役割交代

あっという間に時は経ち、今日は隣野高校文化祭。午前中は僕が飴太郎に出演するということで、朝から飴を舐めている。第1回目に僕は登場しないため、正門で暑苦しい二人が来るのを待っていると、遠くから燃え上がるような赤色と鋼鉄のような鈍色が徐々に近づいてくるのが見えた。


「「ツカサー!待たせたな!」」

「ダダ被りかよ……朝から元気だね。」

「おう!っと、ツカサ、トイレってどっちだ?」

「あ、そこの校舎に入って右に進んだところの左手にあるよ。ここにいるから行ってきなよ。」

「悪ィ!ちょっと待っててくれ!」


切島が慌ただしく校舎へ向かって駆けて行ったと同時にテツが僕の肩に肘を置いてこそっと話しかけてきた。


「なぁ、個性の件だけどよ、自分で切島に言うってマジか?」

「うん、僕じゃなくてつかさが決めたことだよ。」

「今日、なのか?」

「それはわからない。まだどうやって伝えるのかは決められてないみたいでね。理想は今日の文化祭で彼が自分で気付いてくれることなんだけど……」

「……気付くと思うか?」

「……やっぱり?」


テツと僕はぷっと笑い合った。これまで微塵も気付いてない上に、この僕が自己申告してもなお冗談だろと笑い飛ばす男が自分から気付くなんてあるわけないだろ、なんて言っていると切島が戻ってきて、何笑ってんだ?なんて。お前が面白いって話だよ!とテツが笑いながら切島の背中をバシバシと叩いていた。


一通り敷地内の説明をして、僕のクラスの演劇のチラシや他クラスの出し物の食券をいくつか渡した、と同時に身体に例の違和感を感じて。あとは二人でごゆっくり、と口早に告げて、自分のクラスの準備があるからと僕は颯爽とみんなが待つスポーツ科専用体育館へと駆けて行った。体育館に着いた頃には完全に個性の効果は切れていた。


「はっ、はぁ……ギリギリ、セーフ……」

「飴宮!もう準備できてるから、服着て中入ってくれ!」

「あ、ありがと……うぅ、狭いよ……」


そう。桃た……じゃない、飴太郎が入る飴は小さくて本当にこの中に入れるのは私だけなのだ。しっかり飴を握りしめてみんなで作ったボール紙の飴の中に入り、ドキドキしながら待っていると、どんぶらこどんぶらこ、という効果音と共に運ばれながらステージへと移動した。


飴を開けられる前に飴玉を口の中に入れた。口の中に檸檬の甘酸っぱい味が広がると同時に骨が軋む感覚がした。胸は縮み、腕や脚がのびていく。肌質も髪質も硬くなり……ぱちっと目を開けると、僕はステージのど真ん中、目の前にはおじいさん役とおばあさん役のクラスメイト。観客席には他校も含め大量の女子高生、地域の小さな子連れの親、ちらほらと男子生徒もいるけれど、やはり彼等はあんな髪の色だからどこにいても目立つなぁと思わず笑みがこぼれてしまった。一瞬切島が目を見開いた気がするけど多分気のせいだろう。


物語は滞りなくサクサクと進んでいった。きび団子の代わりに飴の入った袋を腰につけていたのだが、これがまた観客席から可愛いと好評で。鬼を倒した後、めでたしめでたしのコールの直前に個包装の飴を観客席にひゅんひゅんっと投げたら黄色い歓声が湧き上がった。もちろん切島とテツの方向にも飛ばしてやったんだけど、彼等は拾った飴を近くの子どもに渡していて、流石ヒーローだななんて少し感心してしまった。


終わってからは昼休憩で、僕は昼食を三人でとる約束をしていたために慌てて着替えて待ち合わせの出店へと向かった。進学科のアニマルカフェへ入店した途端、先程の観客の女子高生達に纏わり付かれてしまい、困っていたところで切島が近付いてきて、俺の連れなんです!と大声を出しながら僕の手を引いてテツの待つテーブルへと誘ってくれた。こんなこと、僕がつかさの時は絶対できないんだろうな……なんて思うと笑いがこみ上げてきてしまった。三人で席に着いて、適当にランチを注文して、食べながら先程の劇についての話をした。


「ツカサ、女子からの人気凄かったなァ……」

「そう?うーん、スポーツ科の男子、みんな顔面偏差値高いから僕っていうより全体に対してじゃない?」

「いやいや!主役のツカサが動く度に女子の悲鳴が凄かったぜ!おめェ、劇の中でもめちゃくちゃかっこよかったし、マジで憧れの漢だわ……」

「……そりゃどーも。」


憧れの漢、ね。キミの憧れの漢はオンナノコ、なんだけどな……なんて思いながらもしゃもしゃとホットサンドを頬張る。


「ところで、ツカサとつかさって同じクラスだったんだな……でもさっきの演劇につかさはいなかった、よな……?」

「あー、うん、黙っててごめん。そう、同じなんだよね。午後からは僕と役割交代なんだ。」

「えっ!?そうなのか!?女子でも男役の飴太郎やるんだな……あれっ、そういえばつかさは今何やってるんだ?」


出た。この質問。そもそも来るかと誘ったのはつかさなのに、僕が案内してやってること自体がおかしいんだけども、運が悪く今日はもう女の身体に戻るタイミングが最終公演の前だけなんだよね。


「うーん……昼ご飯でも食べてるんじゃない?」


彼女の胃袋に食物を詰め込んでいるのは僕だけれど。しかしテツの発言のおかげで胃袋をひっくり返されたと思うくらい驚いてしまった。


「……役割交代、っつーことはつかさのヤツ、午後は個性使わねーんだな!」

「ぶっ!!ぐっ……ま、まぁ、ね、そのつもり、なんじゃない?多分……」


テツの台詞に危うく飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになってしまった。もちろん切島も聞き逃すわけがなく。


「えっ!?て、鉄哲!おめェ、つかさの個性知ってんのか!?」

「あ?まー幼馴染だしよ……」

「あ、そ、そっか、そーだよな……」


テツは僕を一瞥して、切島をじろっと見た。


「……見当もつかねーのか?」

「あー、いや、なんかこう、変身系?かなんかなのは知ってっけど……雰囲気的に聞きづらくてよ……」

「……そろそろわかるんじゃない?多分、だけど。」

「そうか……?あっ、もしかして長いこと連絡なかったのって個性の都合か……?」

「……ある意味そうかもね。あ、僕、次の公演まで暇だから少し遊ばない?普通科のアスレチックとか芸能科のカラオケ大会とか楽しいと思うけど。」

「お!楽しそうだな!切島、勝負しようぜ!」

「あ、ああ!よっしゃ!絶対勝つ!」


多少強引だがなんとか話を逸らすことができた。チラッとテツを見やると目があって、小声で同時に、察しの悪い奴で良かったな、と。テツは僕に気を遣って話に乗ってくれたみたいだ。やっぱり彼は僕にとってはいつだってヒーローなんだと改めて実感した。





「ス、スポーツ科の飴宮!?」

「男のお前が参加したら誰も勝てねーだろ……」

「あ、僕は見てるだけね。やるのはこの二人。」


普通科のアスレチックに入ったら、受付の男子が僕を見るなりこんなことを言ってきた。僕は切島と鉄哲をずいっと前に押し出して、とっとと受付を済ませて二人の入場を見送って僕だけゴールの方へすたすたと歩いて行った。さて、どっちが先に戻ってくるだろうか……


数分後、息を切らせながらほぼ同時に二人とも右手を伸ばしながら同じ体勢でゴールに飛び込んできた。陸上競技はトルソー……胴体部分がフィニッシュラインを越えるのがゴール認定になるのに、と軽く呆れていたら、どっちが勝った!?と凄い剣幕で聞かれてしまって。


「……こ、声の大きさなら切島。」

「っしゃあ!」

「チクショー!もっと鉄分を摂っていれば……!」

「……鉄分関係なくない?」


僕が冷静に突っ込んだら、テツと切島から、細けーこたァ気にすんな!と両肩をバシバシと叩かれてしまった。この馬鹿力どもめ。またここから真の勝者を決定するとか何回か再入場をかましていた。


さて、芸能科のカラオケ大会に連れて来たところで僕のスマホが震え、ちらっと画面を確認すると、結構ヤバイ時間になっていて。今すぐスポーツ科専用体育館のステージに来てくれとの連絡が入っていて、僕は二人に事情を軽く説明してから体育館へ駆け戻った。結構遠くにあるからだいぶ全力で走っていたのだが、途中で身体に違和感を感じて、目線がみるみる下がっていくのがわかった。体育館に着いた時は完全に個性の効果は切れていた。


「……はっ、はぁ、ど、どうしたの?」

「おお、飴宮!いや、あれ……」


上を見上げると、ひとつだけ傾いている照明があった。気のせいだろうか、少しだけ揺れ動いているようにも見える。


「……!?うわぁ……これは……先生には言ったの?」

「ああ、今、女子が言いに行ってる。とりあえず、飴宮は一番ステージに立つ時間長いし、早く伝えとこうと思って……」

「……落ちてきたらどうするの?」

「……俺らなら避けれるけど、観客席、だよな。」

「なぁ!もう公演時間近付いてんだけど、観客席ほぼ満席だぞ!」

「えっ!?嘘でしょ!?」


暗幕の端を少しだけ捲ると観客席は本当にほとんど満席で。しかも鋭ちゃんとてっちゃんは先頭の席に座っている。来るの早過ぎない……?特に鋭ちゃんは前のめりになって目をキラキラさせている。仕方ない、なるべく上に注意を向けつつ、クラスメイトと協力して安全に気を配りながら観客をパニックにさせないよう演技を続けるしかない。私達は全員で顔を見合わせて頷き、いそいそと本日最後の公演の準備を始めたのだった。





役割交代




ツカサ、てっちゃん、それから、鋭ちゃん。私の飴太郎、しっかり見ててね。私は、飴太郎。この物語の主人公、そして、私自身の人生の主人公だ。私も、前を向いて、前に進むって決めたんだ!


微かに揺れる照明の下、物語の幕が上がった。



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