稽古が終わったら真っ直ぐ家に帰って、山盛りのご飯を食べた。今日もお母さんのご飯は最高だ。お腹を膨らませた後はお風呂や予習をささっと済ませて明日の準備を大方片付けた。あとは着る服と荷物の確認をするだけだ。隣野高校スポーツ科は毎日授業に体育が組み込まれているから、女子は着替えやすいようにスカートで通学する人が多いと昨日友達から聞いたために、私は憧れの可愛いスカートを履いてみることにした。登下校中は間違っても飴を口に入れないようにしなければ。それから、提出書類も揃えたし、教科書やノートもバッチリだ。あとは定期と学生証と…………ん?足りない…………!?
「がっ、学生証が無い!?なんで!?」
考えられる可能性は二つ。忘れたか落としたか。前者であれば学校に行きさえすれば良いものの、後者であれば見知らぬ人に自分の個人情報を握られたも同然だ。明日は朝一番早い電車で行こうと決意してベッドに潜ることにした。
朝がやってきて、私は始発に間に合うように家を出た。流石にまだ空も薄暗く、駅は閑散としている。しかしこんな時間にもかかわらず多くの駅員が構内を彷徨いている。私は近くの駅員に声をかけて、学生証の落とし物がないか確認してもらったけれど、生憎届いていないとのことだった。仕方がないからそのまま始発の電車に乗って、私は隣野高校の最寄駅へ移動した。こちらでも駅員に確認したけどやはり学生証は届いていないようで。私は肩を落としながら学校へ向かった。
流石文武両道といったところか、電車は始発の時間帯なのにすでに朝練を行っている部活動がある。幸い校舎も全て解錠されていたので、昨日自分が訪れた教室や更衣室、体育館、運動場に視聴覚室を確認したけれどやはり学生証は出てこなくて。ここまで探しても出てこないなんて、やはり誰かが拾ってしまったに違いない。仕方なく私はスポーツ科1年7組の教室で登校してくる人達ひとりひとりに尋ねてみることにした。
その結果、成果は得られなくて。学生証が無いと色々困ることがあるのだ。施設の利用や授業の出席登録はもちろん、特待生の私は学生証を利用することで購買や学食での大幅割引が適用されるのだ。早いところ見つけないと損をしてしまう。けれども学生証は出てこず仕舞いで結局終始憂鬱な気持ちで入学二日目を終えてしまった。
新たな友達の二人の女子はさっそく部活見学に行くとのことだったが、私はもう一度学生証を探すために校内を駆け回った。けれどやはり出てこなくて。肩を落として校門を潜ると、突然誰かに呼び止められた。
「あっ、おい!……っと、飴宮!飴宮つかさ!」
「はい?きっ……キミは……!?」
何故彼がここにいるのか。驚きのあまり危うく切島と名前を叫ぶ所だった。なんとか誤魔化して平静を装っていたら、彼はすっと右手を差し出した。その手には私の学生証があった。
「これ、どこにあったの!?ずっと探してたんだよ!」
「いや、おめー、昨日、駅でこれ落として行っちまってよ、呼んだけどすぐに消えちまってさ!」
「そ、そうだったの……昨日もだけど、今日もありがとう。キミって親切だね!」
「人救けすんのはヒーローとして……いや、漢として当然のことだ!気にすんな!」
私は切島くんから学生証を受け取って、やっと一安心することができた。これで明日から万全の態勢で学校生活が送れる。けれどその安心は束の間で。
「あのよ、ちょっと気になってることがあんだけど聞いてもいいか?」
「あ、うん。私にわかることなら……」
「ここの学校によ、おめーと同じ名前でツカサっつー名前の男子生徒がいんだけど、知ってっか?」
メデューサに見つめられたというか、蛇に睨まれた蛙というか、私はびしっと固まって動けなくなってしまった。彼の言う男子生徒とは私のことだ。普通に考えれば、それは私の個性なんだと言えばいいことだ。けれど、どうしても私の頭に思い浮かぶのは自身の過去。昔から、男の子の状態で知り合った相手に自分が女の子だとバレると必ず関係が拗れてしまうのだ。騙していたのかと怒る者、気持ち悪いと罵る者、性別を変えられるなら犯罪も悪事もし放題だと揶揄う者……正義感が強く暑苦しい彼のことだ、きっと騙していたのかと怒るタイプに違いない。こうして思考を巡らせていたら彼がおーいと私の目の前で手を振っていた。
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「いや、いいんだけどよ!で、知ってっか?」
「えっと、ごめん、私、入学したばっかりだし……」
「そういや学年も聞くの忘れてたしな……1年じゃねェのかも。」
結果的に嘘をついて彼を騙してしまった。少し罪悪感を感じたけれど、正直彼に対してどう反応したらいいのかわからないからこれでよかったのかもしれない。こんな暑苦しいタイプの友達は昔からの馴染みの彼一人で充分だ。そういえば彼も雄英って言ってたっけ……切島くんと波長が合いそうだ、なんて考えていたらぶつぶつ独り言を唱えていた切島くんはパッと顔を上げた。
「あっ、俺、切島鋭児郎っつーんだ!雄英のヒーロー科1年!よろしくな!」
なるほど、彼はやはり私の幼馴染と同じタイプでいったん言葉を交わしてしまえば友達ということなんだろう。困り果てた私は一言だけよろしく、と告げて帰路につこうとしたのだけれど、昨日と同様、俺もこっちだから途中まで一緒に行こうぜ!と言われてやむ無く彼と帰路を共にすることになってしまった。
嘘
「飴宮もスポーツ科なんだな。女子多いのか?」
「ううん、今年の1年は3人しかいないよ。」
「マジか!すげぇな……ちなみに専門とかあるのか?」
「えっと……運動は全般的に得意だよ……」
「マジかよ!なんでもできるってかっけェな〜!男らしいぜ!……っと、飴宮は女子だったな、悪ィ!」
また一つ嘘を重ねてしまったけれど、彼は昨日と同様太陽のような眩しい笑顔を向けてきた。いくつもの嘘を抱えた私は全てを照らす様な明るく眩しい彼の笑顔を直視することができず、帰り道、一度も彼と目を合わせることができなかった。