私よりも少し身長が高い女の子がスクールバッグをぎゅっと抱き締めて、同様に目もギュッと瞑っている。満員電車でこの挙動、同じ女の子だからわかる。痴漢だ。女の敵、許せない!私はポケットから飴玉を幾つか取り出して口の中に放り込み、怒りの余り二、三粒ガリガリッと噛み砕いた。魔法の時間の始まりだ。
ぐんぐん目線が高くなる。胸は縮み、腕や脚がのびていく。肌質も髪質も硬くなって、僕はすみませんと一言添えてぐいっと人混みを掻き分けた。女の子の目の前に立って、スマホの画面を見せた。
背後のハゲたおっさん?
女の子は小さく二回首を縦に振った。僕は再び口の中の飴を一粒ガリッと噛み砕いて、吊革を掴むハゲの手首を掴んでやった。そして女の子の外腿にあった汚い手を掴もうとしたら僕ではない別の手に掴まれていた。僕とその手の主は同時にこのハゲが痴漢だと周囲にがなった。
「このハゲ!痴漢は立派な犯罪だぞ!」
「オイおめェ!痴漢は立派な犯罪だぜ!」
どこかで聞いた声だと思って顔を上げたら逆立つ真っ赤な髪が特徴的な男……一昨日言葉を交わした、確か切島、だったか。彼も僕と同様に怒りを露わにしていた。
「いっ、痛たたたたた!な、なんだ貴様ら!私を誰だと思って……!」
「誰とか関係ねェ!ただの痴漢だろ!」
「そうだそうだ!ただの痴漢だろ!僕はテメェみてーな、女の敵がでーっ嫌ェなんだよ!」
女の子と僕は立ち位置を入れ替えて、切島からハゲの手首を掴む役目を任せてもらい、ハゲの両手を背中側で握りしめて隣野高校最寄りの駅で駅員に突き出してやった。ちなみにこの女の子と切島は近くの雄英高校の制服だったから降りる駅が同じだった。
「あ、あの、ありがとうございました!」
「気にすんな、漢としてトーゼンの事をしたまでだ!」
「うん、彼の言う通りさ。しかし僕、満員電車なんて初めてだったけど……いるんだね、あんなヤツ。」
少し世間話をした後、女の子を呼ぶ友達らしき人の声がした。友達と合流するみたいだったから、何度も頭を下げる彼女を笑顔で送り出した。チラッと時計を見るとそろそろ魔法が解ける時間で。念のため僕はもう一粒飴を口の中に入れて、そろそろ行くかとその場を後にしようとしたのだけど、がしっと手首を掴まれた。その犯人はこの場に残っているあの真っ赤な熱血漢しかいない。
「おめェ、ツカサ、だったっけ?いやー!さすがだな!漢らしいぜ……!」
「そりゃキミもだろ。僕の出る幕は無かったのに、無駄な事しちゃったよ。」
「あ?全然無駄なんかじゃねーよ!困ってる人を救けんのがヒーローだろ?」
「……僕、ヒーローじゃないけど。」
「え!?だ、だっておめェの校章、あの隣野高校だろ!?ヒーロー科じゃねェのか!?」
「ご名答、と言いたいところだけど惜しかったね。僕はスポーツ科だよ。」
隣野高校は制服の存在はあるけれども私服通学が許可されているから、彼は目敏く校章で僕の通学先を判断したようだ。この個性に私服通学はめちゃくちゃ有難いよね。僕は普段からいつでも個性を使えるようにあまり女の子らしくない大きめの私服を着用している。まぁ、本音では可愛らしいスカートやワンピースなんかに憧れるんだけども。
しかし、やはりこうもガツガツ接してくるとどう反応していいかわからなくなるわけで。僕はそれじゃ、と告げてスタスタ歩き始めたのだが、どういうわけかコイツは僕を追いかけて来る。
「なぁ、俺ら学校近ェしよ、途中まで一緒に行こうぜ!」
「えぇ……」
「そんなあからさまに嫌がんなよ!俺はおめェみてェな漢らしいヤツとダチになりてェだけだよ!」
「……僕はなりたくないケド。」
「そう言うなってー!なっ!行こうぜ!」
「……はいはい。」
「っしゃ!サンキューな!あっ、俺、切島鋭児郎っつって……」
「それはもう聞いた。」
笑いながら、そっか!なんつってコイツはどこ中だの個性だの憧れの人は〜だのって自分のことを色々話し始めた。こうして話していると、暑苦しくて馴れ馴れしくて図々しいけど、悪いヤツじゃないのはよくわかる。ただ、こういう熱いヤツに限って僕の個性の秘密を知ったら勝手に幻滅して好き勝手言ってくるのはこれまでの人生で何度も経験した。コイツもそうなんだろうか、と考えをモヤつかせていたらいつの間にやら雄英高校に辿り着いた。
「あっ、俺ばっか話しちまって悪ィ!」
「いや、そこそこ楽しかったしいいよ。んじゃ、また。」
「オウ!サンキューな!」
切島は手をブンブン振りながら元気に雄英高校に入って行って、僕もスタスタ早足で隣野高校へ向かった。あの切島という漢……いや、男か?まぁいい、とにかく、切島というヤツはかなりの熱血漢で、あの漢気ヒーロー
なんて思いながら歩いていたら隣野高校に到着していて、それと同時に身体に違和感が生じてきた。だんだん目線は低くなり、腕や脚が縮み、胸が膨らむ。肌質や髪質は柔らかくなって、あー……と声を出すといつもの高い声が出た。
切島くんかぁ……暑苦しくて変わった人だけど、ヒーローを目指してる以上きっと良い人なんだろうな。彼のように漢らしく……とは言わないものの、私も隣野高校スポーツ科で前向きに頑張ろうと決意して校門をくぐったのだった。
切島という漢
「切島くん……暑苦しいけど良い人だったなぁ。雄英なんてすごいなぁ。私も頑張らなきゃ。」
***
「ツカサ……やっぱアイツ漢だぜ!く〜っ!俺も頑張んなきゃなァ!」