ひとかけらの勇気

アトラクションはどれもすごく楽しい。私の好きなキャラクターのジェットコースターは特に楽しくて、既に3回乗ってしまったほど。キャラクターとハイタッチしたり、ショーを観たり、楽しい時間を過ごしたところでそろそろお昼ご飯の時間だ。今朝、電車で調べて予約したレストランに一緒に行って、彼はローストポークのランチセットを、私はビーフシチューのランチセットを食べた。お互いの食べているものが美味しそうで、一口ずつ食べさせあったのだけど、なんだかいかにも恋人同士という感じで、女の子に生まれてきて良かった、と心底感じた。


さて、お昼ご飯も済んだところでそろそろ早入りのパスをとったアトラクションに向かわなければ。再び手を繋いで列に向かったけれど、通常の入場列だと3時間待ちと描いてある。早入りの入場列でも1時間待ちと書いてあるすごい人気だ。しかし、鋭ちゃんと他愛もない雑談をしていたら待ち時間はあっという間に過ぎてしまった。中でもいちばん盛り上がったのはテストの話だ。


「つかさ、全科目1位だったのか!?す、すげェ……」

「ちょっとズルしたけどね。わたしは文系が苦手だから、個性を使って男の子のツカサにテストを受けてもらったり……」

「あー、つかさは理系が得意だもんな。でも全然ズルじゃねーだろ、個性も自分の実力のうちだ!」

「……本当、高校からできた知り合いはみんな優しいな……ふふっ、ありがとう!」


さて、ちょうど順番がやってきた。これはトロッコに乗って迷宮の中を進むアトラクションだ。私と彼は最後尾の列に座って、他の人たちが次々に前の列を埋めていった。ふと、くしゃみが出そうになって慌ててトロッコの外を向いた時、心臓がどくんっと跳ねた。驚きでくしゃみは止まった。瞬きをしても消えない。目を擦っても消えない。消えるはずがない。幻じゃない。現実なのだ。そこに、いるのだ。悪魔が。


「つかさ?おい、どうした?」


震えが止まらない。どうして、どうしてここに。もう二度と顔を合わせることなんかないと思っていたのに。どうしよう、どうしよう。もうセーフティバーは降りている。逃げ場なんて、ない。どこにも、逃げられない。嫌だ、怖い、たすけて……そう思って鞄に手を入れようとした時、突然口にむにっと丸い何かが押し付けられた。無意識に口を開けてそれを含むと口の中に苺の優しい甘さが広がった。ぐんぐん目線が高くなる。胸は縮み、腕や脚がのびていく。肌質も髪質も硬くなり……ぱちっと目を開けると、玉のような汗をかいて僕を心配する切島の姿があった。


「悪ィ!つかさが鞄開けた瞬間、赤い飴が見えて……なぁ、つかさはどうしちまったんだ!?」

「いや、今回は助かったよ。つかさも個性を使おうとしてたみたいだ……まさか、アイツがいるなんて、ね……」

「アイツ?アイツって……おわっ!?」

「あははっ!動き出しちゃったね!その話はまた後で!つかさに少し休んでもらおうよ、僕も退屈してたしさ!」

「うおおおおおっ!!こ、心の準備が……!」


二人と言わず乗客全員でギャーギャー騒ぎながら迷宮の探検を楽しんだ。そう、今はこれでいい。つかさはひどく怯えてるようだけど僕にとってこの気持ちは怯えではない。恐れでもない。怒りだ。僕を、つかさを、僕達を傷つけようとした悪魔への、激しい怒り。でも、隣にいる僕の親友を、つかさのヒーローを困らせるわけにもいかなくて。この感情はぐっと飲み込んで今はひたすら楽しむ、それに尽きる。


飴を食べながら色々なアトラクションを楽しんだ。僕は心の底からこの魔法の時間を楽しめてると思ってたんだけど。


「なぁ……ツカサも様子がおかしいぞ?」

「えっ?そんなことないと思うけど?」

「……笑った顔見てっとなんとなくわかるよーになっちまったんだよ。」

「……!!」


つかさはともかく僕のことですらわかるというのか。相変わらず驚かせてくれる。でも、この問題は男のツカサじゃなくて女のつかさが話さなきゃいけないと思う。オンナノコにしかわからない気持ちが含まれているのだから……なんて思ってたらぐらっと視界が歪んできた。


「あっ……切島、今日もすごく楽しいね……あと、よろし……く……」

「おいツカサ!!……っと、つかさ!大丈夫か!?どっか具合悪くねェか!?」

「あ……う、うん、もう、大丈夫……ありがとう……」


個性を使う手助けをしてくれたこともだけれど、私と彼の微細な様子の違いに気がついてくれる鋭ちゃんには感謝の気持ちしかない。鋭ちゃんなら、きっと何を話してしまっても受け入れてくれる気がする。絶対倒れない最高の、いや、最硬のヒーローなのだから。


「あ、あの……少し、相談、してもいい?」

「おう!もちろんだ!何でも言ってくれ!」

「えっと……あ、良い時間だね、近くに可愛いお店があるからそこでお茶しながらでもいいかな?」

「おし、んじゃそこ行こうぜ!ほら!」

「あ……う、うん、ありがとう……!」


鋭ちゃんはギザギザの歯を見せてニッと笑いながら私に手を伸ばしてくれた。ギュッとその手を握って、私達は砂漠のオアシスをモチーフにした可愛い喫茶店へ足を踏み入れた。


「ここのスムージー、すごく美味しいって友達から聞いたんだ。」

「あー……確か芦戸も言ってたな。」

「あしど?」

「おー、同中から同じ高校の同じクラスに進学してよ、すげー勇気があって強くて良い奴なんだぜ!今度紹介するな!」

「あ、女の子なんだ。楽しみにしてるね。」

「え?わかんのか?」

「うん、男の子だったら紹介するって言わないでしょ?」

「あ……つかさ、文系も余裕じゃねーか!」

「あははっ!そういう解釈する?面白いなぁ……」


飲み物と軽食を摘みながら楽しく話をしていたけれど、話が一区切りついたら妙にシーンとしてしまった。ちらちらと私の様子を伺う鋭ちゃん……彼ならきっと、大丈夫。大丈夫なのはわかってる。信頼できる、私のヒーローなのだから。彼にあって私にないもの、それは勇気。彼ほどの大きなものじゃなくていい。ひとかけらのそれでいい。勇気が、欲しい。それを察してくれたのか、彼は私の手をそっと握ってくれた。何も言わなくてもわかる。隣には、彼がいる。ヒーローが、いるんだ。


「……彼がいたの。」

「彼?誰だ?」

「前に話した……ほら、中学生の、とき、の
……あく、ま……」

「……!!つかさ!わかった、もういい!」


鋭ちゃんはガバッと身を乗り出してわたしの両肩をがしっと掴んだ。眉の端がしゅんと垂れていて、とても心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。彼の綺麗な真紅の瞳から、燃えるような赤い髪から、どんどん勇気が流れ込んでくる。


「……園内に、いるの、見たんだ。」

「つかさ……無理すんなよ……」

「怖い……今日、楽しいデート、なのにね……私……ごめ……」

「あっ、謝んなよ!何も悪いことしてねーんだから!俺は……俺は、つかさが……つかさと、もう一人のツカサがいてくれりゃなんだって楽しいぜ!」





この人は……本当に、どこまで…………





「……ありがとう!あっ、私、あのジェットコースター乗りたい!」

「……あっ、あれか!?マ、マジかよ……!」

「だめ?」

「い、いや、俺は大丈夫だけどよ…………まァ、いいか!よっしゃ!」

「うん……折角、大好きな人と一緒にいるんだもん、楽しまなきゃ損だよね!行こうよ!」

「ッ…………!!お、俺も、す、す、好きだぜ……」


鋭ちゃんはゴミを載せたトレーを片手に持って、勇気を持って差し出した私の右手を空いた方の手にしっかり絡ませて歩き出した。ぎゅっと握り返すと一瞬肩がぴくんと跳ねていてとても可愛らしかった。そんな可愛い彼となら、今日なら、キス、できる、かも、なんて……


そんな勇気、ひとかけらでもあればいいのだが。





ひとかけらの勇気




「あー楽しかった!ね、もう一回乗ろう!」

「マ、マジかよ!?」

「だめ?」

「い、いや……よっしゃ、漢、切島鋭児郎!!何処へでも付き合うぜ!!」

「やった!ありがとう!早く行こう!」


再び繋いだ手に力を込めるとまたしても彼の肩はぴくんと小さく跳ねていた。




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