あれから1週間ほど経ち、私は毎日早起きを頑張って天くんと一緒に通学している。先週末、高校受験に関する合格の秘訣をまとめた新聞を部員全員で協力して完成させて、今朝一番に渡してあげたら目を輝かせて喜んでくれた。雄英の筆記試験の傾向と対策については私が中心になってまとめたところで、天くんにお礼を言われて翼が生えて飛んでしまいそうなくらい嬉しかった。けど、それも束の間の喜びで。学校に着いてしまったらあの女が教室で天くんを待っているのだ。ああ、今日もまたモヤモヤする一日の始まりだ。
今日も二年一組の教室で頭の中を天くんのことでいっぱいにしながらつまらない授業を受けて、普段通りの日常を送るはずだった。けれど、隣の席の男子、我が二年一組の委員長君の発言が良くも悪くも退屈な日常を崩してくれた。
「小鳥遊、お前、最近三年の教室行ってないけど会長はもういいん?」
会長、とは学級委員会長兼生徒会長である天くんのことだ。私は小学校の学級委員会の名残からなんとなく委員長と呼んでいるけど私達後輩からすれば実は会長が正しい呼び方で。
「いいわけないじゃーん!ライバル出現で気が気じゃないよ!」
「ふーん……あのさ、お前、最近元気ねーじゃん?クラスの委員長、そして隣の席の俺としては気になるわけよ。で、週末暇だったらココ、行かね?」
委員長君がスマホをスッと差し出してきた。画面を見ると、最近できたばかりの花鳥園のページだった。花にはそんなに興味ないけど鳥の文字には心が躍ってしまった。しかもフクロウカフェが併設されているとか。
「小鳥遊、いつも肩に鳥乗せてっし、個性で鳥と話せんだろ?姉ちゃんがそこでバイトしててさ、割引券もらったんだけど、どうだ?」
「……興味はある。いいよ、折角誘ってくれたし。行こ。」
「っしゃ!じゃ、日曜の10時に駅前でいいか?」
「ん、よろしくー。」
この委員長君は、小学校の時から同じ学校だからかなんだかんだ私に気を遣ってくれることが多い。日曜日かぁ、天くんは勉強が忙しいだろうしなぁ……ふぅっと溜息を吐いたらソラにげしっと頬を蹴られた。
『ことり、それってデートのお誘いじゃない?浮気にならない?』
『浮気も何も私は天くんの彼女じゃないし……それに、委員長君は幼馴染で昔から何度か遊んだこともあるし、そんなつもりないと思うよ。』
『……ボクはそうは思わないけどなあ。』
そんなこんなであっという間に放課後になった。月曜日の放課後だから天くんは委員会だ。部活も無いし、いつもの様に三年一組の教室へ早歩きで行く。
「天くんっ!今日委員会だよね!待ってていい?」
「こら!ことり!言葉遣いを……!」
「委員長!今日も待たせていただいて良いでしょうか!」
「全く……ああ、好きにしろ。では僕は行ってくる。」
「はーい!頑張ってください!」
天くんは一人で会議室へ向かって歩いて行った。私は彼の大きくて広い背中が見えなくなるまでずっとそこに佇んでいた。彼が見えなくなって、ガラッと三年一組のドアを開けたら自習していたあの女がぱっと顔を上げてこっちを見てきた。そういえば今日は各クラスの委員長だけの会議の日、だからこの女は出席していないわけで。
「えっと……小鳥遊さん……?でしたわよね?」
「……そうです。」
「貴女も委員長にご指導を?」
「……いつも宿題見てもらうために、一緒に帰ってる、ので、今日も待とうと思って……です。」
「ふふっ、可愛らしいですね。どうぞ、こちらへ。」
「……どうも。」
敬語に慣れてなくて話し方がしどろもどろになったのだが、軽く笑われてしまったのが癪に触る。上品に隣の椅子を引いてくれたもんだから、仕方なくそこに座ることにした。
「……小鳥遊さんは良いですわね。」
「はい?何がですか?」
なんの嫌味だろうか。私の大好きな天くんと同じクラスで、副委員長で、放課後一緒に勉強までして……そして何より同じ学年で同じ高校を同時に受験するくせに、私の何が良いと言うのか。眼鏡を叩き割ってやろうか、なんて思ってしまって両の拳をぎゅっと握りしめたけど、ソラが頬をツンツンと嘴で突いてくれたからなんとか平静を保つことができた。
「委員長は……私とお勉強をしていても、貴女の心配ばかりしていますのよ。」
「私の……?」
「この問題はことりが躓いていた問題だ、今度また見てやらねば!とか、む!これは二年の冬に学期末考査で出題されていたな……ことりにも教えてやらねば!とか……」
「ぷっ!副委員長さん、天くんの真似上手だね……!あっ、ご、ごめんなさい……!」
「いいえ、構いませんわ。私、てっきり貴女に嫌われていたとばかり思っていましたので、笑っていただけて嬉しいですわ。」
この眼鏡女……いいや、副委員長さんは私が勝手にライバルと思い込んでいただけで悪い人じゃないのかもしれない。先日も凄い目で睨まれていたのは私とソラの勘違いで、眼鏡の度があっていないだけのようだった。現に目の前にいるのに目をじっと細めていて、受験までに新しい眼鏡を買うつもりだと言っている。
「私、先週の委員会の後、委員長に告白いたしましたの。」
「あっ……そ、そうなんです、か……」
知ってる。だって聞こえちゃったもん。ソラにちらりと目を遣ると、彼は逃げる様に教室の外へ出て行ってしまった。
「でも、お返事はいただけておりませんの。」
「えっ、そうなの?あっ、ごめんなさい、そうなんです……?」
それも知ってる。ソラから聞いたもん。
「言葉遣い、お気になさらなくて結構ですわよ。私達、一つしかお年が変わりませんもの。」
「じゃ、じゃあ遠慮なく……ありがとう。でもなんで返事くれなかったんだろうね?どんな難しい問題でもすぐに答えを出しちゃう天くんらしくないよね。」
副委員長さんは少し涙目になってしまい、ハンカチで目尻を抑えていた。それから、度の合っていない眼鏡越しに私をキッとまっすぐ見据えてハッキリこう言った。
「小鳥遊さん、私、負けませんわ!」
「え?受験?」
「……それもあります!でも、今言っているのは貴女にですわ!」
「わ、私……!?て、天くんのこと!?わ、わ、私だって、負けないよ!」
ワンテンポ遅れてしまったのが面白くて二人して顔を合わせて吹き出してしまった。天くんが来るまでずいぶん時間があるからってことで、この人が宿題を教えてくれたのだけれど、正直天くんよりも教え方がわかりやすかったのは私だけの秘密だ。
二人で仲良く勉強していると教室のドアがガラッと開いた。そこには少し難しい顔をした天くんがいた。
「委員長?どうなさいましたの?」
「天……委員長?大丈夫、ですか?」
「あ、ああ、すまない。何でもないんだ……副委員長、悪いが今日の勉強会は中止しても良いだろうか?」
「え?私は構いませんけれど……どこか具合でも優れないのですか?」
「う、うむ……少し頭痛がしてな……」
「大変!天くんのママに連絡してあげる!!」
「あ、いや、そこまでしなくても大丈夫だ。歩いて帰れるさ。」
天くんの様子はだいぶおかしい。なぜかって、私に言葉遣いのことを注意しないからだ。副委員長さんは、お先に失礼します、お大事にと言って教室を去って行った。私は天くんをじーっと見上げたけれど、やっぱりなんだか様子がおかしい。いつも私が何か言いたそうにしていたら屈んで目線を合わせてくれるはずなのに、私の方を全然見てくれない。
「天くん、本当に大丈夫?天晴さんかママさん呼ぶ?」
「あ、い、いや、大丈夫だ。それよりことり、宿題は……」
「終わったよ、副委員長さんが全部教えてくれた。あの人すっごく頭良いんだね、私、びっくりした!」
「ま、まあ、彼女も雄英志望だからな……じゃ、じゃあ、帰るとするか。」
「うん!」
こうして私達も教室を後にした。天くんと一緒に帰って、お家の前でバイバイと手を振って彼の大きくて広い背中が見えなくなるまで見送った。私も家に入ろうとしたら右肩に小さなスズメがとまってチュンチュンと話しかけてきた。
『ことりちゃん、こんにちは!』
『スズメさん、こんにちは。何か用?』
『ソラくんから、大切な話があるから宿題早く終わらせとけって伝言!少し遅くなるって!』
『そうなんだ。教えてくれてありがとう!じゃあ窓開けとかなきゃだ!』
『うん!じゃあまたね!』
『うん!バイバイ!』
スズメは機嫌よさそうにチュンチュンと囀りながら飛び立って行った。ソラが改まって私に話をする機会なんて滅多にない。今日は何もかもが普段の日常とは違ってて少し気疲れしてしまった。幸い宿題は終わってしまっていたから、手持ち無沙汰でとてもソワソワしながら彼の帰りを待った。
崩れる日常
『ことり!遅くなった!ごめん!』
『ソラ〜!おかえり!待ってたよ!』
『あのね、日曜日の約束のことなんだけどね…………』
ソラの話を聞いた私はあまりにも驚いて椅子からひっくり返ってしまった。