「音無、ここにいたのか。」

「うそ!何でわかったの!?」

「氷投げてたらこの辺りだけ音がしなかった。」

「そ、そんなことで……?」


今日の訓練は救助活動の模擬演習で、要救助者が声や音を出せずに移動している場合を想定して救助するというもので、先生に頼まれて私が要救助者の役割を担っていた。ちなみに戦闘能力や運動神経が壊滅的なのにどうやって実技試験をクリアしたのかと演習の度に誰かに聞かれるけれど、音を消して近付いて物で叩いて後ろからロボを壊したり、強そうな人がロボを壊す手助けをしていたら合格を勝ち取っていたと毎回説明している。


演習は着々と進んでいく。今のところ私を発見できたのは飯田くんだけだった。それはそうだ、私は建物の構造を把握した上で音もなく移動するのだから、超スピードで駆け回る飯田くん以外の人からは見つからないまさに想定通りの結果だった、と思っていたのだが。なんと轟くんに見つかってしまったのだ。頭脳プレイに優れた探索力でさすが轟くんだと思ったけれど、先生からは音無の個性を利用している探し方だからダメだと一喝されていた。確かに百ちゃんやお茶子ちゃんもその探し方はできただろうけど選択してなかった。


「惜しかったな、轟!でも飯田以外で救助成功したのお前だけだぞ!」

「ああ……」


切島くんに褒められているけど、轟くんはなんだか浮かない様子で。ちょっと申し訳ない気持ちになる。


それから数日が経ち、今日は日曜日。一人でショッピングモールに行って休日を満喫していたら、目の前をどこかで見たことのある人が横切った。記憶を辿ると、老人ばかりを狙って傷害事件を起こして指名手配されている男だということに気がついた。右腕の赤い蜘蛛の刺青が特徴だとテレビで聞いたことがある。一瞬だったけど赤い蜘蛛の刺青が確かに見えた。私は彼の拠点を見つけて警察に連絡しようと思い、音を消して追跡することにした。


ところが、彼には仲間がいたらしく私は捕まってしまった。そして、学校の演習で使ったような廃屋に閉じ込められてしまった。ケータイを出したくても手を縛られてて取れなくて。二人の悪人は私が女でガキだからという理由でそのまま放って立ち去ってしまった。ひとまず目撃情報を警察に提供しなければと思い、ここから出ようと何とかもがいてみるけれど中々縄は解けない。かと言って彼等がまだこの建物にいたらと思うと大声を出して救助を呼ぶこともできなくて。しかし重大なことに気がついた。彼等は私の足を縛り忘れていたのだ。歩いて戻ろうと思って私は立ち上がりドアを開けて小部屋を出たのだけれど。


「これは…………」


流石廃屋。壁や柱がボロボロで、ちょっと歩いただけでもパラパラと床が崩れてしまうレベルだ。瀬呂くんがいれば下の入り口まですぐに移動できるんだろうけど……無い物ねだりしたって仕方ない。どうにか足場が安定している場所だけを移動することにした。


確実に下の階に近寄れてはいると思う。けど遠回りしているせいか、中々建物の入り口に近寄ることはできない。心なしか建物内の空気がとても冷たく感じる。足元を見ると薄く氷が張ってる気がして、思わず寒いと言葉を漏らした。


「寒い…………」

「悪い、すぐ温める。」


独り言を呟いたはずなのに返事が返ってきた。驚いて振り返ると先日見事私を救出してくれた轟くんが立っていた。どうしてここにいるのかを尋ねたら、私が例の指名手配犯に捕まって連れて行かれているのをたまたま見かけたらしく、警察に連絡してそのまま跡をつけて来たとのこと。彼等はすでに警察のお縄についたと聞いて一安心だ。


「何で一人で追跡したんだ?」

「音を消せば大丈夫かなって……私が甘かったです……」

「仲間がいる可能性を考慮しなかったのが悪かった点だな。次からは先に警察に連絡するかお前も仲間を呼ぶかしろ。」

「うん、そうする……」

「……お前がどこにいても、俺が見つける。だから、呼べ。」

「……?うん、わかった、次からは轟くんに連絡するね。」

「おう、帰るぞ。」

「うん、ありがとう。」


救けが来たことに安堵したら腰が抜けてぺたんと座り込んでしまった。それを見た轟くんが、乗れ、と言ってしゃがんでくれた。半分冷たくて半分温かいのかなって思ったけど、彼の背中はとても広くて温かかった。


轟くんは氷で足場を作ってすいすいと登って来てくれたみたいで、帰り道も同様にすいすいと降りてすぐに入り口まで連れて行ってくれた。改めてありがとうとお礼を言うと、今回は成功だ、と言われた。何のことかと首を傾げたら彼はきちんと説明してくれた。


「この前はお前の個性に頼っちまった。でも今日のお前は個性を使わずに普通に静かに移動してただろ?だが、俺に見つかった。だから今回は成功だ。」

「相澤先生に言われたこと気にしてたんだね。」

「尤もだったしな。それに、飯田に負けちまった気がしてなんか嫌だった。」

「救助に勝ち負けはないよ。」

「いや、そういうことじゃねえ。」

「じゃあどういうこと?」

「音無はわかんなくていい。ほら、行くぞ。」

「あ、うん。」


普段轟くんはクールで表情の変化があまりわからない。けれど、チラッと見上げた横顔はほんの少しだけ綻んでいる気がした。


翌日、放課後に三奈ちゃんの提案で寮で隠れんぼをして遊ぶことになった。なんでもこの前私を救助できなかったことが悔しかったらしい。しかしそこになぜか轟くんが俺もやると参加して来た。木を隠すなら森の中、ということで私は自分の部屋のクローゼットの中に身を隠した。思った通り誰も私の部屋を探し来ることはなくて。


もうすぐ制限時間が来ると思ってニコニコしていたら突然クローゼットが開いた。電気の眩しさで思わず手で目を覆う。手の隙間から相手を見るとこれまた轟くんがいつものクールな表情で立っていた。


「見つけた。俺の勝ちだ。」

「よくわかったね、誰もこなかったのに。」

「どこにいても見つけるっつったろ。ほら、行くぞ。芦戸に報告だ。」

「あ、うん。」


一階に戻るとすごく不服そうな響香ちゃんがいて、どうしたの?と聞いたら、音無の部屋を探しに行こうとしたらそこにはいねえって止められたのに私が自分の部屋にいたと聞いて腹が立ったとか。どうしてそんなことしたんだろう…………





どこにいても




「轟くん、私に発信器つけてる?」

「つけてねえ。つけていいなら八百万に頼むぞ。」

「つけないでほしいな。うーん、次は絶対見つからないようにしようっと。」

「わかった。つーかそんなもんなくても、どこにいても見つけてやるよ。」



back
top