雨の日の校舎内はとても滑りやすい。誰だって濡れた床で滑って転んだ経験があるだろう。かく言う私もその1人。だから今日は慎重に歩いているつもりだった。


「わぁ!」


つるんと滑ってしまい、身体が大きく前に傾いた。けれども地面に近づくことはなくて。


「おー、間一髪。やっぱ俺って優秀じゃね?」

「せ、せ、せ、瀬呂君!?」


私のお腹には彼の射出したテープが巻かれていた。ヒーロー科1年A組、瀬呂範太。猿架舞中時代からの私の想い人。彼にとって私は3年生の時に同じクラスだった女子、ただそれだけだろうけど。


「あ、あ、ありがとう!えっと……じゃあ!」

「あっ、ちょっと……!」


恥ずかしくて走り出してしまったら、ピリッと音を立てて彼と私を繋いでいたテープは千切れてしまった。救けてくれた人から走って逃げ出してしまうなんてなんとも失礼なことをした。けれども中学時代からロクに話したこともなく、私の一方的な片想い。お礼はしっかり述べたのだから、これ以上話せることなんてないだろう。しかし、私はバカなのだろうか。雨の日の廊下を走るだなんて。再びつるんと足を滑らせた時、今度は普通科のクラスメイトの男の子が支えてくれた。我ながらなんという失態だろう。大丈夫?と声をかけられて、先と同様お礼を言って、顔馴染みのクラスメイトだから今度は普通に会話を続けることができた。遠くで悲しそうに俯く瀬呂君には気付かずに。


次の日は昨日とうって変わって雲一つない晴天だった。夏を感じさせる日差しのおかげで、半袖の制服から伸びる腕が今にも焼けてしまいそうだ。いつも通りバスを降りて歩いて学校に通っていたら少し足取りがフラついた瀬呂くんと金髪の男子が前を歩いていた。私は彼等より少し歩くのが早いようで距離がだんだん詰まってくる。それに伴って彼等の会話内容が聞こえてきた。


「だから、もう、諦めっかなぁ、って、思ってんだよ、なぁ〜。」

「んー、そうか?つーかお前、なんか顔赤いぞ。熱でもあって上手く考えられてないんじゃねーの?」

「あー?熱、なんて、ねーよ……」

「よく言うぜ……ほら、肩貸してやっから。」

「わり……」


なんと瀬呂君は熱があるらしい。そういえば昨日会った時、制服と髪の毛が濡れていた覚えがある。そして、都合の良いことに、私はよく体調を崩すことがあるため解熱剤や鎮痛剤の類は常備している。昨日のお礼に分けてあげようと足早に近付いたその時だった。


「きゃあ!?」

「うおっ!?」


瀬呂君の右肘から突然テープが伸びてきて、私の身体にぐるぐると巻きついてしまった。振り向いた瀬呂君は熱のせいか真っ赤な顔をして、慌ててテープを切ろうとしてくれたのだけれど。


「わ、悪い、念力!今、切る、から……!」

「きゃあああ!?」

「うおおおっ、うぶっ!」


熱のせいで個性を上手く操れないであろう瀬呂君はテープを切るどころか巻き戻してしまい、私の身体を急速に引き寄せた。私のリュックがテープで持ち上がってしまったせいで瀬呂君の顔に勢い良く当たってしまった。その衝撃でテープは巻きついたままだが彼の肘からはプツンと離れた。


「ご、ご、ごめんなさい!」

「いや、俺が悪いから、気に、すん、な……」

「瀬呂君!?」

「瀬呂っ!?」


瀬呂君はぐったりと金髪の男子にもたれ掛かって意識を朦朧とさせていた。これはまずいと私も肩を貸して二人で力を合わせて瀬呂君を保健室へと運んであげた。リカバリーガールは丁度席を外していたみたいで、ひとまず空いている手前のベッドに瀬呂君を寝かせてあげた。ぐでっと横になった瀬呂君は虚な目で金髪の、上鳴という男子に話しかけ始めた。


「中学の時……」

「え?」

「中学の時も、熱出して、念力に、テープ、巻き付けたこと、あった、んだ……」

「あっ……」

「しっ。」


上鳴君から静止されて、私は声を出さないよう自分の掌で口元を覆った。もしかして、瀬呂君は私がいることに気がついていないのだろうか。上鳴君は瀬呂君に話を続けるよう促した。


「それで?」

「俺……念力の、こと、1年の時から、ずっと、好きで……」

「おう。」


え?す、好き?1年の時から?瀬呂君が、私を……?軽くパニックになって声が出そうになったが、依然として上鳴君は私の方を向いて首を横に振る。


「でも、念力は、いつも、俺を見て、逃げちゃうんだわ……」

「そうなん?」

「きっと、俺、のこと、苦手、なんだ、ろうな…………1年の、時も、逃げら、れて…………昨日も、久々に、会った、ってのに、逃げられ、ちまって…………でも、他の、男子とは、笑って、喋って…………」


あの後も見られていたことにも驚いたけれど、まさか瀬呂君が私のことをそんな風に思っていたなんて。今ここで、私も瀬呂君が好きだって言いたかったけれど、やっぱり上鳴君に静止されて。


「で、諦めんの?」

「さっき、まで、そう、思って、た。でも、顔、見ちまったら、やっぱ、変わっ、た。」

「ふーん、どーすんの?」

「次に、会えた、ら、テープ、巻いて、逃がさ、ねぇ………………」


それが最後の言葉となって、瀬呂君はすぅすぅと寝息を立ててしまった。上鳴君はニヤニヤしながら私を手招きして、一緒に保健室を出た。


「つーわけなんだけどさ、念力さんだっけ?瀬呂のことどー思う?」

「えっ、えっ、あの、えっと、私……」

「まーその顔見たらわかるよ!はー、瀬呂に先越されちまったなー、彼女できんのは俺のが先かと思ってたのになー。」

「かっ、かかかか、かのっ……!?」

「え?あの分じゃ次に顔合わせたら告白してくると思うけど?ま、頑張んなよ!じゃ!」


そう言って上鳴君はくるりと向きを変えて教室へと歩いて行ってしまった。先ほどの、熱を出した瀬呂君はいつもの余裕たっぷりな感じが全くなくて、とても弱気な、初めて見る姿だった。きっとあれは彼の本音なのだろう。次に会う時は私も逃げ出さずにきちんと瀬呂君に向き合おうと決めて、ゆっくりと教室へと歩き出した。


翌日の昼休み、私は食堂のすぐ近くで瀬呂君とばったり遭遇した。


「あっ!瀬呂君!体調はもういいの?」

「えっ?あ、あぁ、昨日はごめんな。もう大丈夫だよ。」

「良かった!すごく心配だったんだ!」

「そ、そうなん?あ、ありがとな。」

「う、ううん!じゃ、私、これで……」


昨日の決意はどこへ行ったのか、私はまた瀬呂君に背を向けて逃げ出してしまおうとしたのだけれど。あっという間にテープが身体に巻きついて、そのままクルクルと瀬呂君の方へ引き寄せられてしまった。


「や、やっぱりまだ熱が……?」

「いや、そうじゃねーよ。あのな、俺は、念力のことが…………」





テープが繋いだ恋模様





「わ、わ、私も瀬呂君のこと、す、す、すきです!」

「えっ!?マジで!?うわァ……諦めなくて良かったァ〜……っつっても何でいつも逃げてたん?俺、地味に傷ついてたんだけど……」

「ご、ごめんなさい!緊張して、恥ずかしくて、つい……ご、ご、ごめんなさい〜!!」

「あっ!念力!?ちょっと待てよーー!!!!」

「ま、待てないです!」


瀬呂君に引き寄せられて顔が近くなってしまったことに耐えられなくて、私はテープをピリッと引き裂いてまたしても走って逃げてしまった。ちらりと振り返ると赤い顔ではにかむ瀬呂君が、チクショーと叫ぶ上鳴君の個性であろう電撃の餌食になっているのが見えてしまった。



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