男らしくねー

寮に帰るなり瀬呂と上鳴から、何か進展はあったのかと聞かれ、折角のチャンスをモノにできなかったことを告げると腹を抱えて笑い出した。男のツカサにキスしてみたら、なんて言われちまったが正直俺はそれも構わねェと思ってる。ぶっちゃけつかさもツカサもいろんな意味で俺をドキドキさせるしどっちもめちゃくちゃ好きなのは同じだ。


結局夜遅くまでアイツらに揶揄われてよく眠れないまま翌日を迎えちまった。俺とつかさは互いの高校の近くのファミレスで一緒にテスト勉強をしている。つかさは一度もペンを止めずにスラスラと数学の問題を解いていく。ちらっと問題を見たが俺にはさっぱりわからねェ。俺の視線を感じ取ったのか、つかさはパッと顔を上げて、わからないことがあったら聞いてね、だと。ふわっと揺れた髪の毛がすげー綺麗で、思わずそれを口にしちまった。


「……なんでそんなに綺麗なんだ?」

「……ん?数式のこと?」

「え?いや、髪が……」

「紙?あぁ、私、余計な途中計算は書かないから……別に計算用紙用意してるの。よかったら使う?」

「え?あ、あぁ、ありがとな。」


なんとなく会話が噛み合ってねェけど、どうやらつかさの得意科目は数学だということがわかったからよしとする。つかさのノートはめちゃくちゃ綺麗だ。八百万や緑谷にも負けてねェ。だが、そんなつかさにもわからない問題があるようで。ぴたっとペンを止めて、ペンの端を唇に押し当て、うーんと小さく呟いた。


俺はというと、つかさの唇に釘付けになっていた。やや乾燥した俺の唇と違って、ぷるっぷるに潤っている血色の良い唇。ペンの端が離れて、次に当たった物は飴。棒付きの、虹色の丸い飴だ。つかさは飴玉にちゅっと口付け、一度だけぺろりと赤い舌を出して舐め、そのままぱくりと咥えた。いいなぁ……俺も飴になりてェ……


「……鋭ちゃん、さっきからどうしたの?ぼーっとして。」

「あ、あぁ、いや、別に……」

「……そこ、違うよ。ほら、グラフは下に凸だから……」

「えっ?……こ、こうか?」

「うん、そう。でも、この問題は範囲が決まってるよね、その場合はどうしたらいいと思う?」

「あー……そっか、頂点は外にあるのか!」

「そうそう、うん!ちゃんと考えればできるじゃん!」


つかさは教えるのも上手で、この後もいくつもいくつも質問をしたが全部こんな風に俺が自分で考えて理解できるよう誘導しながら教えてくれた。


一日中勉強して、今日の礼につかさの食いたい物を奢るっつー申し出をすると、ギュッと俺の手を握ってぐいぐいと引っ張りながら歩き出した。この方向はきっとタピオカドリンクの店だろう。


想定通り、タピオカドリンクの店だった。つかさは嬉しそうに定番のタピオカドリンクを注文して、ニコニコしながら美味そうに飲んでいた。こんな顔が見れるんなら何度だって奢ってやりたくなっちまう。テラス席でドリンクを飲みながら教科書を眺めるつかさはめちゃくちゃ綺麗で、なんだか一気に喉が渇いた気がした俺は自分のオレンジジュースをゴクゴクと勢い良く飲んだ、と同時に突然背後から俺の名を呼ぶ声が。


「切島ぁー!」

「ぶっ!げほっ!……瀬呂か、どーした?」

「いや、後で八百万と緑谷が勉強見てくれるっつーからさ、そん時のためのジュースとかポテチとか買いに来た!」

「おっ!いいな!夜なら俺も……あっ、つかさ、その、八百万って女子なんだけどよ……その、う、浮気とかしねーからさ……行ってもいいか?」

「ん?遠慮しなくていーよ、1点でもたくさん点数取れるよう頑張って!」

「ん?つかさ……?あー!あんたが切島の!へー、そっかそっか……って、その問題集マジか!?さっき八百万と飯田が全然わかんねーって諦めかけてたヤツだぞ!?」


瀬呂の言葉に俺も心底驚いた。つかさは全く動揺せず、この問題集ならうちの高校指定だから普通に授業で全員使ってるよ、とのこと。一体どんだけの頭してんだ。それから少しテストの話をして、時間も時間っつーことで、つかさを駅まで送ってから俺は瀬呂と歩いて帰った。


「いやー、あのつかさって子、めっちゃ頭いいのなー、あの数学の問題集マジでヤバいらしいぜ。」

「まァ、俺でもわかるように教えれるくらいだからな……」

「恋の方程式でも教えてもらったのか?わはははは!!」

「ぶっ!瀬呂、てめっ!揶揄うなよ!」

「悪かったって!わはははは!」


恋の方程式、そんなもんがあってくれれば俺達はもっと早く結ばれていたはずだ。聞いた話、つかさは夏頃からもう俺のことを好きになってくれていたとか。恥ずかしがる必要なんてねェのに、なんて俺が言えた義理じゃねェけど……


「あの彼女、結構人見知り激しいよなー。お前、よく付き合えたな。」

「え?そうか?」

「俺が近寄った途端、すげー真顔になってなんかそっけなくなってなかったか?」

「あー……あんま男は得意じゃねーと思う。」


そう、実は俺の最近の悩み。実のところ、つかさは俺と恋人っぽい接触をするのを避けているように見えることだ。ツカサ曰く、恥ずかしがってるんじゃない?ということだが実際はどうかわかんねェ。もし、もしも、怖がっていたら……そんな不安がずっと胸ん中をぐるぐる回っている。昨日の、キスがしたいっつー発言も相当まずかったんじゃねーか……?


「でも、切島ってすげーなぁ。」

「ん?何がだよ。」

「いや、あの子さ、切島の前ではニコニコしてたじゃん。ほら、爆豪もだけどお前とはなんか他の奴らと違うっつーか……」

「そうか?別に普通だと思うけど……」


なんて話をしているとあっという間に寮に着いた。夕飯や風呂を済ませて勉強道具を持って共同スペースに行くと、緑谷と八百万を中心に勉強会が始まっていた。俺は上鳴の隣に座って数学のノートを開いたが、それを覗き込んできた上鳴が突然ヒソヒソと話しかけてきた。


「お前良かったん?つかさちゃんと勉強だったんじゃねーの?」

「ん?いや、夜まで時間潰しちまうの悪いだろ。」

「俺はてっきり泊まりかと思ってたぜ。」

「ぶっ!?と、泊まりィ!?アホ抜かせ!ま、まだ俺ら高校せ……はっ!」

「んー?切島ァ……今、何を想像した?」


俺だって男だ。泊まり、なんて言われたらそりゃ想像せずにはいられねェわけで。


「ち、違うからな!俺ァ決してやましいことなんか……!」

「わははは!こりゃ保健体育は期待できそうだな〜!」

「ッ〜〜〜!!も、もう寝る!」


上鳴に揶揄われたのが恥ずかしすぎてこの場にいるのもままならなくなっちまって、結局せっかくの勉強会にゃろくに参加できず部屋に逃げ帰って来ちまった。シーンと静かな部屋で一人、頭を抱えているとまたしても瀬呂の言葉が反芻された。



『男らしくねーよな。』



……もしかして、男があんま得意じゃねェつかさは俺が男らしくねーから付き合ってくれてんのか?そういや俺はつかさのこんなところが好きだのあんなところが好きだのすぐに言えるが、つかさからあまり俺のどこが好きだと聞いたことがない気がする。なんだか自信を失くしちまった俺は深い溜息を吐いてそのままベッドに身を沈めたのだった。





男らしくねー




「あっ、もしもし?てっちゃん、ごめんねテスト近いのに。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」

「ん?俺に?いいぜ!なんでも言え!」

「ありがとう!あのさ、絶対鋭ちゃんには秘密にしてほしいんだけど……」





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