「うおぉ!飴宮が女子に戻った!」
「俺、初めて見たかも……つーか最近いつも男の方でいるくね?」
「何、飴じゃなくて飯食ったら戻るの?」
「あっ、え、っと……」
周りの席の男子たちに捲し立てられるように質問されて頭がぐるぐるする。中学生の時のような嫌な感じじゃなくて、みんなただ仲良しのクラスメイトとして私に興味を持っているのはわかるんだけど、如何せん答えにくい質問というか、どちらかといえば答えたくはない質問ばかりで。困った様に二人の女子をチラリと見やると、溜息をつきながら二人は男子たちを諫めてくれた。私が個性を発動していてもこの二人はもちろん、スポーツ科のみんなも先生も、全く態度を変えることなく接してくれるのが本当にありがたい。けれどみんな当然同じ疑問を持つわけで。
「でも、アタシも気になってたんだけどさ、最近、朝から男子の姿で来てるのは何でなの?」
「ほんとほんとー、まさか、まだこの前のイケメン君に本当のこと言えてないの?」
「……言えないよ。彼は、男の私を親友だと思ってるもん。」
なんとなく、鋭ちゃんの話題をするのが気まずくて、スマホを持ってテキトーにニュースを開いてみた。すると検索ページのトップにデカデカと『新米サイドキック
「ちょ、つかさ!?大丈夫!?」
「つかさがそんなに驚くの珍しいねぇ、どうしたの?」
「し、初日から市民を背負い、単独
とても驚いた。ツカサの言う通り、私と彼は向いてる方向が違いすぎる。嘘つきの私とは、全然。
この後の授業は全然集中出来なかった、というのも、久々に私は飴を口にせず、女の子の身体のまま今日を過ごしたからだ。結局私は糖の過剰摂取で個性暴走を起こしてなかなか元に戻れないだけだったことが判明した。あんなに考えて勇気を振り絞ってとった行動なのに、ただの個性暴走で片付けられてしまうなんて……我ながらなんて情けない……
鋭ちゃん、かっこよかったな……卒業後は関西のヒーロー事務所に入るのだろうか。向こうにいっても仲良く……いや、何を考えているんだ私は。もう彼とはおしまいだって、決めたはずじゃないか。でも、弱い私はこの気持ちと決別できなくて、それであんなバカなことをして、自分自身に、もう一人の自分にも迷惑をかけて……
ここ数日、ツカサと毎日手紙でやりとりをした。要約すると、鋭ちゃんは私からの返事を心待ちにしていること、きっとこの個性を打ち明けても彼ならばきっと受け入れてくれるとツカサは信じているということ、そして、心の鍵を開けて、という文字。心の鍵、私にぴったりすぎるその表現に思わず舌を巻いてしまう。
飴さえ口にしなければいいじゃないかとクラスメイトの女の子達から言われたけれど、生憎そんなわけにはいかない。鋭ちゃんは男の子の私に会うことをとても楽しみにしてくれているのだから。何度も何度も憧れだなんて言われて内心嬉しくないわけがない。
私だってわかってる。彼が、こんなことで離れていく人じゃないって。信じたくもなる。でも、やっぱり消えないんだ。過去の出来事をなかったことにはできない。ツカサと私は同じ人間のはずなのに、どうしてこんなに違うのか。まるで背中合わせだ。ツカサが前を向いているなら私は後ろを向いている。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
ずーっと考えているといつの間にか自分の部屋にいた。夕飯やお風呂を済ませた記憶はぼんやりある。今日は飴を口にしていない。でも、そんなことは関係ない。ツカサと私は切っても切れない関係だ。個性なんて言葉じゃ言い表せないような、とても大切な関係。私が前を向くことはツカサのためにもなるのだろうか。
「ツカサ……教えてよ……私、どうしたらいいの……」
心に鍵をかけて、ひとりぼっちで閉じこもっていても何も答えなんかでなくて、ぽつりと口から出た言葉。奇跡って本当にあるんだね。今、この身体の主導権は私が握っているはずなのに、頭に響いたのは確かに私の考えではないはずの確固たる意志だった。
『キミはキミだ。大丈夫、僕がついてる。だから、ただ後悔のない生き方をしよう、二人で一緒に。』
ただ、後悔のない、生き方……
昔、どこかで聞いたことがある気がする。確か、だいぶ古いヒーロー……なんとか
いつまで傷ついたフリをしているんだ。傷ついてるのは私だけじゃないじゃないか。鋭ちゃんだって、てっちゃんだって、爆豪くんだって、あの体育祭の雀斑の子だって、轟くんだって……そして……ツカサだって、きっとそうだ。私が知らないだけで、彼等はみんないつだってそうに違いない。辛い現実があっても、どんなに高い壁があっても、彼等はいつだって更に向こうへ乗り越えていくんだ。
私も……そう、なれるだろうか
いや、なるしかない
なってみせる
なんのために、ここまで来たんだ
なんのために、強くなったんだ
なんのために、わざわざこんな遠くの学校に来たんだ
変わりたいからじゃなかったの?
今までと同じでいいの?
私は、変わりたい
あの、真っ赤なヒーローのように
私も、前を向きたい
私も、憧れているから
大好きな真っ赤なヒーロー曰く、真の漢だという
魔法の世界からやって来た彼に
そして、その真っ赤なヒーローに
心の鍵を開ける時が来たのだ
私はスマホを取り出して、メッセージアプリを開いた。つらつらと連なる鋭ちゃんからのメッセージ。話の内容は見なくてもわかる。ツカサの中からメッセージも話も全部全部見聞きしたのだから。私の心を溶かしてくれて真摯に向き合ってくれた人にこれ以上恥を晒すわけにはいかない。勇気を出して、私は彼に宛てたメッセージを一言だけ送信した。
私の、いや、私達の信じた彼なら、きっと受け入れてくれるはずだ。彼の優しさに、漢らしさに甘えているだけなのかもしれない。だけど、信じているからこそ、そうすべきなんだと思う。この数日、ツカサの中から全部見ていた。沢山考えた。私はただ個性を使っているだけで、こんな風に一人きりになるために閉じこもったことなんてなくて。ツカサはいつもこうだったのだろうか。
もうすぐ、鋭ちゃんと知り合って半年が経つ。文字だけ見ると長いように感じるけれど、実際はあっという間だった。出会った時の私は男の子で、突然、憧れるだの、漢だなんだと言われて、苦手だなと思ったのが正直な気持ちで。けれど、女の子の姿で出会った時の彼はとても親切で男らしくて……いや、どちらかと言えば漢、なのだろうか。てっちゃんもそうだけれど、彼等を見ているとなんとなく、男じゃなくて漢っていう生き物がわかる気がする。
私も、女の子だけど、漢に、なりたい。あんな風に真っ直ぐにかっこよく、後悔しない生き方を。私は雄英生じゃないけれど、私も、持ってもいいのだろうか。
次に彼に会うときは、全て話そうと決めて。私は飴を口にした。
心の鍵を開ける時
ずっとお返事をせずにごめんなさい。
どうしても、鋭ちゃんに聞いてほしいことがあります。
インターンシップが終わったら……
ううん、こんな前置きはいらない。
一言だけでいい。
それが心の鍵なのだから。
『会いたい。』
ただ、それだけ。