さて、どんな鞄で通学しようか。リュック、エナメルバッグ、スクールバッグ、ツーウェイバッグ、どれも素敵で目移りしてしまう。電車通学になるのは確実だから周りの邪魔にならない方がいいだろう。私は少し悩んでから、リュックにも肩掛けにもなる黒いツーウェイバッグを手にした。ところがサイズが結構大きめなせいか、本当にこちらでよろしいのですかと女性の店員から何度も確認されてしまった。服や靴を買う時、いつもの事だと慣れている私はポケットから適当に一粒飴を出して軽く目を瞑って口の中に放り込んだ。
「間違いないですよ。僕の身体にぴったりでしょ?」
「は、はい……大変失礼致しました。」
「いいえ、よく言われるので。それじゃ、コレ、ありがとうございます。」
「あっ、ま、またのご来店を心よりお待ちしております!」
僕はリュックが入ったショッピング袋を手に店の外に出た。自分で言うのは変だけど、僕の顔は中性的で、男の姿だとそこそこイケメンで女子からはかなり人気がある。むしろ男に生まれてくれば良かったと何度思ったことか。かといって女の自分が嫌いというわけではない。可愛いものは普通に好きだし、女友達と過ごすほんわかした雰囲気の時間も大好きだし、あわよくば素敵な男の子と恋愛だってしてみたいと思う。ただ、自分より弱い男の子は願い下げだけどね……なんてことを考えながら歩いていると口の中の飴は溶けきってしまった。そろそろ女の身体に戻る頃だ。今日の目的を終えた僕は、近くのタピオカドリンク店に入ってテラス席で休憩することにした。
ドリンクを持って席に腰かけたら身体に違和感が生じてきた。目線は低くなり、腕や脚が縮み、胸が膨らむ。肌質や髪質は柔らかくなって、あー……と声を出すといつもの高い声が出た。魔法が解けたところでタピオカドリンクを味わいながら、この後はどうしようかと考えていると背後から女性の大きな悲鳴が聞こえた。振り向くと鉄パイプのような物を持った男の人が綺麗な女の人を追い掛けていた。
「テメェ!こんな所にいやがったのか!」
「イヤ!誰か救けて!」
「うるせぇ!オラ!帰るんだよ!とっとと金出せや!」
なるほど、あのお姉さんはあの男の人からお金をせびられてるってわけか。しかしまぁこんな昼間っからこんな大通りでよくやるもんだ。幸い人通りはあって男の人もチラホラいる。だから、誰かが救けるもんだろうとばかり思ってドリンクを啜りながらぼーっと眺めていた。ところがどっこい、誰も救ける気配はない。嘘でしょ……?大の大人が、女の人が襲われてるのに誰も救けないなんて、あり得ない。仕方ないと思った私は再び飴を口に入れてみるみる男の子の姿に変身した。魔法の時間の始まりだ。
「お兄さん、もうやめたら?女の人、嫌がってるよ。」
「あぁ!?ンだよクソガキが!ブン殴られてェか!?」
「た、救けて!お願い!」
お姉さんは僕の後ろに隠れてガタガタと震えていた。よく見ると殴られた様な痕が何箇所にもあって靴も履いていない。これは相当だぞ……
「お兄さん、お金が要るの?」
「ああ?テメェが出してくれんのかよ!?」
「お金よりもっといい物、欲しくない?」
「あ?ンだよそりゃ……」
「……これとかさっ!」
僕は男に瞬時に近寄って口の中に飴玉を放り込んで、すぐに男から離れた。男は何すんだ!と激昂しながら僕に近づいてきたけど、3歩ほど歩いたところでぶっ倒れてしまった。というのも、特殊な糖分が凝縮されたこの飴を飴宮の人間以外が口にしたら急激な眠気に襲われてしばらく起きられなくなるわけで、僕は護身用にこれを使っていたりする。あまり大っぴらにはしたくないけれど、今回は人救けだったから仕方がない。
「あっ、あの、救けてくれてありがとう!」
「んーん、気にしないで……金なんかより素敵な夢の世界をプレゼントしてやっただけだから。」
「……?あっ、あの、それより何かお礼を……」
「いいって。そんなことより、早く逃げなよ。コイツに見つからない所に。」
「は、はいっ。あの、本当にありがとうございました!」
「うん、じゃあね。」
周りの人がザワつき始めたのが厄介だと感じた僕はお姉さんに逃げるよう促して、自分もその場を後にした。
ここまでくれば良いだろう。いつの間にか飴も溶けきっていて、そろそろ魔法が解ける頃。僕はその場にしゃがみ込んで、ただ買い物に来ただけなのに厄介な場面に遭遇してしまったと肩を落としつつ魔法が完全に解けるのを待っていた。けれども厄介な出来事はこれだけでは終わらなかったのだ。
「おい!おめェすげェな!!」
「えっ……?」
顔をあげたらギザギザな歯と逆立った真っ赤な髪が特徴的な、とてもワイルドな外見の少年が立っていた。おそらく背丈は僕と同じくらいだろうか。
「いや!さっきのだよ!大人が誰も救けに出なかっただろ?俺も何とかしてェと思って飛び出そうと思ったんだけど、おめェが先に飛び出しちまったと思ったらあっさり救けちまってよ!く〜っ!漢らしいぜ!」
「ど、どうも?」
なんだこの暑苦しい男は。初めて顔を合わせるのにこんな捲し立てる様に喋るヤツは初めて見た。度肝を抜かれていたら身体に違和感を感じた。今ここで女の姿に戻ると何を言われるかわからないと思った僕は慌ててポケットから出した飴玉を口に入れた。林檎の甘味が広がって、なんとなくホッと一息ついた。
「俺、切島!切島鋭児郎!おめェの名前、教えてくれよ!」
「…………ツカサ。」
「どういう字書くんだ?」
「片仮名で、ツカサ。」
「そうか!ツカサ!おめェ、漢だな!憧れちまうぜ〜!」
……なんなんだこの暑苦しさは。悪い奴ではないんだろうけど、僕とは全然違うタイプで正直どう反応したら良いかわからない。
「ご、ごめん、僕ちょっと急いでるんだ。じゃ!」
「あっ!おい!」
スポーツ科トップ合格の運動神経を活かして僕は彼の前から姿を消した。追い掛けてくる様子はなかったけれど用心のために一つ隣の駅まで全力疾走して、いつのまにか女の身体に戻っていた私はくたくたになって電車に乗って帰宅した。
家に帰ってすぐ自分の部屋に入って、今日買った鞄を出した。これなら紐の長さを調節すれば今の身体でも男の子の身体でも使えるはずだ。明後日から始まる高校生活に素敵な希望を夢見る私は早速新しい鞄に筆記用具やスポーツ用品、それから沢山の飴を詰め込んだのだった。
ツカサという男
「それにしても、切島くん、だっけ。暑苦しい人だったなぁ……」
***
「ツカサかぁ……俺もあんなかっけェ漢になれっかな……いや、なってみせる!ウオオオオ!燃えてきたァ!」