「うん、微塵も信じてくれちゃなかったけど。」
「あー……まぁ、確かに。実際に見なきゃなんともっつーとこあるよな!」
もうすぐヒーロー仮免試験だから軽く手合わせに付き合ってくれとテツから呼び出された。学校の近所の市民公園で派手に闘ったけれど、僕の攻撃はリアルスティールの鋼鉄の身体にも通用するようで。彼は諦めんと何度も僕に向かってきたけれどまるで闘牛のように真っ直ぐ突っ込んでくるばかり。その度に足払いをかけて転ばせて、最後は関節技をキメて動けなくしてやって僕の勝利というわけだ。
さて、今は休憩がてら、互いの現状報告をしているというわけだ。ここ最近の出来事は全てメールや電話で報告済みで、現状、つかさが過剰摂取した例の特殊な糖が完全分解されていない飴宮つかさという人間は僕という存在のままでいる。しかしもう数日経過しているというのに身体に違和感が全く無い。流石にこれは僕も家族も心配で。まさか本当につかさが消えてしまうのではないか、なんて悪い妄想ばかりしてしまう。
「しっかしよォ、お前本当強くなったな。まさか俺が抑えられちまうとは。」
「僕の目標はテツ、キミだったからね。ずっと、キミみたいに強くなりたかったから……」
「そうかぁ?でも、昔から強かったよな。なんか色々習ってただろ?」
「んー……そういうのとは違うんだよね。なんて言うのかな……そう、キミの心の強さに憧れたんだよ。」
「……難しいことはよくわかんねェ!」
「ふふ、キミのそういうとこ、好きだよ。」
僕がふふっと声を漏らしてクスクス笑ったら、彼は口を開けたまま僕をじーっと見つめて微動だにしない。ただ、先日の切島とは少し違った感じなのはわかる。
「テツ?どうしたの?」
「……あ、ああ!いや、切島の言う通りだなってよ……」
「切島?彼がどうしたの?」
「あー!!いや、な、なんでもねェんだ!忘れろ!」
「忘れろって言われて忘れたらまずいだろ……」
テツはわははと大声で笑っている。僕は肩を竦めたけれど、まぁ彼が笑ってくれるならそれでいいか、なんて思う。それからしばらくお互いの学校の話をした後で彼と別れて、僕は一人で帰宅した。
というわけで濃密な前期を終えて、後期が始まった。ちなみに僕とつかさの憧れるヒーロー達は無事に仮免を取得できたらしい。ちなみに不合格者は雄英高校体育祭の個人戦決勝カードの二人だったらしい。大方、ヒーローなのに要救助者に対して無愛想だったとか、チームプレイが出来なかったとか、そういう対人関係能力が理由だろう。彼等のことはよく知らないが、なんとなく協調性は高くはなさそうだという印象がある。
さて、後期が始まったところで早速一つ悩み事ができた。切島からチャットアプリに頻繁に連絡が来るのだ。宛先は、女の僕。内容は様々だけど、どれも共通するのが会いたいというもので。もう半月、いや、もうすぐ1ヶ月にもなろうか、相変わらず僕は僕という存在でいるのだけれど……一つだけ変わったことがある。何故か食事を摂ってから30分ほど経過すると、1時間だけ女の姿に戻るようになったのだ。父曰く、食事を分解する際に消費するエネルギーの都合で、飴に使う特殊な糖も積極的に分解されているからだとか。実はこの糖、つかさの状態でなら全く摂取しなくてもなんの問題もないのだけれど、本来の飴魔法の個性のせいか、僕の状態で糖が切れると激しい目眩や動悸なんかの体調不良が起きてしまう。女の身体に戻る時の違和感の正体はそれのことだったりする。しかし今は女の身体に戻ることができずただの体調不良となるために、僕は必ず例の糖を毎日摂取しなければならないのだ。
話を戻そう。切島、彼からの連絡にはきちんとつかさの状態で返事をさせようとしているものの、返事を返した様子はない。それもそうだ、彼女は切島鋭児郎の前から消えるという選択をしたのだから。当初、僕が勝手に返事を返した時、頭に、亀裂が入ったかのような、ビシビシと石が割れるような感覚の激痛が走ったのを覚えている。つかさが、返事をするなと脳信号を通じて僕に叱りつけているのだと感じた。だが、僕も彼女も正直無視をするのは心苦しいのが本音。そこで、アプリの調子が悪いことにして返事を見送るのはどうだと手紙でつかさとやり取りをしたところ、なんとか了承を得ることができた。
ところがそのしわ寄せは全部僕に寄せられる。今日も返事が来なかった、と切島は少々涙目になりながら僕に語りかけてくる。そう、コイツは放課後になると頻繁に隣野高校に現れるのだ。寮制度が導入されたばかりにほとんど毎日彼の顔を拝むようになってしまった。先日の、登下校できなくなるから寂しいね、なんてやりとりは何だったのか。ちなみに現在僕等がいるのは駅前のアイス屋だ。以前アイスを奢った時もつかさに関する悩みを聞いてやったっけ。
「あ、そういやさ。」
「ん?」
「俺、もうすぐインターン行くんだわ。」
「へぇ、いいじゃん。すごいね、まだ入学して半年も経ってないのに。せっかく仮免も取ったんだし、頑張ってきなよ。」
「おう!つーかよ、お前、鉄哲に勝つぐれー強ェんだろ?何でヒーロー科入らなかったんだ?隣野高校にもあんだろ?」
「あぁ……うーん、僕はヒーローに興味がないっていうか……目立ちたくないんだよね。」
「へぇ……ま、人それぞれだよな!ま、ツカサはヒーローじゃなくても十分かっけえぞ!」
「そりゃどーも。」
聞いてもないのに彼はインターンのことを嬉しそうに語ってきた。どうやら3年の先輩に頼み込んで、わざわざ関西地方まで出向くとのこと。そういえば関西のヒーロー事務所は武闘派を欲しがっているとか、学校で聞いたことがある気がする。確か……剛健ヒーロー・烈怒頼雄斗、だっけ。明るく前向きな彼ならまぁ、どこへ行っても卒なくこなすのだろうけれど……
なんて思いながら適当に相槌を打っていると、ちゃんと聞いてんのかー?と少し不満そうに言われてしまって。聞いてる聞いてる、とクスクス笑いながら返したら前回同様、彼は燃えあがる赤い髪と同化したように顔を赤くして、急に照れ照れし出して目線をキョロキョロ泳がせ始めた。実は先日、そんなに僕の笑った顔がつかさに似ているのかと鏡の前で笑顔を作ってみたけれど全然似てないとしか思わなかった。この男にはいったい僕がどう映ってるのだろうか……おっと、時計はもう18時を指しかけている。そろそろ帰らなければ。
「僕、そろそろ行かなきゃ。関西でインターンだっけ?ま、無理せず頑張りなよ。」
「おう!ありがとな!」
切島と共に店を出て、僕達は別々の道を帰った。真面目で熱血な彼のことだ、インターンにも一生懸命励んで、終わった頃にはまた一段と燦然と光り輝く笑顔で会いに来るのだろう。僕も、いや、僕達も笑顔で迎えられるよう、彼が戻ってくるまでにもう一度つかさと僕は向かい合って話をしなければならないなぁと気持ちを強く前に向けたのだった。
前を向いて
つかさ、彼は自分の夢に向かって、なりたいものに向かって、真っ直ぐ走っているよ。
僕だってそうだ、憧れのヒーローのように小細工無用、真っ向勝負でキミとも彼とも向かい合っているつもりだ。
前を向け。見るのは憧れのヒーローと未来だけでいい。心の鍵を開けてくれ。僕だって同じだ。自分自身が許せない人が、誰を許せるというのだろうか。