受験戦争


「て、てて、天くん!?模試!模試、成績下がったの!?」

「ことり……君は気を遣うということを知らないのか?まぁ、確かに下がりはしたが……」

「小鳥遊さん、ごきげんよう。お久しぶりですが、お元気でしたか?」

「あ、副委員長さん、おはよう!うん、元気だよ!えっ、下がったって、受験戦争は!?大丈夫なの!?」

「小鳥遊さん、落ち着いて。下がったといっても10番以内には入られていますから。受験にはなんの問題もない成績ですわ。」

「そ、そうなの!?良かったぁ……びっくりしたよ……」


私はほっと胸を撫で下ろした。しかし、天くんが成績を落としたという衝撃はまだ拭い去れなかった。副委員長さんはトップに立てたことで雄英受験に向けてさらに意気込んでいたけれど、チラッと天くんの顔を窺うとやっぱり彼は浮かない様子だった。何か、何か彼を励ます言葉をかけたい。けれど頭の中は自分にかけた制約でいっぱいで。どうしようかと悩んでいたところでソラが時計!と呟いた。時計を見るとホームルーム開始2分前。私は天くんに一言、応援してるから頑張って!とだけ声をかけて早足で自分の教室へ帰った。


その後はいつも通り、退屈な1日を過ごしている。天くんは午前中のみ授業だから午後からは受験のための勉強をするのだろう。5限終わりの休憩時間、私は何の意図もなくふと窓際に立って下を覗いてみた。すると天くんと副委員長さんが花壇前のベンチに二人で腰掛けていたのだ。余りにもショックを受けた私は素早く窓を閉めて、ガタッと大きな音を立てて席に着いてしまった。委員長君がどうした?なんて話しかけてくるけど答える気にはならなくて。ソラに話しかけようと思ったけれど、生憎彼は5限の開始あたりから自由な空へと飛び立っていったしまったっきり帰ってきていない。


結局そのまま6限も掃除も帰りのホームルームも終わってしまって、教室に残っているのは私だけ。部活もないしそろそろ帰ろうと思って立ち上がろうとしたらコツンコツンと窓の方から音がした。窓の外にはソラと小さなメジロがいた。カラリと窓を開けると勢い良く入ってきて仲良く私の左肩と右肩にとまってきた。


『おかえり、ソラ。こんにちは、メジロさん。』

『ただいま、ことり。ほら、メジロくん、さっきの話、もう一回して。』

『はい。僕、先程、この学校の生徒会長と、一緒にいらしたお嬢さんのお話を耳に挟んでしまいまして。』

『え?教えてくれるの?』

『気になってたからこんな時間までここにいたんでしょ?全く、ボクに感謝してよね。』

『では早速。実はですね…………』





メジロさんの話では、副委員長さんが天くんの成績が落ちたことを自分のせいではないかと問いただしていたとか。けれど天くんはそうではないと返したようで。副委員長さんはトップを取れたし例の告白の返事をもらっても平気だと言ったみたい。そして天くんは副委員長さんに断りの返事を入れたみたい。副委員長さんは案の定、といった様子だったらしく、これからも良き友人として切磋琢磨していきましょうとのことだったらしい。こう言っては失礼だが副委員長さんがフラれたことにホッとしている自分がいた。しかしメジロさんの話はここで終わりではない。


なんと天くんには好きな女の子がいるらしいのだ。といってもその感情には最近気が付いたとかで、近頃何をしていてもその女の子のことで頭がいっぱいになって、全然集中できずにいるらしいのだ。私は頭に鈍器で殴られたような衝撃を感じた。今まで天くんにべったりで過ごしてきたのに、一体どこの誰がいつの間に、天くんの心を奪ってしまったのか、と思考を巡らせたけれど、メジロさんの言葉に私はハッとした。最近、と言ったのだ。つまり、私が彼から目を離している隙に、彼に好きな人ができてしまったということか。今までは私というお目付役がいたから誰も天くんに近寄る女の子がいなかっただけなのだ。きっと天くんもそんな私のことを疎ましく思っていたに違いない。私は鳥の囀りのようにぴーぴー声を上げながら泣き出してしまった。


『う、う、うえええん!嫌だよぉ!天くんが、天くんが取られちゃったよぉ!』

『ことりさん、落ち着いて。』

『そうだよ、まだ何もわからないでしょ?天哉の好きな人だって、ボクはことりのことだと思うよ?』

『うえええん!そんなことないもん!う、うう、だ、だって、さ、最近って言ってるもん!』

『ええ、最近、自分の中の淡い恋心に気が付いてしまった、とか何とか。』

『ほらあああ!私だったらもっと早く気がつくはずじゃん!ずっと一緒に、ひぐっ、うう、いたんだもん!うえええん!』

『じゃあどうする?告白する?』

『もう、遅いもん!もう、いい!』

『すみません、僕はそろそろ……』

『ああ、ごめんね、ありがとうメジロくん。ことりのことはボクに任せて。』

『ええ、では失礼します。ことりさん、どうかご武運を。』


メジロさんは私にペコリと首を垂れるとパタパタと自由な空へ飛び立って行った。私はぴーぴーと泣きつつ左肩にとまっているソラとぴーちくぱーちくお話をしながらちんたら帰路に就いたのだった。





それから数日経ってついに月曜日、例の選挙の結果が出た。なんと私は学級委員会長に当選し、委員長君は生徒会長に当選した。今回は同一人物ではないから、私は委員長、彼は会長と呼ばれることで区別されることになるのだろう。私が委員長……なんだか慣れない響きだ。担任の先生は二役とも自分のクラスから選出されて鼻が高いと嬉しそうにしていたけれど、私はまだ自分の精神が追いついていなかった。


放課後、私は委員長君、もとい、新会長君と3月からの集会をどのような手筈で進めるかを教室で話し合っていた。若干面倒な気もするけれど、大好きな天くんの愛する聡明中を引っ張っていくためならと頑張ろうとする単純な私もいるわけで。けれど頭にあるのはあのメジロさんのお話ばかり。新会長君があれこれ提案してくれているのに私の頭には何も入ってこなくて、ふうっとため息を漏らしてしまった。


「小鳥遊……なんかあった?」

「……あった。」

「お前、隠さねーのな。どうせ飯田さんのことだろ?まぁ、隣の席のよしみで聞いてやるよ。どーした?」

「ありがとう、実はね……」


私は昨日のメジロさんの話を新会長君に一言一句漏らさず語り尽くした。彼はうんうんと頷きながらひとつひとつメモを取って私の話を整理してくれた。彼がとても真剣に私の話を聞いてくれているのがよくわかる。


「なるほどなー……ぶっちゃけ俺としては小鳥遊が飯田さんのこと諦めてくれる方が、って思うけど、そーもいかねーよなぁ。現に俺がお前のこと諦めきれてねーし……」

「ぐっ。ご、ごめんなさい……」

「いや、気にすんなって。わかるぜ、お前の気持ち。うーん……でも今頃になってってのがやっぱ受験とか卒業とか、なんかの別れ?をきっかけにして気づいたって感じだよな。」

「きっかけはお別れかぁ……はぁ、私だって中学校に残るんだからお別れになるのに……きっと家も目の前だからそんな風に考えてないんだろうなぁ……」

「……なぁ、一回でいいからよ、マジの告白っつーの、してみたら?」

「えっ?」


意外も意外、ソラならともかく、まさか目の前の彼にそんなことを言われると思わなかった。彼にとっては私の天くんへの想いなど自分の願望を叶えるためには超えられない大きな壁に過ぎないはずなのに。


「まだわかんないだろ、どうなるかなんて。受験と一緒だろ。飯田さんは雄英と好きなヤツ、小鳥遊は飯田さん、俺は小鳥遊。全員で受験戦争、してみようや。」

「受験、戦争……」

『いいんじゃない?受験戦争。合格か不合格、本人の努力次第なところとかぴったりじゃん。』

「合格か不合格かは本人の努力次第!な、一緒に頑張ろうぜ、新委員長!」

「ぷっ、同じこと言ってる!……そう、だね。うん、私、頑張ってみるよ!ありがとう、二人とも!」





受験戦争




「同じことって?つーか二人って誰だ?」

「君とこのシマエナガだよ。合格か不合格かは本人の努力次第!って同じこと言ってたよ。面白くてつい笑っちゃった!」

「俺は鳥と同じこと言ってたのか……」

『むっ!コイツ、ボクのことバカにしたな!このヤロー!』

「うわっ!向かってきた!小鳥遊!やめさせてくれ!」


ソラが新会長君を何度も何度も突くのがとても面白くて私は目から涙が出るほどゲラゲラと笑ってしまった。その時ガラッと教室の扉が開いて、そこには今まさに話題の渦中にいた私の想い人が苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。





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