男の身体になったことを確認して、僕には丁度良いサイズの白いロングTシャツ、それから黒いスキニーパンツ、最後に上から群青色のカーディガンを羽織った。これなら服の趣味がつかさに似ているなんて言われないだろう。校章も反対側につけたし。鞄についてはつかさで登下校の時はいつもの黒いツーウェイバッグ、ツカサで帰るときは同じデザインの茶色いツーウェイバッグにすることにした。テツに相談したら、あからさまに鞄を替えるのは変だが、微妙に色だけ変えるなら誰も気付かねーだろ!とのこと。それからスマホケースも替えておけと彼にしては非常に気の利くアドバイスをいただいた。身なりを整えスマホケースを緑色から紫色の物に替えて、傘をさして校門に向かうと遠くからでもわかる燃えるような赤。
「おーい!!ツカサ!!」
「大きい声出すなよ恥ずかしい……」
「いやぁ、だって本当に会えると思ってなかったからさァ!なんか久しぶりじゃねーか?」
「そう?四日しか経ってないけど?」
嘘、本当は二日前も三日前も会ってるんだけどね、なんて台詞は心の中に閉じ込めた。
「相変わらずクールな奴だな!」
「キミは相変わらず暑苦しいヤツだね。」
並んで歩き出したところで、彼から例の相談というワードが出てきた。立ち話もなんだし近くの喫茶店にでも入ろうかと声をかけて、駅前のシックな見た目の洋菓子店に入った。中にはちらほら男性客もいるし丁度いいだろう。席についてアイスコーヒーとショートケーキのセットを2つ注文した。その間彼はじーっと僕を見つめていたわけだけども。
「何だよ人の顔をじろじろと。」
「いや……おめーホントにスマートっつーかなんつーか……いつもそうなのか?」
「いつもって?僕が食べたい物頼んだだけだよ。あ、勝手にキミのも頼んだから会計は僕もちでいいよ。」
「はぁ!?そ、そんなの悪ィよ!つーか話に付き合わせんの俺だから俺が出すって!」
「気にすんなって。細かいこと気にする男はモテないよ。」
「ぐっ!!モ、モテねェ、か……そうなのか……」
意外も意外。この熱血漢にモテたい願望なんてあるのだろうかと軽く驚いた。けれどこのほんのり赤らんだ表情を見て思い出した。先日、彼は僕……もとい、飴宮つかさのことが気になる、とかなんとか言ってたっけ。まさか相談っつーのはそのことなのか?なんて思いながら運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけた。その瞬間彼は指を捏ね、軽く頬を赤らめて、まるで恋する乙女のような表情になりながら僕に言葉を投げてきた。
「あのさ、お前、恋って……したことあっか?」
「ぶっ!!げほっ!!」
「うおっ!大丈夫か!?」
案の定恋バナかよ!しかも本人に相談ってまずくないか!?彼はそんなこと知るわけないけれど僕にとっちゃとんでもない話だ。飲んだコーヒーが気管に入ってしまい、僕はゲホゴホと何度も咳き込んだ。
「げほっ、わ、悪いね……あまりこういう話慣れてなくて……ごほっ!」
「い、いや、俺の方こそ……なんか、話さない方が良いか?一昨日、高校のダチにも同じ相談したんだけどよ……」
「いや、ここに連れてきたのは僕だし、話くらいは聞いてやるよ……」
やはりテツと話したのはつかさのことだったか。まずいことになっている。僕は僕だけどつかさでもある。つまりつかさ自身も僕であるわけで。戸籍上の性別は女だし、人格が入れ替わってるわけでもないし、意識も記憶もハッキリある。けれど何故だか気持ちは男らしくなってしまうのがこの個性の特徴なのだ。ちなみに恋愛対象はつかさの気持ちに準じている。目の前でもじもじしている乙女チックな熱血漢……ないな、到底僕より強いとは思えない。体育祭での雄々しく勇ましい姿は確かに輝いて見えたけれど、それとこれとは話が別だ。
「例の、つかさちゃん?」
「あ、あぁ、ま、まぁ……」
「違うの?」
「い、いや、違わねー、んだけど、さ……」
指を捏ねている姿がまるで乙女そのもので笑いを堪えるので必死だ。しかしいつどのタイミングで恋なんてものに発展してしまったのか。たかだか体育祭を見に行って、一緒にアイスを食べただけなのに。一旦平常心になろうとケーキをぱくりと口に入れた。
「俺、飴宮に鉄哲……高校のダチと付き合ってんのかと思って聞いたら、違うっつってた。男の方にも聞いたけど、ほとんど同じ内容の返事されてよ。」
「……ふーん、それで?」
テツにしては気の利く回答をしてくれたんだなと少し感心だ。咀嚼したケーキを飲み込んで、コーヒーをまた一口。
「俺、なんとなくホッとしちまってさ。多分、俺、飴宮のこと、好きんなっちまったんだと思う。」
「ぐっ!!ごほっ!!」
「うおっ!?大丈夫か!?」
なんてことだ。まさかこうもハッキリ好きだなんて言葉を言われるだなんて。いや、彼は僕に向かって言ったつもりはないのだろうけど。またしてもコーヒーが気管に入ってしまって気持ち悪い。
「今日はどうしたんだよ……なんかお前らしくねェぞ?」
「ごめん、キミが乙女チックなのがなんか意外で……げほっ。」
「お、乙女ェ!?男らしくねェ……」
「ま、まぁ、いいんじゃない?恋するオト……コってことで。」
「なんだそりゃ!……いや、昨日、その、高校のダチにも頼んだんだけどよ、お前にも頼みがあってよ……」
「何?」
「あ、っと……」
切島はまたしても指を捏ね始めた。女の姿の自分が彼をこんな風にさせてしまっているのかと思うとなんだかとても複雑だ。照れているのか、苦しいと感じているのか、この胸の痛みはどちらによるものなのか、自分でもわからない。僕はこの不快感を誤魔化すように切島にスプーンの先を軽く向けて続きを話すよう促した。
「ほら、ハッキリ言いなよ。漢なんだろ?」
「ぐっ……あ、あのよ…………お、俺の……恋の!!キューピットになってくれ!!」
「……ハァ!?な、なんで僕が!だ、大体そのつかさちゃんって子、見たことも聞いたことも……!」
「飴宮と同じ学校で知り合いなのはお前だけなんだよ!頼む!マジで!俺の一生に関わる問題なんだ!」
切島は机に頭をぶつけるのもお構いなしにガツンと頭を下げてきた。ふざけるな、キミの一生に関わるなら僕の一生にも関わるんじゃないのか、と危うく口から出そうになったけれど、奥歯を噛んでぐっと堪えた。さて、どうしたもんかとケーキを掬って口に入れたスプーンを加えたまま首を捻って考えていたら、ちょうどスマホから着信音が。切島に断りを入れて電話に出た瞬間、スマホから出る音がまるで金属音のように耳をキーンと劈いた。その音は僕の大切な幼馴染の声だった。
恋するオトコ
「もしもし!!つかさ!!俺だ!!」
「うるっさいなぁ!聞こえてるよ!何?なんか用?」
「お!その声、男の方か!いや、ちょっとお前に話したいことあってよ!今駅の近くにいるか?」
「い、今はダメだ!ちょっと友達と……げっ!?」
「おっ!そこにいたのか!」
今はダメだ、と言いながら立ち上がったら窓の外を歩いていたテツと目があってしまった。テツは嬉しそうにニカッと笑うとガランガランと大きなドアベルを鳴らしながら豪快に入店してきたのだった。