互いの優しさ


やっぱり天くんは私の大好きな天くんで、あの後わざわざ私の家に来て宿題を教えてくれた。正直私の学力は天くんと比べたら天と地の差だから毎回質問するのが恥ずかしいと思っているのが本音。けれども天くんは決して私をバカにするようなことはなく、全てを完璧に理解できる人間などいないのだから恥じる事などない、といつも丁寧にきっちり教えてくれる。真剣に説明を聞いて無事に宿題を終えたら、玄関で天くんをお見送りするのが暗黙の了解になっている。


「天くん、いつもありがとう。」

「構わない。学習意欲があるのは素晴らしい事だ。」

「うん……そういう優しいところ、大好きだよ。」

「ああ。では、僕も明日の準備があるので今日は失礼する。夜更かしせず早く寝るんだぞ。」

「……わかってるよ。おやすみなさい。」


天くんは私の頭をぽんぽんと撫でて家を出て行った。こうやってすぐ子ども扱いしてくるのはちょっぴり嫌いだったりする。ふぅっとため息を吐いたら、学校を去った時に逸れてしまったソラがリビングの小窓から帰って来て私の左肩にとまった。


『ソラ、おかえり。」

『遅くなってごめん……ことり、大丈夫?』

『……今日も頭撫でられた!やっぱり私のこと、妹としか見てない!悔しい!』

『ボク、あの後二人のこと見てたけど、眼鏡女は頭なんて撫でてもらってなかったよ。ことりは特別だよ。だから、元気出して。』

『私、特別?』

『特別だよ、天哉の隣はことりしか似合わないよ。』


ソラは私をのせるのが本当に上手いと思う。単純な私とまさに相性バッチリだ。ソラに慰めてもらって明るい気持ちになった私は明日も頑張るぞと意気込んで天くんの言う通り早めにベッドに入った。





朝起きて、今日もドタバタと学校へ行く支度をする。朝食を食べないと頭が働かないって天くんが言ってたから必ず毎朝欠かさず食べる。髪を結う青いリボンは幼い頃天くんから誕生日プレゼントにもらった物。当時、ことりの髪は綺麗だな、って言われた時はまるで個性が進化して翼が生えて飛んでしまうんじゃないかってくらい嬉しくなったのを今も鮮明に覚えている。なんてぼんやりしながら支度をしてたらソラに頬をげしっと蹴られた。


『ことり!もう天哉が家を出る時間だよ!急いで!』

『わっ!ソラ、ありがとう!』


既に家を出れる状態ではあったから、鞄を掴んで慌てて家の外に出た。けれど天くんの姿は無い。あの天くんが遅刻をするなんてこれまでの人生で一度も見たことがない。考えられるとすれば遅刻したのが私なのか、或いは天くんが先に行ってしまったか。残念ながら答えは後者だと庭の花に水遣りをしていた天くんのママが教えてくれた。


ソラとわたしは急いで学校へ、そして三年一組へ足を運んだ。教室のドアを開けると天くんはあの女に勉強を教えていて。どうして何も言わずに先に行っちゃったの?ずるいずるいずるい!一つ学年が下だからって仲間外れにするなんてひどい!


「天くん!どうして置いて行くの!?ひどいよ!」

「ことり!学校では言葉遣いに気を付けろと何度も言っているだろう!それに僕はちゃんと母さんに伝言を頼んでおいたぞ!」

「うっ……き、聞きました!けど、直接言ってくれたっていいじゃ……ないですかっ!」

「委員長、可愛い妹さんにそんなに怒鳴ってしまっては可哀想ですよ?」

「妹じゃないもん……」


誰が妹だ、この三つ編み眼鏡女!と言いたいけれど、ソラが頬をツンツンと嘴で突いてくれたからなんとか平静を保つことができた。本来なら毎朝天くんと一緒に学校に行って、朝学のプリントを持って来てここで一緒に勉強するのは私なのに。ぶすっとしていたら天くんは席を立って私の方に来てくれて、いつもの様に屈んで目線を合わせてくれた。


「昨日の晩も直接言ったんだがな。忘れてしまったのか?」

「……多分聞いてなかった。ごめんなさい。」

「うむ、自分の非を認めて素直に謝れるのはことりの良いところだ。ところで、今日は部活動はあるのか?」

「うん……じゃなくて、ハイ。あります。」

「うむ。ならば僕はそれが終わるまでここで自習に励むとする。終わったらすぐに来たまえ。」


一瞬何を言われているのかわからなくて言葉に詰まった。けれどソラが小声で、一緒に帰るって言ってくれてる!と教えてくれてハッとした。


「……えっ!?いいの!?」

「何か問題があるのか?」

「ないっ!ないですっ!天くん大好きっ!」

「こら!抱きつくな!それに学校ではそう呼ぶなと……!」

「ハイッ!ごめんなさいッ!好きです委員長ッ!」

「発言と行動が伴っていないぞ!ええい!よせ!」


天くんは私を軽く振り払うとあっさり自分の席に戻ってしまった。天くんから一緒に帰ろうって誘ってくれることなんか滅多にない。剰え部活が終わるまで待っててくれるなんてことは初めてだ。嬉しくて口角が上がるのがおさえられない、さっきまであんなにむかむかしてたのに、天くんの言葉一つでこんなに気持ちが動くなんて我ながらなんて単純な女なんだろう。天くんの優しさに蕩けてしまっていたら、ソラがぼそっと耳打ちしてきた。


『眼鏡女、凄い目でことりのこと見てるよ。』

『ふんっ、大方、可愛い妹さんに天くんを取られてふて腐れてるんでしょ!大人気ないよねっ!』

『昨日走って帰ったの誰だよ……』

『私は一つ年下だからいいの!』

『都合の良いヤツ……ま、ボクはそんなことりが大好きだけどね。』

『私もソラのこと大好きだよ!天くんの次に!』

『ハイハイ。ほら、時計見て。もうすぐホームルームだよ。』

『わっ、本当だ!』


私は天くんの席に行って、ホームルームだから行くね、また放課後にね、と声をかけたら、爽やかな笑顔で今日も一日互いに励もうと言ってくれた。互い、お互い、つまり二人、天くんと私だけの言葉なんだと都合良く解釈した私は、意地悪そうな顔で私を見ている眼鏡女には見向きもせず天くんにニコッと微笑んでから教室を出て行ってやった。ここであの女に向かってニヤッと笑ったりしたら性格の悪い女だと思われちゃうからね。





今日の新聞部の活動は【迫れ!聡明中学の受験戦争!】という表題の下、受験生を応援するために聡明OBの高校生に受験勉強についてのインタビューをするというもの。去年まで部室にいた懐かしい先輩やもっと上の代の先輩が次々に話をしてくれてとても面白かったし、中には雄英に通っている先輩もいた。少しでも天くんの役に立てればという健気な優しさアピールのために私は先輩の話を一言一句漏らさず素早くノートにまとめた。


部活を終えて、三年一組に走って行こうとしたけど、天くんに怒られてしまうからちゃんと早歩きで行った。教室のドアを開けると天くんは一人で自習をしていた。あの眼鏡女がいなくてホッと一息だ。


「委員長、お待たせしました!帰りましょう!」

「うむ。部活動、ご苦労だった。すぐ荷物をまとめる。」


天くんはしゅばばばっと荷物をまとめて立ち上がるとウィーンとこちらに歩いてきた。まるでロボットみたいな動きで思わず吹き出してしまったら、何か面白いことでもあったのか?と聞かれてしまった。なんでもないです、と返事をして、ソラも含めて三人で並んで一緒に帰った。帰り道は今日一日のことを沢山話し合った。私が部活の内容を彼に話したら彼は目を輝かせて私の話に食いついてくれた。


「……というわけで、今週新聞にまとめたら一番に持ってくるね!」

「ああ、助かる。僕は必ず雄英高校に受からねばならんからな。」

「うん!私、天くんが絶対雄英に受かるよう頑張るね!」

「受験するのは僕なんだがな……くっ……はははっ!ことりは面白いな……!」


昨日とは打って変わって今日はなんてラッキーな日だ。天くんから帰りに誘ってくれたどころか、こんな大笑いする彼を見ることができるなんて。私も思わず笑ってしまい涙が出てきてしまった。今日の涙は昨日の悔し涙と違って笑顔溢れる嬉し涙だった。





互いの優しさ




「ことり、感謝する。」

「うん?何に?」

「いや、最近受験勉強のストレスでこんなに笑っていなかった気がしてな。少し気が楽になった。」

「そっかあ!大好きな天くんが喜んでくれたなら私も嬉しいや!」

「うむ、ありがとう。ではまた明日。ああ、そうだ、朝は少し早めに行くが、起きれるならキミも来るといい。」

「いいの!?やったー!今日は徹夜してでも早起きするぞ!」

「……くっ!わはははは!」

「えっ!?なに!?何がおかしいの!?」

『ことりって聡明中で何を習ってるんだろう……』








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