「天くん!早く帰ろう!宿題わかんないから教えて!」
「ええい!袖を引っ張らないでくれといつも言っているだろう!それに言葉遣い!いつも注意しているだろう!おまけに今日の放課後は三年生の委員会だと言ったはずだ!」
「も〜!そんな細かく叱らないでくださいよ〜!じゃあここで待ってるから早く行ってきてくださいよ委員長!」
「宿題なら後で家に行って見てやるから先に帰りたまえ!」
「嫌ですー!一緒に帰るんですー!」
「全く……好きにしたまえ!では、失礼する!」
委員長……もとい天くんは同じクラスの副委員長の女子に、待たせてすまない、と声をかけて並んで会議室へ歩いて行った。
彼はこの私立聡明中学校三年一組の学級委員長にして、私の想い人の飯田天哉くん。私と彼は家が目の前で幼い時からの幼馴染。彼は文武両道、真面目で責任感があって、規律を重んじいつも正しくあろうとする、まさに模範生という言葉がぴったりの人だ。しかしそれは中身だけにあらず、髪型は毎日きっちり七三分けで清潔感や誠実さが溢れ、おまけに背も高くて、顔も整っていて、外見もとても素敵な人だ。非の打ち所がないとはきっと彼のことを言うのだろう。
幼い頃からずっと彼に憧れてきた私はいつも好意を前面に出して、何度も好きだと伝えてきたけれど一切の効果なし。その理由は彼と私の間にある決して越えられない壁、学年のせい。私は彼より一つ年下なのだ。だから当然同じクラスになったことはなく、運動会や文化祭、修学旅行などの学校行事もバラバラで。おまけに、彼はクラスメイトに私のことを尋ねられたら妹のようなものだと説明してしまう始末。ああ、なぜ私は一つ年下に生まれてしまったのか。今日も相棒のシマエナガ、ソラに愚痴をこぼす。
『ソラ〜!私はこんなに天くんが大大大好きなのに!どうすれば女の子として意識してくれるのかな〜。』
『ことり、他の男の子からはモテモテなんだから他の男の子を好きになればいいのに。』
『やだ!私は天くんがいいの!』
『あんなに冷たいのに?』
『あれは誰にでもだし、怒ってるわけじゃないんだってば。クラスでの様子は昔から鳥に聞いて知ってるもん。』
『毎日毎日よく飽きないね。』
ソラの言う通り、私は毎日天くんのことで頭がいっぱい。それもそのはず、もう季節は冬に差し掛かっている。三年生の冬といえば高校受験が待っているわけで。彼は天晴さんのような立派なヒーローを目指して、あの雄英高校ヒーロー科を受験するらしい。だからもうすぐ私は彼との学校生活にお別れをしなくてはならなくなる。小学校六年生の時も、彼が中学校に上がってしまったことで最初の数ヶ月はギャンギャン泣いて困らせてしまったっけ……
一刻も早く彼に私の気持ちは本気で、いい加減私を一人の女の子として見てほしいとアピールしたい、というかしているつもりなのだけれども。でも、彼の受験の邪魔をしたくはない、かといってこれ以上距離が開くのも辛い、どうしたもんかと毎日頭を抱えるのがここ最近の私の日課になっている。
天くんの席に座って左肩にいるソラと話をしていたら、あっという間に委員会が終わる時間になっていた。ここで待っているとは言ったけれど、早く天くんの顔が見たいと思って私は会議室まで彼を迎えに行くことにした。決して走らないよう、けど早足で廊下を歩き、階段を登って最上階の会議室へと足を進める。そして階段の最後の段に足をかけたその時。
「……ずっと貴方のことを、お慕い申し上げておりました!私と……お付き合いしていただけないでしょうか!」
あんな古風な言い回しでしかもこんな廊下中に響く声で告白なんて度胸あるよね、なんて小声で囁く左肩のソラと顔を見合わせた。まあ、三年生はもうすぐ受験を控えているし、気持ちは分からなくもない。かく言う私も受験前か受験後のどちらで天くんに本気の告白をすればいいかとここのところ毎日悩んでいるからだ。この勇気ある女子は一体どんな人に告白をしたのだろうかと思って、階段の窓を開けてソラに頼んで様子を見てきてもらうことにした。
ソラは空き教室の手前の出っ張りに足をかけて中の様子を窺って暫く固まると、凄い速さで私の左肩に戻って来た。そして相手の正体を聞く前に、早く三年一組へ戻れ!と囁かれたもんだから、まさかと思って音を立てないよう、けど走らないよう、とても早足で三年一組の教室へと歩き戻った。
『まさか、相手って天くん!?』
『そのまさかだよ!女子の方はさっきの副委員長!しかも、今返事をしてしまうと互いの受験に響く可能性があるから返事は卒業式後に、って言ってたよ!』
『そ、そそ、そんな!こ、断らなかったってこと!?う、うう、ウソでしょ!?』
『ボクがことりにウソつくと思う?』
『思わない……ウソだあ……』
『どっちだよ。』
『そっちじゃないよ……そんなあ……あの天くんが女の子の告白を保留するなんて……そんなの自分も好きって言ったも同然じゃん……』
ソラとぴーちくぱーちく話し合っていたら、教室のドアが開く音がした。振り向くと涼しい顔をした天くんと赤い顔をした例の副委員長の女子がいた。うう、気まずい……
「待たせたな、ことり、帰ろう。」
天くんに声をかけられて、ソラと話しながらだったけど机には宿題を広げていたからせっせと荷物を整理した。一つ気になるのはなぜこの副委員長までもが私が荷物をしまい終わるのを待っているのかということ。
「て……委員長!えっと、その人は、どなたですか?」
「む?ああ、彼女はこのクラスの副委員長だ。」
「ごきげんよう。」
「……はじめまして、小鳥遊 ことりと申します。」
そんなこと、鳥に聞いて前から知ってる。けど敢えて聞いてみただけ。天くんがどんな反応するかで彼女への想いを探れないかなって思ったから。けれどさすが天くん、告白された直後だというのに全く動揺する気配はない。……しかし、彼女のこの挨拶。お嬢様お坊っちゃま学校の聡明では当たり前かもしれないけれど、元々大人しい方ではない私にはなんだか似つかわしくなくてあまり言いたくない。私がぶすっとしていたのが気になったのだろう、天くんは少し屈んで私に目線を合わせてきた。
「どこか具合でも悪いのか?」
「んーん、大丈夫、です。それより、宿題、わかるところは終わらせたから続き教えて、ください。」
「うむ、では帰ろう。行くぞ、二人とも。」
「ええ、参りましょう。」
「は?ッ……!」
は?二人……?ちょっと待って、何でこの副委員長も一緒なの?、なんて言いかけたけど、ソラが私の頬をげしっと蹴ってくれたお陰で続きの言葉を紡がずに済んだ。
「ん?どうした?」
「え、えーと、副委員長さんも、一緒なんですか?」
「私も雄英高校を受験致しますの。そこで放課後は定期的に委員長と一緒に受験勉強会を、ということになりましたの。委員長、是非ご指導ご鞭撻の程何卒宜しくお願い申し上げますわ。」
彼女のいかにもお嬢様といった畏った話し方にゾワゾワっと鳥肌が立ってしまった。私の個性は囀りという伝聞専門のものなのに、肌まで鳥になるなんて冗談じゃない。
……私は一つ学年が下で、受験勉強会に混ざるなんてそんなの邪魔者でしかないじゃないか。悔しい悔しい悔しい、何で一つ学年が下なだけでこんなに悔しい思いをしなければならないのか。私の方がもっとずっと前から天くんのことが好きで、好き好きってずっと言ってきたのに、なんでなんでなんで。
「あーっ!!忘れてた!今日、お父さんが早く帰ってくるから夕飯の時間早いんだった!ごめんなさい、先に帰ります!」
「ことり!?こら、廊下は走るな!全くキミはいつもいつも…………」
醜い感情でいっぱいになった自分が嫌で、私は咄嗟に大きな声で適当な言い訳を吐き捨てて、鞄を手に教室を飛び出して、まるで天くんのエンジンのようにびゅんっと廊下や階段を駆け抜けた。後ろで天くんがまた注意していた気がするけど聞こえないフリをして家を目指して走り続けた。越えられない壁の高さを痛感してしまったショックで涙が頬を伝っていたけど、それすらも気付かないフリをしてただただひたすら走り続けるのだった。
越えられない壁
「ただいまっ!お母さん!どーして私をあと一年早く産んでくれなかったの!?」
「帰るなり何よ!そんなこと言ったって仕方ないでしょー!?」
「畜生っ!あの三つ編み眼鏡女!たかが一年早く産まれただけのくせに!」
「またそんな言葉遣いして!!貴女、聡明で何を習ってるわけ!?」
「うるさいうるさいうるさいっ!好きでこんなこと言ってるんじゃないもん!もう!お母さんも天くんもあの女もバカバカバカっ!」