翌日、瀬呂の祈りの甲斐も無く、演習直前に行われたくじ引きで爆豪が飯田・音無ペアとの対戦番号を引き当ててしまった。そこには、飯田が無事でいられますように、と手を合わせて祈る瀬呂の姿があった。


全員組合せが決まり、任意のスタート場所で開始の合図を待った。全組異なる演習場に割り振られており、凪、飯田、爆豪、瀬呂は倒壊しかけの廃墟ビルのような建物で演習を行う。各演習場には一人先生がついており、彼女たちの担当はオールマイトだ。


数分後、演習開始の合図が各演習場に鳴り響き、演習が始まった。


「では、作戦通りに行こう!」

「うん!わかった!」


飯田の言う作戦とは、凪の消音の個性で音を消し、彼女を背負って走ることで交戦を避け最短で出口を目指すというものだ。なお、捕獲組に見つかってしまった場合は二手に分かれ、飯田がスピードで相手を攪乱している間に音を消して隠れながら凪が出口付近まで進む手筈になっている。しかし、相手はあの爆豪だ。あっさりゴールさせてくれるはずがない。


「上か……!?音無くん!しっかり捕まっていてくれ!」

「えっ!?わあ!!」


走り出してから10秒も経っていないのに、耳を劈く爆音が轟き、天井が崩れ落ちて砂塵が舞った。飯田は凪を背負ったまま瞬時に付近の瓦礫の陰に身を隠した。


「オラァ!隠れても無駄だァ!出てこいクソ眼鏡ェ!!」

「いつもより気合入ってんな……、相手はクラスメートだぞ。」

「甘ったれんなしょうゆ顔!!俺ァ今最っ高にムカついてんだ!!」


飯田は爆豪のまるで実戦だと言わんばかりの気迫に思わず息を飲んだ。しかしすぐに我に返り、作戦通りに、と凪に耳打ちし瓦礫から飛び出した。視界は悪く、互いの居場所は不明瞭なはず。しかし爆豪は個性を利用して機動力を上げ、確実に飯田との距離を詰めていく。瀬呂は予め決めておいた捕獲地点で待ち構えている。


「わ、私も行かなきゃ……一先ず音を消して……」


爆豪は飯田を追っており、瀬呂は彼らの近くにいるため、凪は作戦通り音を消して密かに建物の出口を目指すことにした。何度も爆破が起こり、常に砂塵が舞っているため、音さえ消して動けば見つからないだろうと思い歩を進める。


一方の飯田は爆豪に距離を詰められ接近戦に持ち込まれていた。数えきれないほどの爆破を起こし、本気で飯田に襲い掛かる爆豪はもはや捕獲することよりも撃破することを目的としていた。


「クソがァ!!いい加減ッ……倒れろやァ!!」

「くっ……!!」


激しい爆音が轟き、このフロアの大黒柱を破壊してしまったのだろうか、建物は大きく揺れ、壁や床ががらがらと音を立てて崩れ始めた。彼らが重心を保てず膝をつくほどの揺れに、壊滅的な運動神経を持つ彼女が耐えられるはずもなく。


「あっ……!!」


凪はバランスを崩しフラフラと移動し始め、どんどん崩れていく床へ近づいて行くが、皆の視界は不明瞭かつ音を消しているため気づく者はいまい。このままでは落下して大怪我は免れない。オールマイトもこの揺れはまずいと感じたのか、「キミたち!大丈夫か!」と叫びながら外から救助に駆け付ける。


オールマイトの声が聞こえ、瞬時に状況を察した飯田は一刻も早く凪を見つけねばとギアを上げて走り出そうとしたその時、ついに凪の身体は宙へ投げ出された。


「きゃっ……!」

「音無くん!今助けに…」

「どけやクソ眼鏡ェ!!」


今日一番の激しい爆音が唸り、爆豪が飯田よりも速く駆け出した。視界も悪く、音もせず、彼女の居場所がわからないにもかかわらず爆豪は正確に最短距離を進み、躊躇うことなく地を蹴った。重力に従い落下する凪の身体を自分の両腕に閉じ込め、崩れ落ちる瓦礫を次々に蹴って移動し、地に足を着けるとそのまま建物の出口へと走り去った。


「何しとんだバカ!!怪我は!!」

「あ、ありがとう……大丈夫……」


建物から出た瞬間、凪の両肩を掴み、怪我はないかと全身をチェックする爆豪に凪は驚いていたが、ハッと我に返り自分のせいで演習を台無しにしてしまったんじゃないかと思い言葉をまくしたてる。


「どうしよう、私がトロいせいで演習台無しにしてみんなに迷惑かけて……」

「迷惑じゃねェよ。落ち着け。」

「私の運動神経って本当壊滅的で……飯田くんだけじゃなくて捕獲組の勝己くんと瀬呂くんにも、それにオールマイト先生にまで迷惑かけちゃってごめんなさい、それから……」

「お前はなんも悪くねェ!足場崩したンは俺だ!」

「ッ……ごめん……なさい……」


凪は自分が情けないと思い、目に涙を浮かべ始めた。爆豪が小さく舌打ちをすると、彼女はビクッと肩を震わせた。嫌われた、呆れられた、怒られる―彼女は不安でいっぱいになったが、彼女の意に反して爆豪は穏やかに言葉を紡ぎはじめた。


「お前は……仕方ねェから、俺が守ってやるっつったろ……忘れてんなや。」

「えっ、えっ…………!お、覚えてるの!?」

「はァ!?……お、お前こそ覚えてんのかよ……ンならええわ、よく聞け。」

「……え、え、なに?」

「……一回しか言わねェぞ。俺は……」


彼の言葉を聞いた凪は何度も頷いた。すると彼女の目からぼろぼろと涙が零れ落ちた。爆豪はギョッとして、どっか痛ェのか!と慌てて彼女の様子を気遣うが彼女は首を左右に振る。この涙は彼も自分と同様に幼い日の約束を覚えていてくれたことと彼の言葉に対する喜びの涙だった。時を同じくしてオールマイト、瀬呂、飯田は建物から駆け足で出てきて、三人とも口々に二人を気遣う言葉をかけた。


「爆豪少年、音無少女、怪我はなさそうだな!無事で何よりだ!」

「二人とも無事でよかったな〜。爆豪、お前限度ってもんがあるだろ……」

「音無くん!よかった!爆豪くん、感謝する。」

「ハッ!テメェを捕まえ殺せなくて残念だったわ。」

「つーか爆豪、あんだけ飯田に襲い掛かっててよく音無のこと気づいたな。」

「当たり前だ!!見えなかろうが音が無かろうがコイツは俺が守り殺したるわ!」

「イヤ、そこは殺すなよ……」


いつの間にか凪の涙は止まっていた。涙の痕に気づいた飯田が彼女に声をかけようとしたが、それは爆豪によって阻まれてしまった。爆豪は彼女の手を取り、先に戻ンぞ、と小さく呟いた。凪が満面の笑みを浮かべながら大きく頷くと、彼は彼女の手を引きながら勢いよく走り出した。





約束




「……一回しか言わねェぞ。俺はお前を一生守り殺す。約束してやる。だからお前も俺に守り殺されるって約束しろ。」

back
top