向き合う心、違えた答え

夏休み。今頃ヒーローの卵達は合宿でビシバシ鍛えられているのだろう。かく言う僕も格闘技の稽古中だ。いくら強いと言われていても油断は禁物、いついかなる時だって結局自分の身を守るには自分の力が必ず必要になるのだから。さて、今日も渾身の一撃を師範に叩き込んだら凄い距離を吹っ飛んでいった。僕の個性は飴魔法キャンディマジックじゃなくてこの類稀なる戦闘能力なんじゃないかとさえ思ってしまうほどの強烈な威力に周りの練習生達は口あんぐりといった様子で。


「よし……ありがとうございました。」

「ツカサさん、また強くなりました?」

「そう?うーん、高校の体育や部活も結構キツイからかなぁ……」


後輩が渡してくれたタオルで汗を拭って、さっさとシャワー室へ向かった。さて、今日は午前中で練習は終わり。これから僕はあの日決意した通り、自分という人間に、もう一人の僕……いや、私という存在に向き合おうと思う。シャワーを終えて、濡れた髪を乾かして、僕は即座に家へと帰り、母が作ってくれた昼食をかき込んだ。今朝食べた飴の数的にまだ魔法の時間は終わらない。急いで自室に入り、机に向き合った。そう、僕が私と会話をすることは物理的に不可能だ。ならばもう手段は一つ、そう、手紙だ。


しかし簡単に言葉が浮かぶわけもなく、何度も何度も手が止まった。記す内容はこの前テツと話したことをそっくりそのまま、そして、つかさが気付いていない、僕という存在における僕固有の認知的枠組みの話。少しわかりやすく言えば、私と僕とでは思考する過程が異なってしまうのだ、と。つまり、その結果も異なるわけで。僕達は身体も意識も、その記憶すらも共有しているのに、その実、互いに互いを自分だと思い込んでいるだけだったのだ、と。ただ、ほんの少し、僕の方が早く気が付いたにすぎない。





何枚も何枚も書き連ねた紙束。きっと数秒後の僕……いや、彼女にはこれを書いた記憶はあろうとも、書いた時と読む時で同じ文章から何を読み取り何を考えるのか、きっと大きな差が生じるに違いない。果たして繊細な彼女が受け止めきれるのかどうか。いくら戦闘能力が高いといってもあくまでもそれは身体能力の話。精神面では遥かに僕の方が上回っている。現に、向き合う意志があるのだから。さて、そろそろ僕の存在は魔法の世界へ帰る頃だ。目を閉じて、身体に生じる違和感を受け入れ…………目を開ける。刹那、先程ひたすら書き連ねていた紙束を自然と読み返す。





これは……何、だろう。誰が書いたのかなんて、そんなの私が一番わかっている。私だ。もう一人の、私。魔法の世界からやって来た、男の子の私。この手紙に書かれている事は全部私の、私達の記憶そのもので。だけど、根本的に違う部分がある。なぜ、どうして、こんな考えに至ったのか。私、この時にこんな事、あの時にあんな事、その時にそんな事、考えた事なんて、ない。否、『ない』のではない。『覚えてない』んだ…………





わからない、わからない。私は、この女の子の身体を投げ出すその瞬間、『自分が男の子の身体になっている』としか思っていなかったのだ。男の子の身体になるのだから、男らしく振る舞わなきゃと思って、言葉も考え方も、何もかも、意識していたつもりだった。つもり、だった……?





私は気付いてしまった。それは全部『つもり』だったのだと。二重人格、とはまた違うけれど、同じ人間で、その実、異なる存在だなんて誰が信じてくれようか。けど、この手紙にも書いてある通りに思い返せばわかること。幼い頃、初めて個性を発現した時のこと、忘れるはずもない。それから成長して、身体が大きくなって、性差が顕著になって…………


砕けた心が濾過できなくなった時。口々に言われたのが、『騙していたのか』という言葉。そりゃそうだ。事実じゃないか。僕は、飴宮つかさという人間ではあっても、私という存在ではなく、僕という全く別の存在だったのだから。思考の過程が違えば辿り着く答えも異なってしまう。そのため、魔法が解けてしまえば無意識に記憶が捏造され、私は僕の意思とは全く異なる思考を、その結果、全く異なる言動を表出する。事情を知らない周りの人間が私を嘘つき呼ばわりするのも頷ける。


飴を口にするのが心底怖い。手紙にはこう書いてある。『僕のことを受け入れられないなら飴宮家の飴を口にしなければいい。そうすれば、ずっと女の子のつかさで、自分という存在の自分という人間でいられるから。』と。けど、彼は一体どんな想いで、どんな考えでこんな辛い言葉を綴ったのだろう。こんなの、彼が自身を殺せと言っているようなものじゃないか。そんなこと、できるわけがない。


これまで困ったことがあれば都合良く飴を好きなだけ口にしてきた。困るのは自分だけで十分だと思ってた。周りの人が騙されるとか傷つくとか、そんなことより自己防衛に必死だった。私だって傷つきたくなかった。けど、僕は私以上に傷ついていたんだ。都合良く自己防衛のために魔法の世界へ旅立つ私の代わりに、時には物理的に闘って、時には傷つきながら他人に向き合って、全部全部、彼は、僕は、私のために、頑張ってくれたんじゃないか。





群青色のボールペンでひたすら文字を書き殴った。想いを全て言葉にのせるなんて難しいけれど、それでも伝えたい想いがある。自分自身へ向けた手紙に他ならないのだけれど、これは私であって私ではない、僕という存在の飴宮つかさという人間への想い。きっと、数分後、この手紙を読む私……いや、彼にはこれを書いた記憶はあろうとも、書いた時と読む時で同じ文章から何を読み取り何を考えるのか、そこにはきっと大きな差があるはずだ。また甘えきって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。でも、彼なら受け止めてくれる気がする。精神面では遥かに彼の方が上回っている。現に、自分の存在を賭けてまで向き合おうとしてくれているのだから。ありがとう。こんな私をいつもいつも守ってくれて。ありがとう。こんな私を見捨てないでいてくれて。ありがとう。ツカサが書いてくれたように、私も沢山のありがとうを綴って、私も貴方が大切で大好きだよ、と書き込んだ。文字に涙が滲んでしまったけれど、そんな事は関係ない。彼の文字にだって同じ箇所に乾いていない涙の跡があるのだから。


さて、最後に今の私と彼に共通する、大切なある一人の男の子への想いを綴ったところで、そろそろ私の存在は魔法の世界へ旅立つ頃だ。てっちゃんはかつて私にとってもヒーローのような存在だったけれど、今となってはヒーローとはまた違う、まるで家族のような……お兄さんといったような感覚。つまり、私のヒーローは……いい加減、認めるしかない。目を閉じれば、浮かんでくるのはただ一つ。燃えるような真っ赤な髪をした彼の笑顔。燦然と輝く太陽の様な笑顔の……彼の名は、切島 鋭児郎。





……認めるよ。


私は……彼のことが好きだ。


ヒーローとして。


そして、一人の、男の子として。


だから、これ以上、彼を傷つけたくない。


彼を騙したくない。


彼に、嫌われたくない。


それなら、好かれている今のまま…………





これが、私の答えだ。





私が向かったのは飴工房の奥の倉庫。ここには魔法の世界へ旅立つための鍵となる特殊な糖が保管されている。実は1度に摂取していい糖の量には制限がある。一日中男の子でいる程度の糖なら毎日とかじゃなければ問題はない。ただ、この量を摂取すればどうなるのかは私もわからない。けど、もう、決めたから…………





私は糖をひたすら無心に飲み込んでいった。いくつも、いくつも。ひたすらに。心臓が痛い。胸が苦しい。血管が破けそうだ。苦しい、苦しい。構うもんか、まだ、まだ。まだ、こんなんじゃ元に戻ってしまう……




……気が付けば魔法の世界に帰ったはずの僕は再び飴宮つかさという人間として、ツカサという存在としてつかさの部屋に立っていた。そして、つい数分前にひたすら書き連ねられたばかりの紙束を集中して読み返した。





「そうか……これがキミの……つかさの答えなんだね。」


僕は力無くへらりと笑いながら力一杯紙束をぐしゃりと握り締めた。





向き合う心、違えた答え




どうやら女の僕は精神面が弱いらしい。傷つけたくないから、彼の目の前から私が消えてしまえばいい?冗談じゃない。何のために今まで僕が飴宮つかさという人間を、僕という存在を、キミという存在を守ってきたと思ってるの?


いいよ、キミがその気なら僕だって同じようにさせてもらう。キミが僕なら僕はキミなんだから。大事なのは心の強さ。僕の憧れた漢……確かヒーロー名はリアルスティール。小細工無用、真っ向勝負。コレが彼のやり方だ。



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