・虹色着色料
・スティック
・麦わら帽子
・日焼け止め
なるほど、製菓材料に夏のアウトドア用品だ。一先ず近くにある雑貨屋に入ることにした。店内に入り、女性向けのコーナーに行くとお母さん御用達の日焼け止めが一番目立つところに置いてあった。まずはそれを手に取る。次に麦わら帽子。確か昨年まで使っていた帽子に虫が止まった時に新聞紙で叩いてしまってもう被りたくないなんて喚いてたっけ。帽子のコーナーを見回すと件の麦わら帽子にそっくりな物があった。昨年までのは赤いリボンがついていたものだったから、今年は趣向を変えて私の髪と同じ群青色のリボンのものを手に取る。会計を済ませて外に出て、さっさと製菓用品店へと向かった。
しかしここで思わぬハプニングが発生した。爆豪勝己が恐らく母親であろう人と製菓用品店を歩いていたのだ。けれど、彼が知る私はもう一人の私にすぎないと甘く見ていた。一応視界に入らないようにと彼等の前には決して出ないよう、一定の距離をキープして店を練り歩いていた。そして無事に目的の物を買い、彼等も私も店を出たのだけれど、曲がり角で消えたはずの爆豪くんが後ろから現れたようで突然ガシッと腕を掴まれた。
「テメェ、ちょい待てや。」
「え!?は、はい!?」
「さっきから尾けて来やがって……
「ち、違うよ!」
「……あ?……先週の、飴野郎と同じ匂いだ。」
飴野郎!?匂い!?なんだ彼の嗅覚は。爆破以外に嗅覚の個性まであるのか、なんて思ってしまう。けれどここで焦りを見せるわけにはいかない。
「あ、飴野郎……?あ、私、実家が飴屋だから……?」
「……髪の色。」
「え?あ、地毛だよ。群青って色も字面も気に入ってるの。」
まるで童話の赤頭巾ちゃんのような押し問答。そして最後の質問に私は口から心臓が出るんじゃないかってくらい驚かされた。
「……テメェの個性は性転換か?」
「!?ちょ、ちょっと来て!」
「うおっ!?何しやがる!!」
「いいから来て!あ、お母様、ちょっと息子さん拝借します!」
「ハイハイどうぞー!勝己!私、そこの喫茶店でコーヒー飲んでるから終わったら来なさいよ!」
「ババアテメェ!!ざけんな!!」
ガルルルと唸る爆豪くんを引き摺るように引っ張り、少し狭い建物と建物の間の道に連れて行き、私は両手をパンッと合わせて深く頭を下げた。
「お願いします!鋭ちゃんには言わないでください!」
「は?……テメェ、名乗れ。」
「う……飴宮……つかさ……です。」
「……ツカサだ?やっぱこないだの飴野郎はテメェか。」
「は、はい……私です……」
「本当は女か男か言え。」
「お、女です……」
怖い、この手の男の子は騙してたのかとキレ散らかすタイプに決まっている。まずい。まずい。まずいまずいまずいまずい。今度は何を言われるのか。騙したのか?詐欺師?気持ち悪い……?いや……ばけ、もの…………嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいや
「……い!!おい!!聞いとんのか!!」
「ひっ!?あ……ご、ごめん……」
「……テメェは、何がしてーんだ。」
「え?」
「クソ髪を騙してェんか。」
「ち、違う!」
爆豪くんが私を睨む顔は怖いけれど、口調は比較的穏やかだと感じる。彼は質問を続ける。
「……ンで個性のこと黙っとんだ。」
「き、嫌われたく、ないから。初め、男の子の姿で会って、だから、騙したのか、とか、気持ち悪い、とか……」
「つまり……テメェが傷つかねーようクソ髪に嘘ついとんのか。」
「…………それも、ある。」
「も、って何だよ。」
爆豪くんの言う通り、自分が傷つきたくないから鋭ちゃんに嘘をついていることに変わりはない。当初は確かにそれだけだった。男の子を怒らせると厄介だから、彼は暑苦しいタイプで面倒臭そうだから、私自身、私の個性と全然向き合えていないから……けれど、今はそれだけじゃない。彼の、彼の笑顔を……眩しい太陽を……守りたい。私は、太陽が曇るのを、見たく、ない。
「……したくねーモンは嘘でもしねンだ、俺ァよ。」
「……うん?」
「……つきたくねェ嘘ついてまで、することなんかっつってんだよ!!」
「ッ……!!」
ついに、指摘されてしまった。本当は……もう、鋭ちゃんに全てを曝け出したい。嫌われるのも、彼を傷つけてしまうのも確かに辛いけれど、彼に嘘をついているということが一番辛い。でも、だって、だけど。そんな言葉が頭の中をぐるぐると支配する。何も言えず下を向くと、爆豪くんは大きな舌打ちを鳴らして、私に冷たく言葉を吐き捨てた。
「振り回してやんなや。」
「……えっ?」
「知っとんだろ。弄ぶな。」
「わ、私、そんなつもり……」
「チッ、腰抜けが。」
爆豪くんは再び舌打ちを鳴らすと、踵を返して行った。私は彼の言葉を何度も何度も頭の中で反芻して動けなくなってしまった。つきたくない嘘をついてまで私が守るべきものとは何なのだろうか。私自身?鋭ちゃんの笑顔?いや、いずれにせよ自分のためという自己保身、自己防衛に過ぎない。結局は私は嘘吐きになりたくないだけなのだ。嘘吐きにならないために嘘を吐いているなんて馬鹿げた話だ。
フラフラとした足取りで人通りの多い道に出た。ひとまず、この沈みに沈んだ気持ちを少しでも何とかしたい、こんな時に頼れる相手なんて、一人しかいない。私は近くにあるハンバーガーショップに入って、震える手でてっちゃんにメッセージを送った。
ただ一言、苦しい、と。
少しお腹が空いていたからチーズバーガーセットを注文して、もそもそと食べ始めた。食べている間は何も考えないようにしたかったけれど、やはり鋭ちゃんのこと、そして、もう一人の私のことで頭の中はいっぱいで。ハンバーガーを口から離して、大きな溜息をついたところで、ちょうど真上の二階席から机を叩く音と男の子の声がした。
「まっ、マジかよ!」
「ば、バカ!!声がでけェって!!」
「わ、わりーわりー!け、けど、お前それ……」
「ああ……なんつーか、俺、こんなん初めてでさ、あんま相談とかできねーっつーか……」
「誰にも言ってねーの?」
「と、とりあえず爆豪にゃ話したけど……」
「ば、爆豪!?そりゃまたすげェな……」
机を叩いた男の子の次に聞こえた声は鋭ちゃんのもので、驚きのあまり立ち上がりそうになってしまった。なぜ、ここに彼がいるのか。どうしてもこうも休みの日に鉢合わせばかり起こるのか。思えば彼に鉢合わせする時は決まっていつもいつも彼のことで悩んでいる気がする。そして彼もまた、悩んでいるようで。相談相手はきっとよく彼の口から出てくる、金髪の、上鳴という男の子であろう。
今日も絶対に飴を口に入れるわけにはいかない。私は今日も嘘を吐く。それはまるで息をするように。爆豪くんの言葉は私の中で今もなお反芻し続けている。自分が傷つかないように、嘘吐きにならないためにつきたくもない嘘をついて今日も明日もその次の日も自分を守るんだ。自己防衛なんて誰だってするはずだ。しかし私は自分で自分の首を絞めているに過ぎない、まやかしの自己防衛にただただ身を投じるのだった。
自己防衛
鋭ちゃん達にバレないよう、食べ物を静かに口に詰め込んで飲み物で流し込み、私は逃げるように店を後にした。
***
「お前、飴宮つかさちゃんとかいう女の子が好きなんじゃないの?」
「そうなんだけどよ……けど、それよりも気になんだよ、最近ボーッとしてることが多くてよ。」
「本人に聞いてねーの?」
「なんか聞ける雰囲気じゃねーんだよ。なんつーか……儚いっつーか……聞いちまったらアイツがいなくなっちまうよーな気がすんだ……」
「へぇ……でも、不思議なもんだなー……恋した女の子と同じ雰囲気で同じ名前の親戚っぽい男ねー……」