した。
「話聞いてくれてありがとう!」
「いや、俺も話ができてよかった。それに、誤解されていないようで安心した。」
「いやいや、障子くんみたいなクールで紳士的な人は痴漢なんか絶対しないでしょ!あっ、もう降りなきゃいけないね!」
私と障子くんは電車を降りて、一緒に学校へと向かった。彼は寡黙なタイプだけれど話すことは普通に好きみたいで、私がぺらぺらと話を振っても適当な相槌じゃなくてたくさん言葉をかけてくれた。ヒーロー科は普通科なんて鼻にもかけてないと思っていたけれどそんなことはなく、心操くんの話やお互いの授業なんかの話でとても楽しい登校時間だった。
「うわ〜!最悪だっ!」
プレゼントマイク先生に英語の質問をしていたらすっかり遅くなってしまった。こんな時間に駅に向かえば満員よりも満員な超混雑満員電車に違いない。そら見たことか、駅員さんが人を押し込んで電車に乗せている。次の電車を待つ人もびっちり行列を作っている。この大勢の人たちと同じ電車に乗るのか……とげんなりしていたらあっという間に次の電車が来てしまった。
仕方がないから乗り込んだけれど、本当に満員のぎゅうぎゅうだ。少し息苦しい。幸い壁際にいるから、壁の方を向いてそっとスマホの画面を覗き込んだ。その時だった。
「ッ〜〜!?」
さわっ、さわさわっ……と私の太腿の辺りを人の手が這う感覚がした。痴漢だ。壁に背中をくっつけて立つべきだった。振り向くのは怖いけど、せめてなんとか声を出さなければ。
「ちっ、ち、ちか……」
「痴漢だ!!」
突然頭上から大きな声が聞こえた。ちらっと視線をやると、人間の口が見えた。複製腕の先にある口。こんなことができるのは私の知り合いには一人しかいない。障子くんだ。
「念力!こっちだ!」
「わあっ!」
「い、痛てててっ!!」
「逃がさんぞ!」
障子くんの腕は頭上の手すりを掴んでいたり私の身体を引っ張ったり、痴漢と思わしき男の手を掴んでいたりと大忙し。痴漢は彼に腕を思いきり掴まれてひどく苦しんでいた。
電車の扉が突然開いた。ここはまだ最寄駅ではない。だけど私と痴漢は障子くんに引っ張られてここで降車して、そのまま駅員さんの元へと引っ張られた。
「痴漢を捕まえました。」
「わ、私のお尻や脚を触ったんです!今日だけじゃありません!」
「お、俺はそんなことしていない!お前が痴漢してたのを俺のせいにしてんじゃないのか!?」
「な、なんて見苦しい言い訳!障子くんがそんなことするわけないでしょ!?」
「俺は痴漢行為をしていない。それに、俺は電車に乗る時は腕を常に上にあげている。こんな体格ではただでさえ場所をとるからな。」
「そ、そんなの証拠になるかよ!」
「はぁ!?あんたがやってないって証拠もないでしょ!?」
私と痴漢がぎゃあぎゃあと言い争いをしていたもんだから、障子くんと駅員さんは困ってしまったようで、どうしたもんかと顔を見合わせていた。そんな時、とても派手な外見のお姉さんがものすごく怒った様子でこちらに歩いてくるのが見えた。
「ちょっとアンタ!!」
「な、何だお前……」
「このヘンタイ!アンタ、証拠証拠って……そんなに証拠が好きならくれてやるわ!さっきその子のスカートに手を入れてるの見て動画に撮ったのよ!それにアンタの顔だって映ってるわよ!」
「な、な、何ィ!?」
「お、お姉さん!そ、それ見せて!」
「いいわよ、はい。」
お姉さんのスマホの画面を覗き込むと、確かに私の姿が映っていた。そしてすぐ隣にはいくつもの腕を天井に向かって上げている障子くん。複製腕の先には鋭い目がいくつもついていた。キョロキョロと辺りを警戒している。やがて、男が人混みを分けるように近づいて来た。私がスマホを取り出したと同時に男の手が私のスカートへ伸びてきて、障子くんの複製腕がにょきっと増えて口を形成し、痴漢の注意喚起をしたというわけだった。
「……やっぱりあんたじゃない!しかも障子くんのせいにするとか本当最低!」
「ちょっとそちらまで御同行願えますか?キミ達も一緒にね。」
「ち、畜生!!」
駅員さんに連れられて、休憩室のようなところで事情聴取をされ、結局痴漢は警察のお世話になることに。お姉さんは仕事に行かなきゃと慌ててこの場を去って行ってしまった。さて、残ったのは私と障子くんの二人だけ。
「ありがとう、助かったよ!」
「いや、俺は無力だった。ただのヒーロー気取りだ。実際、証拠を掴んだのはあの女性だ。俺は男の腕を掴んだだけだ。」
「逃がさなかったのは障子くんの功績だし、電車内でも私の代わりに声出してくれたり痴漢から私を離してくれたりしたよ!ありがとう!」
「……そう言ってくれると俺もありがたい。」
そう言いながら障子くんはふいっとそっぽを向いた。複製腕の口や目もみんなふいっと同じ方向を向いたのがちょっと可愛らしいと思えてしまった。
「あっ、お礼に何か……そうだ!まだ時間ある?あっ、でも、お家の人にご迷惑……」
「俺は一人暮らしだ。問題ない。」
なんと彼は高校生にして一人暮らしをしているらしい。そういえば福岡県出身って言ってたっけ。詳しく聞いてみると、偶然にも私の家から徒歩10分程度のところに住んでいるらしいことが判明した。
「良かったら一緒に夕飯食べない?」
「ん?構わないが……どこへ行くんだ?」
「それは着いてからのお楽しみだよ。」
再び彼と同じ電車に乗り、お互いの最寄駅に到着した。彼は複製腕の目で辺りをキョロキョロと観察しながら帰路を辿る私の一歩後ろを着いてきた。
「さて、到着したここよ!」
「ここは……どう考えてもお前の家だな。」
「そうだよ!お礼にウチでご飯食べて行ってよ!痴漢撃退の祝勝会しなきゃ!」
「大袈裟な……」
半ば呆れ気味の障子くんに手を伸ばしたら、彼は複製腕の先ににょきっと手を生やして私の手をぎゅうっと握ったのだった。
痴漢です!
「…………ち、痴漢!?」
「……!?い、いや、これは握手じゃ……」
「痴漢!?引寄子!?大丈夫!?」
「あっ、お母さん!あの、今日痴漢に遭って……」
「痴漢!?家の前で!?アンタ、良い度胸ね!ウチの娘に……」
「お、俺は痴漢じゃない!」
「お母さん!彼は違うの!」
ぷんぷん怒るお母さんを必死で宥めてなんとか誤解を解くことができた。お母さんは障子くんにペコペコと頭を下げていた。障子くんの表情は真顔だったものの、複製腕の先にある口は白い歯を見せてニヤリと笑みを浮かべていたのだった。
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