心配と葛藤と疑念と

「おう!切島!いたのか!」

「おう!鉄哲!偶然だな!」

「最悪だ……」


テツは切島の隣にどかっと腰掛けて二人でガッチリ固い握手を交わしながら楽しそうに話し始めた。何やらヒーロー名がどうたらこうたら話しているようで。ところで、テツは一体何の用事で僕を探していたのだろうか。コーヒーをぐいっと飲み、彼等の話のキリが良さそうなところで口を挟んだ。


「話の腰折って悪いんだけど、テツ、何の用事?」

「ん?あー……何だ?忘れちまった!」

「はぁ?何だよそれ!……まぁ、テツらしいけど。」


口では忘れたとは言うものの、テツの目線は隣の切島の方へ泳いだ。つまり彼の前では話せない用事だったということを察した僕は、テツらしいという理由でそれ以上の追求を避けた。しかしこのやりとりは完全な失態だった。


「なぁ、お前ら知り合いなのか?」

「ああ、幼馴染ってヤツ。」


先日説明しただろう。もう忘れてしまったのか、と思わず失言を漏らしてしまいそうだったけれど、切島の言葉のおかげで失言の代わりにコーヒーを口から出しそうになってしまった。


「へー、そうなのか!……ん?鉄哲って飴宮とも幼馴染じゃなかったか?」

「……ぶっ!?げほっ!!ごほっ!!」

「お、おいツカサ!?マジで今日はどうしたんだよ!」


なんてことだ!忘れてたのは僕の方じゃないか!そうだ、切島にテツと幼馴染だと話したのは僕であって僕じゃない、女の方の僕なのだ。自ら地雷を作動させてしまうとはなんたる失態だ……テツと切島の二人が男の僕の目の前で揃うのは初めてで、つかさとツカサの持つ情報が混在するために言葉一つ出すのにここまで考えなければならないのか。頭と胃が痛む。咳き込んでいると、テツが、まー付き合いは長ェかな、と曖昧な返事をしたところで切島に別の話題を投げかけた。


「切島はコイツに何の話してたんだ?」

「お、俺はアレだよ!一昨日も話しただろ、飴宮の件だよ……」

「おー!キューピットってやつな!アレ、ツカサのことだったのか!」


切島はまた先程のように指を捏ね始めた。テツはなるほどといった様子でチラリと僕の顔を見てきた。僕が肩を竦めるとテツはバツが悪そうに頭を掻きながら重そうに口を開いた。


「あー……一昨日も言ったけどよ、つかさは中々難しいぜ?その、特に、男に対しては……なぁ?」

「ぼ、僕に言われても……」


テツが僕に同意を求めてしまったことで、下を向いて指を捏ねていたはずの切島がガバッと顔を上げて、目をカッと見開いて僕に強く問いただしてきた。


「なぁ、いい加減はっきりしてくれよ!ツカサ、おめーは飴宮となんか関係あるんだろ?」

「えっ!?い、いや、別に何も……」

「だってよ、おかしいだろ!苗字や学年は教えてくんねーけど、下の名前も髪の色も同じ、鉄哲とも幼馴染……何より笑った顔が似てんだよ!」

「そ、それは……」


もう上手い言い訳を考える余裕がない。正直に話してしまうべきか、自分を守るための嘘を貫き通すべきか、チラリとテツを見たけれど彼は目を閉じて首を傾げて何かを考え込んでいるようだ。これ以上は無理だと感じた僕は、自分とつかさは同一人物だと言ってしまおうとしたのだけれど、切島の言葉でそれは阻まれた。


「おめーら、親戚なんだろ!?」

「……は?」

「じゃねーと説明つかねーよ!」


切島の言葉は想定したものとは違う言葉で、僕は思わず言葉を失ってしまった。どうしたもんかと下を向いたら、腿上に置いていたスマホの画面にテツからのメッセージが表示されていた。


『ひとまず無関係じゃねェっつっとけ!
嘘にはなんねーだろ!』


なるほど、今は曖昧に誤魔化すってことか。確かに嘘をついたことにはならないし罪悪感も少ない。僕はその提案に乗ることにした。


「……切島、隠しててごめん。確かに僕等は無関係じゃないんだ。本当にごめん……」

「……なんか理由があんだな?」

「ああ……いつか、言える日が来たら必ず話すよ。」

「……わかった!勇気出してくれてありがとな!やっぱおめーは俺の憧れの漢だぜ!」

「そりゃどーも……」


やはり彼は太陽のようにからりと笑った。きっとこの目の前にいる太陽のように真っ赤なヒーローなら、僕に男という生き物への嫌悪を植え付けてくれた忌まわしい過去すらも照らし出してくれるのだろう。願わくば全てを曝け出してしまいたい。この一ヶ月で彼が信用に値する人間であることは僕自身がよくわかっているはずなのに。けれど、どうしても、過去が、恐怖が、男と女という差が、僕の、僕等の邪魔をするんだ。僕はキミに憧れられるような立派な漢なんかじゃない、僕の正体は、ただの……本物の男にはきっと敵わない、オンナノコ、なんだから……


外の雨も太陽のような笑顔には到底敵わなかったのか、窓から少し晴れ間が差してきた。この光を機に、そろそろ帰るか!とテツが言って、僕達は店を後にした。駅に着いた途端、切島のスマホが音を立てた。彼が学校の友達からの電話によって席を外したため、僕は改めてテツに何の用事だったのかを問うた。


「一昨日、アイツからつかさとお前の関係とか、俺との関係とか根掘り葉掘り聞かれて、どこまで言ったらいいかわかんなくてよー……」

「あー……気遣わせて悪いね……」


質問と回答の内容について詳しく教えてもらったけれど、当たり障りのない物ばかりで心底ほっとした。女の僕が話した通り、幼稚園から中学に上がる直前までつかさとテツはほぼ毎日一緒にいたこと、恋愛感情はお互いに持たないだろうということ。ツカサとつかさについては、言ってることがよくわかんねーの一言でなんとか乗り切ったこと……ただ、今日、男の僕とテツも幼馴染だとバレてしまったことについてはまた近日中詳しく聞かれそうだなと二人で頭を抱えたわけだけど。それと最後の質問、つかさは切島を好きになってくれるかどうかというもの。


「ぶっちゃけお前の気持ちはどうだ?アイツのこと、好きになれそうか?」


この質問をメールで済ませない辺り、やはり芯が真っ直ぐな彼らしいというか。けど、中2の時のこと、忘れたわけじゃないだろう。


「……好きになれると思う?」

「……やっぱまだ怖いか?」

「正直、僕はそうでもないよ。こんなに強くなったおかげでこの姿の時は強気でいれる……けど、女の時は……わかんないや。」

「まァ、そんな簡単にはいかねーよな……でもよ、アイツ、いいヤツだぜ。」

「それはわかるよ……でも、少なくとも僕より強くなきゃ男として認めないよ。」

「相変わらずそこは手厳しいな!あ、明後日は女の方で二人で会うんだろ?大丈夫か?」

「それも知ってるの?うーん……何の用事か知らないけど、彼が僕……女の方に恋してるって知りながら会うのは気が引けるなぁ……」


テツと二人ではぁっと溜息をついたところで、燃えるような赤が近付いてくるのが見えた。それからテツと別れて、僕と切島は同じ電車に乗り込んだ。明後日は一体、何を話すんだろう……止まない彼の話にテキトーに相槌をうちながらこれからどうしようかを延々と考えながら電車の時間を過ごした。


電車から降りて、いつもの場所で別れようとすると、彼から連絡先の交換の申し出が。受け入れて大人しく連絡先を交換したけれど、考えることが多すぎてぼーっとしてた僕は先日不発だった油断という名の地雷をここで大爆発させてしまったのだった。





心配と葛藤と疑念と




「なぁ、ツカサ、連絡先交換してくれねーか?」

「いいけどメールアドレスでいい?」

「なんでもいいぜ!……っし、登録したぜ。俺のもよろしくな!」

「はいはいっと……あ、じゃ、また明後日ね。」

「おう!じゃーな!」


僕は自分の失言に気付かぬまま彼に背を向けて歩き出して、曲がり角を曲がったところで自分の身体に違和感を感じた。そろそろ女に戻る頃だ。ポケットに手を突っ込んだけれど、おろしたての服のポケットに飴が入ってるはずもなく。万が一また切島が後ろから呼びかけてくるかもしれないと思った僕は、仕方なく全力で家の方向に向かって走り出したのだった。





「…………ん?明後日?それって……お、おい!ツカサ……ってもういねェか…………つーか一昨日も似たような会話しなかったか……?」







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