好きだからこそ

鋭ちゃんからキスしていいかと聞かれた時、もちろんダメなわけはないのに、恥ずかしさのあまりに飴を口にしてしまった。ツカサの中からごめん!と謝ったけれど、鋭ちゃんはとても悲しそうな表情をしていた。そりゃそうだ。ツカサの思っていることが私にも伝わってくる。好きな女の子にキスを避けられたら男としてはまぁ辛いもんがあるよ、って。


次の日の夜、私は幼馴染に電話をかけた。テストが近いだろうに、彼は本当に真剣に親身になって私の相談に乗ってくれた。


「あのさ、絶対鋭ちゃんには秘密にしてほしいんだけど……」

「おう、わかった。」

「ん……あの、昨日ね、その、キ、キ、キス、し、したい、って、言われたの。」

「切島が?お前に?」

「そ、そう!私に!それでね、私、恥ずかしくて、個性使っちゃったんだ……」

「……恥ずかしかったのか……じゃあ、キスしたくないわけじゃねーんだな?」

「えっ!?う、う、うん、それは、まぁ……どちらかと言えば、憧れるっていうか、その、したい、っていうのかな、うん、したい、と思う、うん……」

「お前がそんな動揺するとはな……よっぽどアイツのこと好きなんだな。」

「うん、それはもう、ね。すごく好きだよ。学校が違うのが惜しいくらい。私も雄英受けとけば良かったのかなぁ。」


なんて、しばらく惚気にも近いようなことをつらつらと話してしまった。既に電話を始めて20分が経っていて、時間を割いてもらったことを謝るといつものように明るく笑った彼はふうっと一息ついてこう言った。


「いや、安心したぜ。仲良くやってるみたいでよ。本当に恥ずかしいだけなんだなー。」

「えっ?」


少しの間の沈黙。その理由は一つしかない。てっちゃんの言葉は全面的に正しい。おそらく彼の言葉に含みは何もないのだけれど、私には一つの懸念があったのだ。それは、傷つくのも傷つけるのも怖い、というもの。怖くない、と言えば嘘になってしまうのが事実なのだ。鋭ちゃんほどの真っ直ぐな人を疑うというのもおかしな話だが、それとこれとは話が別で、これはどうしても私個人の心の問題なのだ。やっぱり友達としてしか見れない、と言われたら立ち直れる自信がない。そして私の態度で彼が傷つく姿を見ても、やはり立ち直れなくなってしまうわけで。


「……うん、その、心配なこともあるんだけど……またそういう雰囲気になったらちゃんと話そうと思ってるよ。」

「ん?まー、そういうのはよ、お前の中で整理がついてからでいいと思うぜ。アイツはお前のこと嫌ったりしねェからよ。信じてるからこそ話した方がいいこともあるからな。」

「うん……ありがとう!」

「おう!んじゃ、またなー!」

「うん!今日は本当にありがとう!おやすみなさい!」


てっちゃんと話すことができて少しだけ自分の気持ちが落ち着いたと思う。そうだ、私は恐れているのだ。ふとした瞬間に、鋭ちゃんも私を女の子として見れなくなってしまうのではないか、ということに。こんなに好きなのに、いや、好きだからこその悩みなのだ。こんな気持ちは全く初めてと言ってもいいだろう。中学生の時のそれとは全然違う、本当に、好きだからこその悩み。早く、早く鋭ちゃんに会いたい。





数日後、テストは無事に全科目1位で終わることができた。文系科目はツカサで受験したおかげか、落ち着いて文章を紐解くことができたのだけど、どうも理系型の私には難しい。この個性でよかったなぁとしみじみと感じていると、いつの間にかクラスメイトのみんなに囲まれていた。


「飴宮すっげー!上位は特進科ばっかなのにスポーツ科で一人だけ上位入っててしかも1位じゃん!」

「飴宮は理系でツカサは文系か〜、そんな個性の使い方もあるなんて面白いな!」

「そ、そう?あ、ありがとう。」

「次のテストは一緒に勉強しようよ〜、つかさは優しいし、塾の先生より絶対良いもん!」

「う、うん、ぜひ。」


このクラスの良いところは私の個性を面白おかしく言う人がいないところだ。本当に全員が私の個性をすごい、かっこいい、と評してくれる。以前、思い切って尋ねたことがある。気持ち悪くないですか?と。でも、誰一人としてそんなことは言わず、むしろ笑ってかっこいいじゃん!と言ってくれたし、そんなことを言う奴はきっと飴宮のこと僻んでるだけだから気にすんな!なんて私にはない素敵な考えを教えてくれた。私、この学校に来てよかった……


さて、今日も楽しい1日を終えて帰宅した。ご飯を食べて課題をこなして、お風呂にゆっくり入って……それから明日の準備をしていたらスマホが震えた。こんな時間に誰だろう、と思って画面を見ると、大好きな彼の名前。私はすぐに電話に出た。


「も、もしもしっ?」

「お、おお!こんな時間に悪ィな……っと、あ、あのさ、今週末、暇か……?」

「今週末なら……うん、日曜日なら何もないよ。」

「ほ、本当か!?あ、いや、鉄哲からさ、そっちの文化祭のビンゴで当たった遊園地のチケットもらってよ……ほら、あの千葉の海沿いにある……」

「……えっ!?い、行きたい!」

「お、おう!だから、い、一緒に、行こうぜ!」

「うん!ぜひ!楽しみにしてる!」


今週末の日曜か……あ、何着よう、ツカサになることがあるかもしれないし、女の子らしいスカートは避けた方がいいかな……でもせっかくのデートだし……ともやもや悩んで同じクラスの女の子にチャットを飛ばしてみた。遊園地だからスカートは避けて動きやすい格好がいいよ!とアドバイスをされて、私は少し大きめのベージュのパーカーと黒いパンツを着ることにした。この服は可愛いデザインながらも中性的に見えなくもないし、私でもツカサでも大丈夫だろう。まさか私が服装のことでこんなに悩む日が来るなんて……どれもこれも、彼のことが好きだから悩んでしまうのだ。やはり悩んでしまうことすらも楽しいと感じてしまう。日曜日はもっと楽しくなるだろうなぁ。





あっという間にやってきた日曜日、いつもより少し早い時間に電車に乗ったら何故か焦り気味の鋭ちゃんと鉢合わせ。どうやら電車で寝過ごして慌てて戻ろうとしていたようだ。可愛らしいところも好きだなぁと感じて笑ってしまったけれど、真っ赤な顔で口を開けながら見つめられてとても恥ずかしくて、電車が揺れたのに合わせて彼の広い胸を借りて顔を隠してしまった。


駅に着くと人がわらわらといて、少し気後れしてしまう。そんな時、ぎゅっと右手を掴まれて、驚いて顔をあげたら真っ赤になった鋭ちゃんが目をキョロキョロと泳がせていた。


「……今日は楽しもうね!」

「お、おう!よし、行こうぜ!」


既に心から楽しいのだけれど、なんて思いながら、彼と手を繋いで遊園地のゲートへ向かった。


遊園地のチケットを機械で読み込もうとしていた時、少し遠くから聞き覚えのある声がした。聞き覚え、というか、忘れるはずもない、あの、声。悪魔の、声。嫌だ、いやだ、イヤダ。怖い怖い怖い……個性を……飴を……ツカサに、なら、なきゃ……


「……い……おい、つかさ!大丈夫か?」

「……!あっ、う、うん、えっと、初めて、来た、からさ、その、どれから、乗ろうかな、って……あ、でも、好きなキャラクター早く見たいかも……」

「よし、つかさの好きなキャラクターのいるアトラクション乗ろうぜ!どこだ?」

「あ……う、うん!あの、このジェットコースターに乗りたいんだけど、鋭ちゃん大丈夫?」

「おう!そんくれー余裕だ!行こうぜ!」

「うん!」


ダメだ、余計なことを考えるのはやめよう。さっきのはきっと気のせいだ。そう、気のせい。私は過去を恐れているだけだ。大切なのは今。今なんだ。大好きなこの瞬間を楽しみたい。私は鋭ちゃんのことが、好きだから、だから、今を壊したく、ない。繋いだ手にぎゅっと力を込めると彼も同時に力を込めてくれ、力一杯踏み締めて遊園地へのゲートを潜ったのだった。





好きだからこそ




「……おい、どうしたんだ?」

「いや、ちょっと、知ってる奴に似た奴がいてさ……」

「誰?女の子?」

「いや……なんつーか、バケモノ?」

「は?何それ。」

「あ、それ中学で転校してきた時に言ってたやつ?」

「そーそー……アレさぁ……」




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