異変


あれからきっちり2時間でソラは帰ってきた。どこに行っていたの?と聞くと、天くんのお部屋に行っていたみたい。彼の様子がとても気になったけれどソラは詳しいことを何も話してくれなくて。いつもなんでも情報を与えてくれるはずのソラがこんな態度をとるなんて何があったのだろうか。


『いいじゃん!ソラは私の味方じゃないの〜!?』

『ダーメ。それとこれは別だよ。ことりだけ天哉のことを知ってて、天哉はことりのことを知らないなんて平等じゃないでしょ?』

『もう!ソラのケチ!ケチエナガだ!』

『はぁ!?何そのダサい名前!ことりってやっぱり面白いね!』

『何よもうっ!でも、ケチエナガって本当にいそうじゃない?ぷっ!あはは!』


ソラとぴーちくぱーちく話し合ってケタケタと笑い合っていたら、さっきまでの天くんに対する怒りはどこかへ飛んでいってしまった。やはり大嫌いは言い過ぎだったから、次に顔を合わせてしまった時にでも謝ろうと思う。一度大きな欠伸をして、スマホを見ながら1 つ残していた宿題をガリガリと片付けた。最後に委員長君からのメッセージを確認しようと開封してみたら、先ほどまでの眠気は一気に吹き飛んでしまった。私はすぐに委員長君に電話をかけた。


「おー、小鳥遊、どうした?」

「いやいや!どうしたじゃないよ!な、なんの冗談なのこれ!」

「冗談なんかじゃねーよ。俺が副委員長に推薦されて生徒会長、で、俺が小鳥遊を推薦して学級委員会長。去年の前期も今年の前期も学級委員長やってたしなんとなく要領はわかるだろ?」

「そっ、それはそうだけど、こ、こんな……」


委員長君からのメッセージは、自分が次の生徒会長に立候補して、次の学級委員会長に私を推薦したいというものだった。実は天くんが学級委員会長と生徒会長を兼任しているのは、昨年私が天くんを生徒会長に推して、あの眼鏡の副委員長さんが彼を学級委員会長に推していたのがきっかけで。本来は別々の人がやるのが通例だから、こんなケースは極めて稀だったけれど、生徒の総意で彼が兼任することが決まってしまったのだ。


生徒会と学級委員会は密接に関わる機会が多く、ある程度親密な人が長同士なら確かに連携がしやすい。したがって、委員長君が生徒会長で私が学級委員会長、という彼の思惑は理解できないわけではないけれど、あまりにも急すぎる。といっても総選挙があるから他の候補者に負けてしまえばそれも叶わないが。


「まあ、無理にとは言わねーよ。ただ、俺は会長のこと尊敬してるから、今まで会長がやってくれた学校のための政策とか続けて行きたいんだ。」

「天くんの……?」

「ああ、思えば俺が小学5年生の頃に学級委員会の委員長に立候補した時も飯田会長に憧れてたからなんだぜ。」

「えっ!?そうなの!?」

「まぁ、俺、あん時からお前のこと好きだったからさ。ちったぁ飯田会長に近付いたら振り向いてくれねーかな、なんて思ってたのが本音。」

「そ、そうなんだ……」


さりげなく自分への想いをアピールされてなんだか少し恥ずかしい。しかし彼には悪いけど私の気持ちが天くんの方を真っ直ぐ向いていることに変わりはないしこれからも変わらないと思う。ひとまず、真面目に考えておくよとだけ返事をして電話を切って、もぞもぞとベッドに潜り込んだ。





朝は必ずやって来る。眠い目を擦りながらシャッとカーテンを開けた。眩しい光が部屋に差し込んで自然と私の目も冴えていく。窓を開けると冷たい冬の風が部屋に入り込んできてブルッと肩を震わせる。窓を閉めて時計を見たら、いつもより30分も早く起きてしまっていた。けれどもいつも通りささっと準備をして、少し早めに学校へ行こうとすると、ちょうど正面の家から天くんが出てきてしまった。彼に特に異変は感じられず、じっと私を見つめていた。今ならいいかと私は彼に一言だけ声をかけることにした。


「天くん、昨日は大嫌いなんて言ってごめんね。受験、応援してるよ。じゃあね。」

「あっ、ことり、ちょっと……」


彼はちょっと待ってくれと言おうとしてきたけれど、私は振り向かずに走り出した。本当はもっと話したいしもっと天くんのそばにいたいけど、自分で言ったことには責任を持たなきゃ。まあ、エンジンで追いかけられたらそれまでだけど、流石にそんなことはしてこなかった。左肩のソラが小さく、ボクはいつでもことりの味方だよ、って言ってくれたのが今は心底ありがたかった。


これが私と彼が交わした年内最後の会話になって、次に顔を合わせたのは新年のご挨拶。けれどテンプレのご挨拶以上の言葉を交わすことはなく、そのまま三学期を迎えることになった。我ながらかなり頑張っているとは思う。





三学期が開始して数日、既に三年生は午前中のみの授業となって、今日は最終調整として最後の学内模試が行われている。一方で私達下級生は次の学級委員会長と生徒会長を決める総選挙の話で大忙し。実は先週既に演説会は終わっていて、今日の模試が終わってから全校生徒の一斉投票が行われる。今年はやけに候補者が多いらしくてみんなとてもソワソワしている。


三年生の模試が終わるチャイムが鳴って10分後、全員席について一人一枚の投票用紙が配られた。紙には学級委員会長と生徒会長の候補者の名前が印刷してあって、それぞれ一人ずつ適任だと思う人にマルをつけて、3分後に全員教卓の箱に投票した。あとは教師陣による開票作業と確認作業、当選者への最終確認が行われた上で、来週の月曜に新委員会長と新生徒会長が発表されるのを待つだけだ。


「小鳥遊!俺達当選してるといいな!」

「うーん、まあ、天くんの頑張りを引き継ぐと思えば当選してればいいなと思えるかな。」

「おう!会長ももうすぐ卒業だもんな!俺らが聡明を引っ張る番だぜ!」


卒業。そうだ、天くんはこの受験が終わったら卒業してしまう。常に志を高く持って、文武両道で何事にも一生懸命な天くんのことだ、いくら倍率300倍の雄英ヒーロー科だといっても不合格はあり得ないだろう。また一年間、彼と確実にはなればなれになってしまう。私はぎゅうっと制服の袖を握り締めて、委員長君にそうだね!と相槌を打った。





三日後、朝お母さんが何度も起こしてくれたのに私は何度も寝ては起きてはを繰り返してしまい、遅刻ギリギリで教室に駆け込んだ。今日は三年生の学内模試の結果が出たらしいのだけれども何故か私達二年生の教室もその結果で騒ついているみたいで。ひとまず隣の席の委員長君におはようと声をかけてみたら彼は凄い勢いで私の方を振り向いた。





異変




「会長、模試の結果が下がったらしいぞ!三年間、あの代ではずっとトップだったのに!」

「……え!?て、天くんが!?だ、誰がトップだったの!?」

「それが三年一組の副委員長らしい!」

「……えっ!?あの眼鏡の!?嘘!?で、でもあの人も確かにすごく頭が良くて……」

「……そうじゃねーよ!あー!もう!なんで俺がこんなことしなきゃいけねーんだよ!いいか!あの人も会長のこと好きなのは明白だし、同じ雄英を受けるんだぞ!意味わかれよ!」

『忘れてるの?彼女、天哉からの返事待ちなんだよ?』

「……あっ!?」


委員長君から忠告されたと同時に左肩のソラからもゲシッと頬を蹴られてしまった。けれど今私は彼女の躍進の脅威よりも、天くんに生じた異変への動揺を隠すことができなくて、自分への制約も忘れて三年一組の教室へ駆け出した。





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