さて、帰路につき始めて数分。なぜ今日はこうもトラブルというか厄介ごとに巻き込まれてしまうのか。強面の男が何やらすごい剣幕で女の子を怒鳴り散らしている……あれは、うちのクラスの女の子?周りの大人の静止の声を無視して近寄ってみると、やはりうちのクラスの茶髪の女の子だ。
「あっ、つかさ!救けて!」
「……何したの?」
「あ、歩きスマホしながらタピオカジュース飲んでたらぶつかって引っ掛けちゃって……」
「それはキミが悪いね……」
「ンだテメェはァ!!コラァ!!このシャツは3万もしたんだぞ!!弁償しろや!!」
「……今日は嫌だったんだけどなぁ。」
私はヒーローを目指しているわけではない。だけど、困っている人がいたら助けてあげたいと思うのが人の性といいますか。友達を救けるためなら仕方ないと思った私は飴をひとつだけ口に放り込み、みるみる男の子の姿に変身した。魔法の時間の始まりだ。
「な、なんだァ!?お、おい、ガキ!!テメェ……」
「悪いねお兄さん、この子、僕の連れだからさ。シャツのお詫びに楽しい夢の世界に招待するよっ!」
「んがっ!?テメ……ェ……」
「っと…………この辺でいいか。」
僕は男の口に飴を放り込んでやった。男はすぐに眠りについて身体が膝から崩れ落ちそうになっていたため、僕が支えて近くの木に凭れさせた。
「ツカサ〜!ありがとう、超かっこいい!最高!」
「……キミが悪かったんだからね!全くもう、歩きスマホなんてするもんじゃないよ!」
「ハーイ、もうしませーん。」
「本当にわかってんだか……じゃ、僕帰るから。」
「ええー!?ここで会ったのも何かの縁じゃん、ちょっとお茶しない?今のお礼に奢るよ!」
「えぇ……うーん……まぁ、やることもないし付き合うか。」
「あっ、できれば男の子の格好でいてくれない?ちょっとしたデート気分味わいたいし?ツカサ、外では全然男の子になってくれないじゃん。」
「えぇ……この服で男でいんの結構辛いものがあるよ……はぁ、仕方ないな……」
彼女は一旦言い出したら聞かない方だ。仕方がない、と飴をいくつか掴んで口に放り込み、ガリガリと噛み砕いて飲み込んだ。これで暫くは男の姿でいられるはずだ。
彼女に腕を組まれながら色々な店を回った。お茶するんじゃなかったのかというと、デート気分がどうだこうだと言われた。数件回ったところで、やっと件のお茶ということで和菓子店に入店した。彼女は白玉餡蜜と抹茶オレを、僕はおはぎと緑茶をいただいた。店内ではずっと彼女の話を聞いていた。そういえば例のクラスメイトの彼とはお付き合いを始めたらしい。気が付けば話題は恋愛の話になっていて、彼女は僕のことを聞いてきた。
「ツカサ、結局、雄英体育祭の二人のどっちと付き合うの?」
「それ、今の僕に聞く?うーん、どっちともそういう風にはならないと思うけど……」
「えー!勿体無い!鉄の彼はワイルドだし、硬い彼はフレッシュだし、どっちも素敵なのに!」
「うーん……ほら、僕こんな個性だしさ、恋愛なんてキョーミないよ。」
「……そう?でも、彼氏っていいよー、いつも私のこと気遣ってくれて守ってくれてさ。あ、さっきのツカサも超かっこよかったよ、ぶっちゃけ彼氏より。」
「ははっ、それ、喜んでいいのか複雑だな。」
話がひと段落したところで、彼女がスマホを気にし出した。きっと彼氏からの連絡だろう、どうぞ遠慮なく、と一言添えると嬉しそうにお礼を述べてスマホを触り出した。
恋愛とか彼氏とか、今一番考えたくないことだ。しかし彼女に悪気はないのだ。ただ、一人の飴宮つかさあるいはツカサを純粋に友達として見てくれている証。そのため僕は彼女の話に一切の嫌悪を感じていない。だけど、僕は僕という存在に嫌悪を感じてしまう。つかさもツカサも同じ人間のはずなのに。今まではこんな風に思考が分断されるようなことはなかった。意識も記憶も共有されるのだから。
かつて、個性が発現した当初は男の姿で私と言っていたのが当たり前だった。けれど、周りの男の子が僕とか俺とか言っているのを見ていると、なんだか自分がおかしく思えて、意識して私を僕と言うようにした。けれど持ち物なんかはファンシーな可愛いものを好んでいて、それで男の姿で知り合った相手には揶揄われたりして、自然に自分の好きなものややりたいことを抑え込むようになった。自分のことがどんどん嫌いになっていった。
公的文書に自分の名前を記入する時は、飴宮つかさと記入する。それは女の僕の名前で、男の僕の名前でもある。僕だって、つかさなんだ。便宜上、カタカナでツカサなんて洒落たこと言ってるけれど、そんな人間は存在しない。僕は僕だ。僕は私だ。私は、僕だ。僕は、ツカサ。そして、飴宮つかさでもある。そう思っていた、はずなのに。僕は……誰なんだ……
「ツカサ!?ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
「え?」
「なんで泣いてるの!?私、何か失礼なこと言っちゃった!?」
「い、いや、キミは何も……ちょっと、考え事してて……」
僕は彼女が差し出した花柄のハンカチを受け取ってそっと目に当てた。気付かぬ内に涙を流していたようで。男のくせに情けない、と少し自嘲気味に笑った時だった。
「お、おい!!どうしたんだよ!!ツカサ!!何で泣いてんだよ!?」
「きり……しま……?」
店の入り口から切島が奥の席の僕等の元まで駆け寄ってきた。彼は僕が泣いていることに心底困惑していたあまり、僕を思い切り抱き締めてきた。そして次に困惑するのはこの僕で。何故、どうして僕は彼に抱き締められているのだろうか。ボーゼンとしながら目線だけ泳がせると、桃色の肌の女子と先の上鳴という名であろう男子がポカンとしながらこちらを見ていた。僕だって同じ立場ならそうなると思う。
「あ、だ、大丈夫だよ。ちょっと、考え事してただけ。ね?」
「え?あ、う、うん……ツカサ……くん、涙脆いとこあるもんね!あはは!」
彼女は雄英体育祭直後に交わした約束を覚えていたようで、僕を敢えてくん付けで呼んでくれた。そうだ、気を抜いてはいけない。僕は、嘘吐きにならないために嘘をつき続けなくてはならないのだ。この、真っ赤なヒーローの、太陽の様な笑顔を守るために。たとえ僕が……いや、私が、彼と結ばれる日が訪れなくなることを意味しているとしても。
「切島、暑い。」
「え?…………!?わ、わわ、悪ィ!!」
切島は無意識に僕を抱き締めていたようで、状況に気付くと慌てて飛び退くように身体を離した。それが面白くてクスクスと笑ったら、彼は笑われたのが恥ずかしかったのか、燃えるような赤い髪と同じように顔まで真っ赤に染まってしまった。
私は僕で、僕は……
最近の俺の悩み事。それは俺の心に住みつく人間が二人いることだ。一人は言わずもがな、小さくて儚くて守ってやりたくなるような可愛い女子、飴宮つかさ。もう一人は、つかさにそっくりな垂れ目と八重歯、そして群青色の髪を持つ、俺の憧れの漢、ツカサ。苗字は……わかんねェ。
前々から爆豪にはつかさへの想いだけを話していたが、つい先日の勉強会の直後にツカサのことを、そして、今日は上鳴にツカサへの想いを話した。もちろんコイツにもつかさのことを以前から何度も相談している。けれど、最近の俺はどうもツカサのことが気になって仕方ない。上鳴から笑いながら、男に恋愛感情を持ってんのかー?と聞かれた俺は首を横に振ることができなかったもんで、流石の上鳴もえらく真面目に俺の話に聞き入ってきた。
そして極め付け。泣いているツカサが目に入った瞬間、胸のド真ん中に穴が開いたような、どうしようもねェ焦燥感っつーか、不安っつーか、とにかくなんとかしてェと思って考えるよりも早く身体が動いちまってたわけで。ツカサは俺の行動が可笑しくてクスクス笑ったんだろうけど、今日のツカサの笑顔は何故かつかさと瓜二つで、すっげェ綺麗で……だけど消えちまんじゃねェかっつーくれェ儚く見えちまった。