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私の個性は非常に珍しい個性だ。幼稚園の頃は周りから驚かれることはあるものの、畏怖されるようなことがなかったからか、私は自分の個性を自慢のように思って人に見せびらかしていた。しかし、小学校、特に高学年になるとそうもいかず、この個性が原因でいじめられることが多かった。気持ち悪いだの、犯罪向きだの、中には詐欺師なんて呼んでくる人もいたっけ。けれど全員が全員そんなことを言ってくるわけではなかった。幼稚園と小学校でずっと同じクラスだったてっちゃんはいつだって私の味方でいてくれたし、友達だってそこそこいた。意地悪を言う子ども達にだってそれぞれの価値観はある。私だって、自在に性転換できる個性の子がいて不気味だとか怖いと感じないのかと言われれば否定できなかったかもしれない。そして、それを向けられた対象の私は荊棘の小学生時代を送ったわけで。
いじめの内容は至ってシンプルな、男でもない女でもないということを突くために程度の低い陰口を言うというもの……だけならばどれだけよかったことだろう。6年生のある日、もう時期は覚えていない、思い出したくもない。思春期、男の子も女の子も身体的に性別の違いが大きく発現する時期、いわゆる、第二次性徴、ってやつ。私の特異なこの個性、好奇の目が向けられないはずがなかった。私は、複数の男の子達に押さえつけられて、無理やり飴を口に入れさせられた。…………衣服を、はだけさせられた、状態で。それからのことは、覚えていない。ただ、私がもはや自己防衛を通り過ぎて、居合わせた子ども達を次々に破壊していったことだけは鮮明だ。
幼稚園の頃から、芯が真っ直ぐで漢気溢れて強くてかっこいいてっちゃんに憧れていた私は、小学校に入ってから様々な格闘技の教室に通っていた。しかし、そこで培った技を、いくら自己防衛とは言え、人を傷つけるために使ってしまったのだ。なぜ暴力を振るったのか。衣服をひん剥かれて無理やり個性を発現させられたから、なんて言えるわけがなかった。辱められたことはもちろんだけれど、複数相手だったとはいえ、自分が一度でも男の力に屈してしまったという事実を私のプライドが許さなかったのだ。無言を貫き通した私の様子をいいことに彼等は根も葉もない作り話で辻褄合わせをしてくれて、私は先生達からこっぴどく叱られた。それから、家族とてっちゃん以外の周囲の男が全て私の敵になってしまった。てっちゃんだけは、つかさは意味もなく誰かを傷つけるようなやつじゃねェ!と、最後の最後まで言い張ってくれて、それまでもずっと私と仲良くしてくれていたけれど、その日からは学校では常に私の側にいてくれるようになった。
私が小学校に対して恐怖に近い不信感を抱えていたからか、親の気遣いで中学に上がるのを機に埼玉県から千葉県へ引っ越すことになった。携帯電話を買ってもらって、連絡先はてっちゃんとだけ交換して、私は埼玉という土地を去った。誰も私を……私の個性を知る人のいない土地で、自分の人生をリセットしたいと思っていた。今では親からもらったこの個性を愛しているけれど、当時の私はこの個性が嫌いで嫌いで仕方なかった。まるで、呪いのようにも感じていた。だから小学校の時の様な過ちを犯さないよう、人前で決して個性を使わないようにしていた。
中学生にもなれば誰だって異性の一人や二人、気になってしまったり、好きになったりするだろう。かく言う私もその一人、小学校の時と違って穏やかな日々を過ごしていた私は同じ学校の一人の男の子に恋をしていた。私にとって強さや憧れの象徴は幼馴染のてっちゃんただ一人だったけれど、その感情が恋に発展することはなくて。だから、とても新鮮な気持ちだった。一人の人間にあんなにも頭を、心を、何もかもを支配されてしまったのは初めてだったのだ。そして、運の良いことに彼は私にとても興味を持ってくれていて、中学二年生の頃、彼とお付き合いをすることになった。
私と彼が恋人関係であることは学内で知る人はほとんどいなかった。私は小学校の頃の忌々しい記憶のため、あまり他者との関わりが積極的な方ではなかった。彼とのことを口にすることもなければ彼と異性との交流に嫉妬なんてものもなく、むしろ私達自身の関わりもそこまで深いものではなかった。しかし、彼とは同じ空手の教室に通っていたこともあって、学外での関わりはとても多かった。土日では都内に遊びに出たり、お互いの家を行き来することもあり、硬派なはずの彼は二人きりになるととても私に甘えてくれていた。
けれど、それも長くは続かなかった。ある日、その日の目的地の近道だからと、人通りの少ない薄暗い路地を二人で手を繋いで歩いていた時のこと。突然後ろから大きな声で名前を呼ばれた。中学の友人かと思って振り向いたら、そこには小学校で私に忌々しい記憶を植え付けてくれた意地の悪い旧知の男達が数人立っていた。彼等に大怪我をさせておきながら逃げるように去って行った私が笑顔を振り撒いて穏やかな日々を送っていることが面白くなかったのだろう。彼等は私がひた隠しにしていた個性を、そして悪意たっぷりの根も葉もない作り話を、まるで演説の様に陳じたのだ。
私が自分の個性をひた隠しにしていたことも、埼玉から引っ越してきたこともあって、彼等のよくできた話の信憑性は当事者の私ですらも騙されてしまいそうなほどの物だった。口元を三日月のように歪める彼等の……悪魔達の好奇の目が私の忌々しい記憶を呼び起こして足が震えた。私の手を離した彼のこちらを見る目はまるで
「俺を騙してたのかよ、気持ち悪い…………この、化物…………」
なぜ、ここまで言われなければならないのだろう。たかが、飴を口にして性別が変えられるだけの個性の何が悪いのだろう。性別ってそんなに大事?割れた茶碗が戻らないのと同じで砕けた心も戻ることはない。あの日から涙は流さない、否、流れない、はずだったのに、つーっと頬を伝ってきた。可笑しいよね、なんて、私は笑うことしかできなかった。悪魔達は勝手に私の鞄を開けて飴を取り出した。そしてあの日のように五人がかりで私を押さえつけて、衣服を乱れさせて、私の口を力尽くで開かせた。恋人だった彼は、悪魔に渡された飴をじっと見つめていた。彼は私の口に飴を入れるのを一瞬躊躇した。
その瞬間
「俺のダチに何してんだァ!!」
顔を真っ赤にして激昂したてっちゃんが飛び出してきてラッセル車のように悪魔達を左右に退けて私を力一杯抱きしめた。私に怪我がないことを確認すると、私の衣服を少し乱暴に元に戻してくれ、すぐに身体を離して立ち上がり、彼は次々に悪魔達を殴り飛ばした。私の、恋人だった人も対象の一人。
「て、てっちゃん!?どうして……」
「俺のダチを傷つける奴ァ!!全力でブン殴る!!ほら、行くぞ!!」
てっちゃんは私を抱えて一目散に走り出した。私はただ怖くて、情けなくて、震えることしかできなかった。ここまででも話の内容は結構凄惨だと自分でも思う。けれど、私の心を凍りつかせた忌まわしい男という生き物に対する本当の恐怖は、まだこれからだ。
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凍れる過去
切島くんは燃える太陽のように真っ赤な顔で、歯を硬化させて砕けそうなくらい思い切り噛み締めていた。掌も硬化させてぐっと握り締めていて、彼の全身はぶるぶると震えていて、まるで怒れる赤鬼のように見えた。
私の話はまだ続く。