「て、天くん?ど、どうしたの?……じゃなくて、どうしたんですか?」
「生徒会と学級委員会の話なら来週ですよね?」
「あ……いや、僕は……ことり、少々時間をもらえないだろうか?」
「え?い、いいけど、勉強は?大丈夫なの?」
「ああ、むしろそれに関わる大事な話だ。」
私はチラッと隣の席の彼を見た。すると顎をクイッと動かして、目では早く行け!って訴えられているのがわかった。ソラにも頬をげしっと蹴られた。私は荷物を抱えてたどたどしく彼の後をついて行った。
帰り道を共にするのは随分と久しぶりだ。しかし、彼の方から会いに来たにもかかわらず一向に口を開く素振りは無く、ただただ家への距離が縮まって行くだけ。痺れを切らした私は、はぁっと大きな溜息を吐いてしまった。すると天くんがロボットのようにギギギッとこちらを振り向いた。
「な、なに?」
「い、いや……そ、その、そ、そこで、茶でも飲まないか?」
「……ええええええ!?」
「ど、どうした!?」
あり得ない、やはり天くんはどこかおかしい!登下校中、塾や図書館、学外のスポーツチームといった学業に関わる活動以外の寄り道や飲食などの行為は校則で禁止されているのに、彼がお茶に誘ってくるなんてあり得ない!これは夢なんだろうかと思わず囀ってしまう程私は驚愕してしまった。
『ソラ!天くんやっぱりおかしいって!』
『そうみたいだね。自分が校則を破ろうとしてることさえ気がついていないみたいだし。』
「うーむ……ピーチクパーチク言われても僕にはわからない、普通に話してはくれまいだろうか……」
「あ、ご、ごめん。いや、それって寄り道というか飲食になっちゃうよね?校則的にどうなの?」
「む!?こ、これは失態だ……」
『……重症だね。』
天くんは眼鏡を抑えてうーんと唸っている。ソラが呆れたように私の思っていることをそのまま呟いた。あの天くんがこんなにも取り乱してしまう程、彼の心を揺さぶる女の子が現れてしまったというのが悲しくて悲しくて、泣きたくないのに涙がじわじわと目に浮かぶ。ここで泣いたら、負けを認めてるみたいで嫌だ。さっき、隣の席の彼と、話したじゃないか!
「て、天くん!!」
「わっ!な、何だ!?」
「わ、私も天くんに話したいことがあるの!!今、すぐにでも!!」
「そ、そうなのか、うむ……よし、ことり、僕の背へ。家まで走って行こう。」
「えっ!?う、うん……」
『あ、ボクはテキトーな時間に帰るから、お二人でごゆっくり。』
ソラが青い空へ飛び立った後、私は恐る恐る、しゃがんだ天くんの背へ腕をかけた。準備はいいか?と聞かれ、うん、と答えたと同時にすごい風圧で髪の毛がバサーッと広がった。天くんに貰った青いリボンが飛んでいかないか心配になるくらい。天くんのエンジンの個性のお陰であっという間に家に着いた。天くんは、こっちへ、と自分の家の玄関のドアを開けて私を誘ってくれた。
天くんの部屋に入るのはすごく久しぶりだ。私の私物であるインコの顔型の可愛いクッションはいつもと同じ場所に、汚れひとつない綺麗な状態で置いてあった。そこに腰かけたら、天くんは飲み物を持って来るために一旦リビングへ足を運んだ。キョロキョロと部屋を見渡すと、窓際に小さな真っ白な羽根が1枚落ちているのが見えた。あれは、ソラの羽根……?
「待たせたな!オレンジジュースで良かったか?」
「……天くん、自分がエネルギー補給したいだけでしょ。」
「わはは!バレてしまったか!」
「バレバレだよ!だってわたし、天くんのこと大……」
ダメだ。彼と約束したんだ。好き、って言葉を今まで簡単に使いすぎていたせいで、私の気持ちは天くんに全然届かなかったんだ。私は大好き、と言ってしまう前に歯を噛み締めて自分の言葉を遮った。けれど、すぐに沈黙を破ったのは天くんで。
「…………ことり。」
「なに?」
「僕の話を、聞いてくれるか?」
「うん、それで天くんの勉強が捗るようになるなら何でも言ってよ。」
天くんは少し考えこむような素振りを見せた後、ぐいっとオレンジジュースを飲み干してからゆっくり口を開いた。
「ことり、キミは……なぜ、僕のことを避けているんだ?」
「え?避けてないよ、受験があるんだから邪魔したくないだけだよ。」
少しドキッとしたけれど、私は動揺を隠して何でもないように返事をした。すると天くんが眼鏡を抑えながら次の話を投げてきた。
「すまない、聞き方が悪かった。キミは、僕のことが嫌いになってしまったのか?」
一瞬、びっくりして時間が止まってしまったかのような錯覚に陥った。私が?こんなに大好きな天くんを?嫌う?いや、大事なのはそこじゃない。初めてなのだ。天くんが、飯田天哉が、私からどう思われているのかを気にしていることなんて。
「……どう、思う?」
「し、質問しているのは僕だが……」
「天くんは、どう思う?私が、天くんのこと、どう思ってると思う?」
「僕は…………」
天くんは一度下を向いて、ぐっと唇を噛み締めた。そしてすぐにバッと顔を上げて、重苦しい様子で話し始めた。
「……当たり前だと、思っていたんだ。」
「え?」
「ことりが……キミが、いつも騒々しく僕の周りをついてまわっているのを当たり前だと思っていた。」
「……そ、その通りすぎる。」
「キミはいつも笑顔だった。その周りの人も、そして、この僕も。けれど、ここ数週間……それは当たり前ではなくなった。」
「あ…………」
「気が付けば、キミはいなくなっていて、僕はリラックスして笑うことができなくなっていた。それで、初めて、わかったことがある。」
もしかして、もしかして。いくら鳥頭と揶揄されるほど頭が良くない私でもこれは流石に期待せざるを得ない。心臓がとくとくとくとく速くなる。天くんも、きっと…………だけど、やっぱり私の方から言いたい!
「僕は……」
「天くん!!」
「む?何だ?」
「私、天くんのこと、大好きだよ!!本当に、大好き!!真剣に、好きなんだよ!!」
「あ、ああ…………む、あ、いや、ぼ、僕…………」
我慢できなくなった私は、今まで抑えてきたありったけの想いを天くんにぶつけてやった。けれど、それに天くんが返事をしようとするのは遮った。それは天くんのルールに違反する気がしたから。
「ダメ!!今はダメだよ!!」
「は?」
「返事は受験が終わってから!!ちゃんと合格して、それからにしよう!!大丈夫!!天くんが私のこと好きなのはちゃーんと伝わったよ!!」
「……全部キミが一人で言ってるじゃないか。」
「…………あ〜!!私のバカバカ!!これだから鳥頭!!もう!!悔しい!!」
「わははははは!!やはりことりはそうでなくては!!」
天くんが大口を開けてゲラゲラと笑っている。こんな楽しい時間はとても久しぶりで、思わず私もやっぱり!?だなんて言いながら笑い転げてしまった。
「はぁ……こんなに笑ったのは久しぶりだ。ありがとう、なんとなく、勉強に身が入りそうな気がしてきたよ。」
「それなら良かった!私、応援してるからさ!雄英ヒーロー科、頑張ってよ!」
「ああ!必ず合格してみせるさ!そうしたら……僕の言葉でキミに想いを伝えるから、その時まで僕を待っててくれるか?」
「うん!待ってるよ!だから受験頑張ってね!私も新委員長頑張るから!」
「……キミが新委員長なのは先が思いやられるな。」
「そ、そ、それは失礼すぎる!!でも否定できない!!」
少しショックで思わずぴーぴーと囀ってしまったら、天くんはクスクスと笑っていた。彼が笑ってくれるなら多少揶揄われてもいいかと思ってしまうゲンキンな私であった。
伝わる想い
「受験まであともう少しだが、ひとまず今のままの距離を保ってくれるか?」
「ついて回るなってこと?」
「言い方が悪いな……話したいことがあれば遠慮なく来たまえ。僕もそうする。あまり近くにいすぎるとかえって受験に集中できなくなるだろう?」
「あ、それは大変だね。じゃあ、朝だけ一緒に行こうよ。放課後は天くんの方が早いし、私は授業とか部活とか委員会とかあるし。」
「うむ、よろしく頼む。」