主人公

てっちゃん曰く、もうインターンシップは終わったはずなのに、あの後しばらく鋭ちゃんからお返事は来なくて。やっぱり私がずっと無視していたから、もう私とは話したくなくなってしまったのだろうか、なんて不安に思っていると、メッセージアプリの通知音が。慌てて開くと、そこにはミイラ男の写真とともに、俺も会いたい!のメッセージ。普通ならばこんな大怪我をするなんて、と心配するところなのだろうが、ミイラ男(笑)なんて添えられているのを見るとどうやら心配なんて必要なさそうだ。


さて、9月ももう終わり、10月を迎えた頃。今日も1日頑張った。6限を終えて部活動に励む時間だ。私は飴を口にした。前を向こうと決めたあの日から、この飴を口にする瞬間が全然憂鬱にならなくなった。まるで私自身も楽しい魔法の世界に飛び込める様な気持ちになる。さぁ、魔法の時間の始まりだ。





以前と一つだけ変わったこと。きっと、僕とつかさの心が同じ方向を向いているからだろうか、つかさならこう考えるんじゃないか、という新しい考え方をするようになったことだ。そしてそれはつかさも同様で、僕ならこう考えるだろう、ということがわかるようになったらしい。お互い、自分のものではないはずの考えが急にぽっと脳内で音声として再生されるような感覚。最初は全然慣れなくて僕達は二重人格なんじゃないか、なんて悩んだけれど、家族に相談したら父も叔母も、祖母もその弟もそうだと言われてほっとした。どうやら個性使用中のもう一人の自分と心が通っていれば飴宮の人間はこうなるらしい。


さて、相変わらず切島からは恋愛相談……というかこいつやっぱりホモなのかもしれない、と思うような文面が最近増えてきているような気がする。会いたい、次はいつ会える、また二人で出かけよう……いや、こんなのつかさだけに送ってやれよ、なんて思う。最近つかさはツカサばっかりズルいなぁ、男同士の友達っていいなぁ、なんて言う始末。僕はキミでキミは僕だろう、なんてツッコミを心の内側で唱えたけれど、その考えは彼女の頭にも浮かんでいた様でクスクスと可愛らしい笑顔を浮かべていたっけ。そういえば最近、テツの前でも同じ笑顔で笑っていて、髪の毛がぐしゃぐしゃに乱されるほど撫でられていたのは心の内側の僕も少し恥ずかしかったなぁ、なんて。色々考えていたら少し身体に気持ち悪い感覚が。フラッと壁にもたれて自分の身体の違和感を黙って受け入れる……





「げー、だぼだぼ……飴……学校に忘れちゃった……はぁ……」


服装がツカサのサイズに合わせたものだからズボンの裾を持って歩かなきゃならなくて。しかもここは雄英高校の近く。そそくさと逃げる様に早足になるけれど、どうしてこうも私と彼の出会すタイミングはいつもいつもこうなのか。


「……つかさ?」

「え、いちゃん……?」


2ヶ月ぶりくらいだろうか……もう定かではないけれど、久しぶりに会ったからかお互い目が合うと中々声を出せなくて……なんてことはなく。相変わらず若干デリカシーに欠けている彼は失礼な言葉を投げてきた。


「なんでそんな長ェズボン履いてんだ?脚長く見せたかったのか?」

「失礼だな!これは……ツカサの服だよ!」


かなり思い切った言葉。普通ならこれで勘付くんじゃないだろうか。けれど、自ら同じ人間だと語っても笑い飛ばして終わってしまった彼はやはり普通の人とは一味違うわけで。


「ははーん……さてはアイツがつかさの服着て入れ替わろうとか考えてたんだろ!」

「……キミさぁ、そんなんだから筆記の成績悪いんじゃないの?」

「うおっ!その喋り方なんか瓜二つだぜ!」

「……もういいや。でも、久しぶりだね。」

「本当だよ!なんで返事してくれなかったんだよ!つーか俺もインターンでここ最近返事遅れててごめんな!」

「ごめんね、ちょっと色々忙しくて……あ、インターンお疲れ様。見たよ、ネットニュース。
烈怒頼雄斗レッドライオットかぁ、かっこいいね。」

「……!!いや、俺なんてまだまだだわ……」

「うーん、そうだねぇ……そんな弱気な発言してる間は私の方が強いかもしれないね。」

「な、何ィ!?それは聞き捨てなんねーぞ!」


まるでツカサと鋭ちゃんが話している様だ。面白くてクスクスと笑ったら、鋭ちゃんが持っていたコンビニの袋をどさっと落とした。何をしてんだか、とそれを拾って差し出すも彼は口を開けたまま動かない。心なしかその顔は赤くなっている様な気もする。背後の夕陽のせいで断定はできないが。


「……何?」

「……えっ!?い、いや、別に、何も……そ、そうだ!俺らもうすぐ文化祭あって……あ、でもそっか、一般の人はごく限られた人しか入れねーんだった……」

「奇遇だね。私ももうすぐ文化祭だよ。確か演劇発表会やりたいとか文化委員が言ってたっけ……」

「えっ?そ、それって一般人も入れるやつか?」


鋭ちゃんはキラキラと目を輝かせている。言いたいことがモロバレだ。来たいんだろうなぁ……


「そりゃそうだと思うよ。雄英と違って隣野高校は襲われたことなんてないし……良かったら来る?」

「えっ!?い、いいのか!?」

「うん、ツカサも来いって言ってるよ。」

「……は?えっ、何、どういう……」


鋭ちゃんは言葉を続けようとしたのだけれど、18時を知らせる時報がどこからか鳴り響いてきて。彼はインターンの間の補講の合間に買い出しに出ていた様で、慌てて高校の敷地内に駆けて行った。私も帰ろう、と服を両手で持ちながら駅までさっさと歩いて行った。


自室のベッドに寝転がって漫画を読んでいたら、スマホにチャットアプリで連絡が。画面を確認すると鋭ちゃんからで、今日は折角会えたのに全然話せなくてごめんといった内容だ。そういえば、こんなに長い期間会っていなかったのに、全然感動の再会なんて雰囲気じゃなくて、いつも通りのやりとりだったっけ、と言っても私はツカサの中からずっと横目で鋭ちゃんを見ていたからなのかもしれない。


これまで冷たくしてしまったことに申し訳なさを感じつつ、文化祭の件について私の方から話題をふった。チャットで話しているうちに雄英高校の文化祭より隣野高校の方が1週間早く文化祭がやってくることがわかった。ひとまず友達を誘えば?と送ってみたら、鉄哲を誘う!と返ってきて。暑苦しすぎる、なんて思ったけれど、最近肌寒いと感じることもあるし、ちょうど良いのかな?と思うとクスクスと笑いがこみ上げてきた。返事をしなかったからだろうか、今笑ってんじゃねーだろーな!?と送られてきて、私はゲラゲラ笑ってしまった。





今日は文化祭の配役決め。みんなアクティブな動きの多いものを希望しているけれど、私は別になんでもよくて。余った配役に回るよ、と言ってしまったのが運の尽き。なんと主人公の役が空いていて。私は椅子をガタンと倒して立ち上がった。


「……!?う、嘘でしょ!?」

「この役は飴宮しか無理だろ!」

「で、で、でも……ほ、他にもいるじゃん!ほら、キミとか!顔立ちも可愛いし!」

「おまっ、男に向かって可愛いとは何だよ!俺は嫌だぞ!」

「飴宮はクラスでも一番小せェしお前しか無理だって!な、頼むよ!」


演目は二つで、一つは感動系の家族モノ、もう一つは桃太郎に近いもの。なるほど、桃に閉じ込めたいわけね……結局引き受けることにして、わたしが主人公だからか飴太郎なんてタイトルに。しかも川を流れてくるのが桃じゃなくて飴になってしまった。公演は1日に4回で、奇数回が感動系の家族モノ、偶数回がわたしの出演する飴太郎だ。主人公の性別を回毎に使い分けたら面白いんじゃないか、なんて提案をされて、とりあえず午前はツカサ、午後の最終回でわたしがという分担になった。


きっとこの文化祭で、わたしの正体は彼にバレてしまうだろう。もしかしたら今まで出会った人のように騙していたのかなんて怒るかもしれない。気持ち悪いと罵ってくるかもしれない。でも、それでも、構わない。わたしはもう逃げたくない。鉄の心を持つ幼馴染の様に、魔法の世界の彼の様に、そして、あの太陽の様な真っ赤なヒーローの様に。わたしも、正面から正々堂々向き合いたい。何もせず過去の弱さに負けるなんて、そんなの嫌だから……





主人公




主人公の飴太郎を演じる以前に、わたしは、わたしの人生の主人公なんだ。主人公が逃げるなんてそんな物語があってたまるか。












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