「うん、わかった。ゆっくりでいいからね。」
「おう!ありがとな!」
もうすぐショーが始まるからか、お手洗いは中々混んでいるようだ。鋭ちゃんはまだ帰ってこない。一人でいると少し不安になってしまう。まだかな、とスマホで時間を確認しようと思ったその時だった。突然後ろからぽんっと頭に手を乗せられた。鋭ちゃんは突然こんな風に私に触れたりしない。パッと手を振り払って勢いよく振り向いたら、そこにはニヤニヤしたあの男の……悪魔の姿があった。
「よう、飴宮、だよな。」
「……!!あ……あ……っ……!!」
「おいおい、その反応はねーだろ?あーあ、痛かったなァ……お前にやられた後さ、俺、鼻の骨と肋骨の骨折れてたんだぜ?」
「じ、自業自得じゃないの!?」
拳を振り上げたところではっと気がついた。こんな男一人、なんてことはないけれど今は周りに大勢の人がいる。こんなところで拳を振るうわけにはいかない。どうしようかと怯んでいたら突然ガシッと手首を掴まれた。
「あ……うっ……!!い、痛ッ……!!」
「これこれ、この拳……忘れねーよ、あの化け物みたいなパワー……」
「ははっ!化け物だって!そんなちっこい女子がねー!」
「ねー、男になれるんでしょ?ならないの?」
「そしたらその小さい胸はますます小さくなるってか?」
「わはははは!!おい、もう男なんじゃねーの!?」
ひどい……ひどい、ひどいひどいひどい!!私が、私が何をしたというのか。なんで知らない人にまでここまで言われなきゃいけないのか。悔しい。悔しい。悔しい悔しい悔しい!!私は掴まれていない方の手を飴袋に入れようとしたけれど、彼等がニヤニヤと笑っていることに気がついた瞬間、金縛りにあったようにピタッと身体が動かなくなってしまった。
胸が、痛い。
辛いよ。
私も、ツカサも。
涙すら、流れやしない。
その時だった。
「おい!!おめーら何してんだ!!男が寄って集って女の子に……!!」
私のヒーローが、来てくれた。
鋭ちゃんは私の腕を掴む悪魔の手を引きはがすと、私を隠すように私と彼等の前に立ち塞がった。燃える様な赤い髪から本当に炎が上がっているかの様な強い想いを感じる。俺が守ってやる!と背中で語ってくれている。私は彼の背にぴったりと張り付く様に身を寄せた。あったかい。安心する。これが、オトコノコの背中……
「ハッ!またそーやって男を騙して誑かしてんのか!」
「何言ってんだ!つかさは人を騙すようなやつじゃねェ!他人を想いやれる優しいヤツだ!」
止まったはずの時が動き出したかのように、私の目からぽろっと涙がこぼれ落ちた。ぽたぽたと地面に落ちて、吸い込まれていく。
「お前もそのクチだろ?コイツの個性はよォ……」
「んなもんとっくに知ってらァ!!
涙が、止まらない。
これは、悲しい涙じゃない。
「ソイツは男でも女でもねェ化けも……」
「だーーーっ!!うるせェなァ!!男とか女とかそんなに大事か!?つかさも、男のツカサも、どっちもいいヤツなんだからそれでいーんじゃねーのか!?俺ァどっちも好きだ!!大好きだ!!」
涙は嬉しくても流れるんだね。
「はぁ?お前何言って……」
「とにかくこれ以上この子に関わんな!!つーかお前がしつけェのもつかさにヤラシイ事しようとして殴られて恥かいたとかそんなオチだろ!?自業自得だ、バカ!!」
もう、さ。やめにしようよ。目の前の彼の言う通り。私は私。いつまでも下向いて、メソメソしてるなんて彼の隣に相応しくない。心と身体の金縛りからようやく解放された私は飴玉を口に入れた。彼のように真っ赤な飴玉。苺の甘さが口の中にふわっと広がった。魔法の時間の始まりだ。
「も、もう我慢なんねェ!!テメッ……痛ッ!!痛でェ!!」
「そのくらいにしてくんない?いい加減、さ。ウザいんだよね。」
僕はこの男が切島に向かって振り上げた手を掴んでぐいっと捻り上げてやった。
「飴宮……!テメェ……!」
「お、おい、ツカサ!下がって……」
「忘れたの?僕、テツと互角に戦えるくらい強いんだよ。こんなヤツに負けるわけないよ。」
「ぐあぁっ……!!」
「ねぇ、ここは楽しい遊園地なわけ。邪魔しないでくれる?キミも仲間の前で恥かきたくないでしょ?それに、つかさも吹っ切れたみたいでさ。僕、手加減しなくていいみたいなんだよね。言ってる事、わかる?」
「あ……あ、あ……」
「……キミも知ってるよね。つかさはね、僕より強いよ。個性が……魔法が解ける前に帰ったほうがいいんじゃない?」
「あ、あ……うわああああああ!!!」
情けないことに、彼は仲間を引き連れてドタバタと慌ただしく走り去って行った。切島は初めて会った時のようにルビーのような真紅の瞳をキラキラと輝かせながら僕を見ていた。
「ツカサって言うことがかっけェよな……頭良いのが滲み出てんぜ……」
「そりゃどーも……ね、切島。」
「ん?何だ?」
「ありがとう……僕のことも、好きだって言ってくれて。僕、嬉しかったよ。テツもさ、友達として好きだってよく言ってくれるけど、やっぱキミはさ、特別、なんだろーね。僕にとっても。」
「……!?は!?そ、それ、どういう……」
「思ったこと言っただけだよ。あ、僕もトイレ行きたくなったから行ってくるね。ここで待ってて。」
「はぁ!?お、おい、ツカサ……!」
照れ臭くて慌ててトイレまで走って逃げてしまった。服装的には女子トイレに入るべきか。中性的な顔立ちでこれ幸い、と女子トイレの個室に入って個性が解けるまで大人しく時が過ぎるのを待った。
目線が低くなって、私は慌てて鋭ちゃんの元へ戻った。彼も察してくれていたようで、不思議な個性だよな〜とか、次は俺の前でも戻るところ見せてくれよ!なんて。彼の言葉には全く刺がないから本当に素敵な個性だと思ってくれているのがよくわかる。
いつもいつも、私に優しさと安心感を与えてくれる、漢気溢れるヒーローに私は何を返せるだろう。凍ったまま止まってしまった時を熱い炎で溶かして動かしてくれたヒーローに……今、私に、できること……
「鋭ちゃん。」
「ん?何だ?」
「あ、あの、ね、ちょっと、こっち……」
「ん?お、おう、どうした?」
彼の手を引いて、人気のない建物の裏へと足を運んだ。どうした?やっぱさっきの怖かったのか!?具合でも悪いか!?と私の心配ばかり。違うよ。全然、違う。
「いつもありがとう。これからもずっと、私のヒーローでいてね。大好きだよ。」
「…………!?」
彼のマフラーを引っ張って顔を落とさせ、彼の唇に自分のそれを押し当てた。すぐに顔を話してじいっと彼の目を見たら、ぱちぱちと瞬きをしたまま何も言ってはくれなくて、指を唇に当てていた。ちょっと乾燥してたのがまた彼らしいというか。漢気の炎で水分が蒸発してるのかな?なんて思ってしまって、ふふっと声を漏らして笑ってしまったら、なぜか鋭ちゃんはへなへなと腰を抜かしてぺたんと座り込んでしまった。
「え、鋭ちゃん!?どうしたの!?」
「可愛すぎんだろ……」
「えっ?」
「キス……って……一瞬でよくわかんなかった……な、なァ、もう一回、し、してくんね?」
袖で自分の口元を隠しながらキョロキョロと目を泳がせている鋭ちゃん。顔は燃えているように真っ赤だ。彼の可愛い一面を見ていると、少々いじわるしたくなってしまう。こういうときに、ツカサ感が出てるんだろうな、なんて。
「……私から?」
「……えっ?」
「オトコノコからしてくれないの?私のヒーローは意気地無しなの?」
「……!!よ、よし!目ェ、瞑ってくれ!」
「ん……」
彼は大きくて温かい掌を私の頬に添えて、とても優しく触れるだけのキスをしてくれた。やっぱり彼の唇は少し乾燥していた。
「なァ、もう一回……」
「男でしょ?一々聞かないで飽きるまでしなよ。」
「……やっぱ、ツカサに似てきたな……」
「ツカサが私に似てるんじゃない?」
「そーゆー解釈もあんな……」
「ん……」
それから何度も何度も触れるだけのキスを繰り返した。ああ、大好き。好き、大好き。私の憧れのヒーロー・切島鋭児郎。これからもずっと、私のヒーローでいてね。
憧れのヒーローは
オトコノコ
「あ、あのよ、男のツカサが言ってたんだけどよ……」
「うん?」
「……つかさは、アイツより強いってマジか?」
「あー……うん、マジだよ。ほら、私、一応女の子だからあまり本気にならないようにしてるんだけど……そうだなぁ……あ、てっちゃんと腕相撲して負けたことないよ!」
「マ、マジかよ!?今度俺とも勝負してくれ!本気で!」
「い、いいけど……嫌わない?」
「おう!むしろ、かっけェなってますます惚れ直しちまうかもしんねー!!」
「……オトコノコだなぁ。」