今日も食堂は大混雑。人混みがそんなに苦手じゃないのは唯一の救いだ。今日は何を食べようかとウキウキしながら歩いていたら、前を歩いていた男子生徒がパスケースのような物を落とした。


「ね、これ、落としたよ?」

「あ、ありが………………引寄子ちゃん?」


男子生徒は私の顔を見た瞬間、時が止まったかのように硬直した。そして搾り出すように私の名前を呟いた。なんで私の名前を知っているんだろう。落とした物は学生証のようだったから失礼ながら名前を覗き見た。


「緑谷……出久……?……えっ!?でっくん!?うそ!?ゆ、ゆゆゆ、雄英だったの!?」

「ぼ、僕も驚いたよ……!久しぶりだね!」

「本当に!小学校4年の頃以来だよね!うわあ、元気だった?」

「う、うん!もちろん!引寄子ちゃんも元気そうで、良かったよ!」


彼の名は緑谷出久、通称でっくん。私が小学校4年生で転校するまで一番の仲良しだった男の子。なんでも私の念力で物を引き寄せる個性が彼の母親のものと似ているとかいう理由で話しかけられたのが彼との縁の始まりだった。しかし彼はそのお母さんや火を吹くお父さんの個性を受け継いでいなかったはずだ。普通科で彼の顔を見たことはないし、大方サポート科か経営科かと思ったけれど、学生証をよく見たらヒーロー科と書いてある。


「ひ、ひひ、ヒーロー科!?あの可愛いでっくんが!?ついに!?」

「か、可愛いって……まあ、う、うん、そうなんだ。」

「なんで!?個性は!?いや、でっくんにはそんなもん関係ないか!すごいよでっくん!」

「うわぁ!?!?」


彼は幼い頃からヒーローに憧れていて、私が忘れ物をした時はすぐ貸してくれたり、学校のガラスを割ってしまった時は一緒に謝りに行ってくれたり、他にも沢山沢山彼に救けてもらった思い出がどんどん湧き上がってきた。個性なんて関係ない、彼は昔っから心の底からヒーローなんだから。再会の喜びはもちろんだけど、彼がヒーローへのスタートラインに立っていたことが嬉しかった私は思いっきり彼に抱きついてしまった。こんなに人だらけの食堂では誰も見てはいないだろうが、公衆の面前でなんてことをしてしまったのか。


「あっ!ご、ごめん!大丈夫!?」

「い、いや、大丈夫だよ。それより、引寄子ちゃんとまた同じ学校で嬉しいよ!」

「わ、私も!高校なんてたくさんあるのに、まさかでっくんがいるなんて思いもしなかった!しかもヒーロー科!……かつくんもいるの?」

「あ、う、うん、かっちゃんも同じクラスだよ……」

「かつくんもでっくんも雄英かぁ、そっかそっか……わぁ、またみんなで遊びたいなぁ。」

「か、かっちゃんは、ちょっと、ほら、今は多感な時期だから……」

「そうなの?ふーん、難しいね、男子って。まあいいや、でっくん、よかったらお昼一緒に食べない?」

「あ、ぜ、ぜひ!」


そうしてでっくんと一緒にお昼ご飯を食べた。昔は二人してあんなことしたよねとかこんなことあったよねとか話はどんどん盛り上がっていった。最後に話したのは、救けてもらったら必ず私が彼の頬にキスをして、彼がクラクラして倒れちゃって、結局私が介抱してあげてたよねって話。こうして小学校の頃の思い出話に花を咲かせていたらあっという間に昼休みは終わりそうになっていた。


「あっ、もう昼休み終わっちゃうね!長々とごめん!」

「い、いや!そんな!僕の方こそ……で、でも、楽しかった!あの、よかったら……」

「ね!毎週、この曜日はここで一緒にご飯食べようよ!」

「あ、う、うん!ぼ、僕も今同じこと言おうとしてたんだ……」


でっくんは可愛いそばかすほっぺをかきながら照れ照れしていた。こういうもじもじした可愛らしいところが昔っから変わっていなくて、やっぱりでっくんは可愛いなあと思った。


二人で一緒に食堂を出て、お互いそれぞれの教室に戻った。ヒーロー科は毎日7限まであって大変なんだろうな、なんて思いながら私は自分のクラスの授業を受けて、無事に一日を終えた。そして、放課後、教室で自習をしていたらゴミ箱がいっぱいのままのことに気がついて、ゴミを捨てに行った時のことだった。


「危ねえ!」


後ろから男子生徒の大きな叫び声がした。とっさに振り向いた瞬間、ぼんっ!とサッカーボールか何かがぶつかったような音がした。そして目の前で緑色の髪の男子生徒……でっくんが顔面を抑えてしゃがみ込んでいた。


「でっ、でっくん!?だ、大丈夫!?」

「わっ、悪い!大丈夫か!?」

「ぼっ、僕は全然……それより引寄子ちゃんは……」

「私は大丈夫だよ!」

「悪かった!体育倉庫でサッカーボール見かけてつい……ホント悪かった!」


男子生徒がぱんっと手を合わせてでっくんに謝ったら、でっくんはすぐ立ち上がって、気にしないで!と両手を振っていた。男子生徒はでっくんが大丈夫そうでほっとしたのか、最後にもう一度悪かったと頭を下げてこの場を去って行った。しかしボールは顔面ど真ん中に直撃したはずだ。思い違いでなければ彼はきっと私を庇ってくれたはず。私はすぐにでっくんの前に出て彼に声をかけた。


「でっくん、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ、引寄子ちゃんに当たらなくて良かったよ……」


でっくんは赤くなった顔を軽く抑えている。食堂では座っていたから気にならなかったけれど、よく見たら昔と違って今の彼は私よりも身長も高くて、しかも危ないところを救けてもらったのもあってか、なんだかかっこよく見えてしまう。可愛いでっくんもいつのまにかかっこいいでっくんになってしまったのかと少し寂しい気持ちになった私は彼にちょっとした悪戯をしてみたい気持ちに駆られた。


「……ね、昔みたいにさ、言ってよ。」

「昔みたいに……?」

「うん、オールマイトみたいにさ。」

「…………!」

「ほら、言ってよ。」

「だ、だ、大丈夫!ぼ、ぼぼ、僕が、来た!」

「あははっ、噛みすぎ!」


そう言って私は昔と同じように彼のそばかすほっぺに優しくキスをした。すると彼も昔と同じようにクラクラしながら倒れ込んでしまい、結局私が介抱する羽目になってしまった。





可愛いでっくん




「でっくんってさ、本当可愛いよね。」

「かっ、かわっ……!?可愛いって……複雑だなぁ……」

「うそうそ!かっこいいよ!救けてくれてありがとう、ヒーロー!」

「かっ、かっ……!?あ、あ、あ、ありがとう……」

「……やっぱ可愛いなあ。」






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