先月、私が中間試験に勤しんでいる間に鋭ちゃんとてっちゃんはまだ1年生なのにもう職場体験に行ってきたらしい。二人から同じ日の同じ時間に同じ内容の連絡が来た時は笑ってしまった。任侠ヒーローのフォースカインドという方の事務所にお世話になったとか。二人とも、ミスしたら殴られちまう!と言ってたけど、キミ達の個性なら関係ないのでは?と思わず突っ込んでしまった。
教室では、西東京の保須市で起こったヒーロー殺し・ステインの話題で持ちきりだ。真のヒーローに対する熱意はわからなくもないけれど、自分一人の価値観を撒き散らして他者を傷つけ挙げ句の果てに殺すなんてイカれてるなぁとは思う。しかし、正直ヒーローにそこまで興味のない私には関係のない話で。ふとスマホの画面を覗き込むと、丁度鋭ちゃんからメッセージが届いた。宛先はツカサ。どうやら放課後に相談したいことがあるとか。部活も休止期間だし、ひとまず了承の返事を送った。放課後はさっさと姿を変えて彼を迎えに雄英高校までの道のりをのろのろと歩いた。
「悪ィ!待たせたか!?」
「別に。今来たとこ……あ、体育祭の宣誓の……爆豪、だっけ。」
「あ?テメェ誰だ。」
「僕?僕は隣野高校の者だよ。」
「爆豪、コイツはツカサ!俺のダチだ!っつーわけでお前らよろしく頼むぜ!」
「……また?」
どうやら期末試験が近いのは僕だけじゃないらしい、切島は鞄から大量の課題プリントを取り出して笑顔で見せびらかしてきた。ちなみに職場体験直後の中間試験の際にも僕が彼のおつむの世話をしてやった。どうやら切島は根っからの体育会系で勉強が苦手らしい。まぁ、誰しも得手不得手はあるものだ。一方でこの男、爆豪勝己はあらゆる才能に恵まれているのか、筆記試験の成績もかなりの上位らしい。しかしなんだかんだで切島の世話に付き合ってやってるあたり、やはりこの男にとって切島は少し特別な存在なのが窺える。
さて、場所を移動して今は駅前のファミレスで二人がかりで……といっても僕は飴を食べながらテストに出そうな例題と答えを作って、爆豪が口頭で切島をスパルタ指導している。彼は言葉も態度も粗暴で乱雑だが、話している内容は的確で、テストで点数を取るための効率の良い勉強方法について熟知しているのがよくわかる。これは僕が呼ばれる必要なんてなかったのでは、と思ったところで突然二人の手が止まった。
「爆豪、どうした?」
「……チッ!ンな問題、テストに出ても誰も解けんわ!飛ばせ!」
「はァ!?いや、飛ばせったって、これ提出物だろ!俺ァ空欄のまま出すなんて嫌だぜ!」
「るせェ!適当になんか書いとけや!」
「…………もしかして、キミもわかんないの?」
「あぁ!?テメェ今なんつった!?」
「否定しないんだね、図星か。」
二人がギャーギャー言い合っている間に口を挟んだら爆豪が体育祭の時のような悪鬼羅刹と言わんばかりの形相でぐりんとこちらを見てきた。顔怖ぇなと思いつつも、僕は彼等の手元のノートを引ったくってじーっと問題を見つめてみた…………なんだ、簡単じゃないか。
「ハッ、どこの馬の骨かもわかんねーテメェなんざに……」
「切島、ペン借りるよ…………はい、終了。」
「あァ!?…………ンだと!?チッ!!正解だわ!!」
「ツカサ!お前、そんな頭良かったのか!?」
「前回言わなかった?僕、中間テストは学年10番以内だよ。」
つかさの順位を聞かれたら困るからぼかして答えたけれど、実は入試は実技筆記共に1位で、中間テストは3位だったりする。二人とも口を開けてぽかんとして僕を見ている。僕は少し気恥ずかしくなってポケットから飴を取り出して口の中で転がしながらスマホを弄り始めた。通知画面にはテツからのメッセージ。明日の放課後、勉強を教えてくれだって。どんだけダダ被りなんだよ……
無事に指導を終えて駅で爆豪と別れて切島と二人で同じ電車に乗った。別れ際にボソッとテメェとは戦闘でやりあいてェなんて言われたけれど、生憎、彼と僕の戦闘スタイルでは相性が悪すぎる。僕は喧嘩は弱いんだ、とあっさり躱したらあからさまに不機嫌オーラを全開にして、チッ、腰抜けが!と言われてしまった。切島はよくこんなのと仲良くできるな……なんて思いながら口の中で飴を転がしていると突然彼から話しかけられた。
「なぁ、ツカサ。」
「ん?」
「その飴、そんな美味いのか?」
「えっ?な、何で?」
「イヤ、なんか今日、ずっと飴を出しては口に入れてっから……飴、好きなのか?」
「あ、ああ、うん。飴は、好物だよ。ほら、大人の人が口が寂しくなったら煙草を吸うでしょ?そんなイメージかな、僕、口の中に飴があるとなんとなく落ち着くんだよね。」
「落ち着くのか……それ、俺にもくれねェか?」
「えっ!?」
それは非常にまずい。実家で作っているこの特殊な糖が含まれた飴を口にすると彼は5秒もしないうちに魔法の世界へ旅立ってしまうからだ。体育祭の時が良い例だろう、彼もテツも女の僕の目の前でぶっ倒れて気持ち良さそうに魔法の様に楽しい世界の夢を見ていたのだから。
「……ダメ。」
「マジかよ!!」
「悪いね、その代わりこっちあげるから今日のところは勘弁してよ。」
僕は鞄に手を突っ込んで、昼休みに買った大袋入りのチョコの余りを3個ほど掴んで彼に手渡した。口元が寂しくなるというのは事実でよくお菓子を携帯しているため、誰かに飴を強請られた時は常にこうすることにしている。切島は礼を言いながらチョコを口に入れて、再び僕に話しかけてきた。
「ツカサ、試験終わりの……そうだな、次の週の日曜って暇か?」
「え?うーん……多分。なんで?」
「いや、勉強教わった礼っつーか、飯でも行かね?俺、奢っからさ!」
正直言うと、彼と一緒に過ごす時間は悪くない、むしろ好きになってきたのは事実だし、行ってもいいなと思う自分がいる。男としても、女としても。けれど、これ以上彼といると、女の自分を優先したくなってしまい、自分自身で僕を、ツカサの存在を、否定してしまうことが怖い。そう、これが今の僕の悩み。自分が何者であり、何者でいたいのか。彼のことは人としては好きだし、男としても好きになるのは本当に時間の問題だ。僕より強いと認める日さえ来れば。
「…………い……おい!ツカサ?どうした?」
「……あっ、ごめん。うん、いいね、行こうか。」
「お!じゃあ爆豪にも声かけてみるけどいいか?」
「え?僕、彼のことあんまり好きじゃないんだけど。」
「マジかよ!!アイツ、態度はあんなだけどよ、男らしくて良い奴だぜ?」
「そう?うーん、彼と僕は根本的に合わないと思うな……」
そうこう話している内に電車を降りることになった。僕はいつもの場所で切島と別れてさっさと帰宅した。
さて、あれから数日。私は無事に試験を終えることができた。一方の鋭ちゃんは筆記はそこそこできたものの、実技をクリアできなかったらしい。ツカサ宛に、合宿に行けないかもしれないというメールが来た直後に、どんでんがえしだあ!!というタイトルだけの本文なしのメールがその喜び様を物語っていて思わずクスクスと笑みがこぼれた。
そして今日は日曜日。特にやることもないし、久しぶりに一人で遠出のショッピングでも楽しもうかと思う。いつもならどこでも個性が使えるようにと服装に気を配るのだけれど、彼のことを考えてたせいか、無意識に女の子寄りの服装に着替えて私は家を出発した。生来、女の子である私にとっては男の子の自分の悩みとも言えるこの潜在意識が後に大きな弊害を生むなんてちっとも想像がつかなかった。
潜在意識と悩み事
「つかさー?どこか行くの?」
「あ、うん……そうだなぁ、木椰子区のショッピングモールにでも行ってくるよ。」
「あ、じゃあこれとこれとこれ……はい、メモしたものを買ってきてくれない?」
「うん、わかった。いってきます。」