「オッス!ツカサ!遅かったな!」
「……なんでいるのさ。」
「ん?そりゃおめー、俺らダチだからだろ?」
「……あっそ。」
毎日毎日よく飽きないなぁ。切島鋭児郎、僕の学生証を届けてくれた日から、彼は毎日放課後ここで僕のことを探していたのだ。今週の部活動は男の姿になる必要が無いものばかりで、毎回つかさの姿で校門を出るようにしていたけれど、今日は部活動が何もなかった上に、今日の最後が体育だったから僕は当然のように男の姿で帰ろうとして、運悪く彼に捕獲されてしまったというわけだ。彼のことは嫌いではないけれど、ガツガツ距離を詰めてくるのがなんとなく苦手で。……言っちゃ悪いが、これよりもっと暑苦しい幼馴染がいるからまだマシと思えるのは唯一の救いだけれども。
帰り道、ツカサの姿では一週間以上会っていなかったからか、彼の話は尽きることなく続いた。おかげで僕はいくつもいくつも飴を口に入れている。しかし、戦闘訓練中に
「だ、大丈夫だったの?」
「おう!爆豪っつー俺のダチがよ、こう……!そんでな……!」
「っつーわけでよ、あと十日ちょいで雄英体育祭なんだよ!」
「……テンション高いね。」
「おうよ!活躍して目立ちゃプロへのどでけぇ一歩を踏み出せるからな!」
「へぇ……まあ、頑張んなよ。」
「おう!サンキュな!……なぁ、ツカサ、おめー、体育祭見に……」
「僕は行かないよ。テレビでも見れるしね。」
「マジかよ!ああいうのは生で見る方がぜってー面白いって!なぁ、来いよ!」
「行かない。あ、僕こっちだから。バイバイ。」
「あっ!おい!……ったく、クールっつーのもまた漢らしいんだよなぁ……」
電車も降りて、いつの間にか彼と別れる場所までやって来ていたから、僕は彼に別れを告げてスタスタ歩き始めた。大声でまたなー!なんて言ってんのが後ろから聞こえたから振り返らずに片手だけ上げてひらひらと振ってやった。
翌日もいつも通り、ギュウギュウの電車に乗って揺られていた。もちろん女の子の姿で。満員電車の通学は少しだけ慣れてきたけど、決して心地良いものではない。学校最寄りの駅につくまでの間にスマホでもいじろうかと思って肩掛け鞄に手をかけた瞬間、太腿の辺りに気持ち悪い感覚を感じてゾワッと全身に鳥肌が立った。虫唾が走……いや、虫唾が全力疾走する。間違いない、痴漢だ。私は今、痴漢に太腿を撫でられている。男の子の時の自分ならば、吐き気を催す邪悪というか、満員だろうが何だろうが、今ここでこの邪悪を成敗しているに違いない。先日は自分が被害者じゃなかったからあんな勇気ある行動に出られたけれど、まさか自分が被害者になるとこうも身体はすくみ上がるのか。何のために格闘技を武術を身につけてきたのか。情けない。怖いものは怖いし、気持ち悪いものは気持ち悪い。吐き気が込み上げてきて、どうしようもなくなったその時、私の耳を一人の少年の怒号が劈いた。
「おい、おめェ!!懲りずによくもまた!!いい加減にしろよな!!」
「痛たたた!!きっ、貴様……!!この前の……!!」
なんと私を救けてくれたのは切島くんで、痴漢は先日私が捕まえたハゲたオジサンだった。このハゲ頭を目にしても先日の勇敢な私はまるで嘘だったかのように、身体はガタガタ震え、さりげなく私と位置を代わってくれた切島くんの腕を思わずぎゅっと握りしめてしまった。切島くんはぎゅっと私の手を力強く握りしめて、もう大丈夫だ!と私に大きく呼びかけてくれた。このオジサンには色々と言いたいことはあったけど、ここは漢を見せる彼に全て任せることにした。
結局あの痴漢は再犯ということで遂に逮捕された。前回の女の子は甘かったのかもしれないけど私はそうそう甘くはない。前回のこともふまえて徹底的に訴えて、少しでもあの痴漢の量刑が重くなるように仕向けてやった。けれどこれは大きな失態だった。その後、切島くんと歩いて一緒に通学していると、彼からこんな質問をされてしまった。
「……なぁ、飴宮。」
「うん?」
「なんで、この前の痴漢のこと知ってんだ?あん時、飴宮いなかっただろ?」
頭が真っ白になってしまった。そうだ、私が前回痴漢を捕まえた時、私は私ではなかったのだ。どうしよう、どうしよう……とパニックになりかけていたけれど、彼はこの疑問を自ら解決してくれた。
「まあ、あんだけの騒ぎだったもんな!同じ電車に乗ってたんだろ?」
「そ、そう!そうなの!」
「おー、しかしまさか今度は自分が被害に遭うなんて思わなかったろ?なんつーか、運が悪かったよな……」
「確かに、触られてる間は怖かったけど……でも今はもう大丈夫だよ。」
「そうか?まあ、確かにもう手の震えも…………わっ!わわっ!悪ィ!手っ、ててっ、手ェ握っ……!!」
「あっ、ごめん。」
私は電車内からずっと手を握りしめられていて、彼は漸く手を離してくれた。彼があまりにも普段通りだったから私も特に気にしていなかった。というより自分自身が男の子でもあるという自覚が強くて今更男の子と手を繋ごうが特になんとも思わなくて。手を離した彼の顔面はまるで髪の毛と一体化したかのように真っ赤に染まっており、その場から一歩も動かない。
「……切島くん?」
「わっ……」
「うん?」
「わっ、悪ィ!マジで!こ、こんなんあの痴漢ハゲと同じじゃねーか!」
彼は私に向かって直角に頭を下げてきた。なるほど、やはり彼は私の懐かしい友達と同様で、漢気に溢れ、些細なことでも自身の信条に反することは決して許せないタチなのだろう。
「私はそんなの気にしてないよ。ていうか救けてくれたのはキミなんだし、手もその産物でしょ。……キミって本当に漢らしいよね。」
「…………へっ!?」
「あはっ、間抜けな顔!」
「……お、お、おう…………」
「……救けてくれてありがとう、真っ赤なヒーローの切島くん。」
「お、おう……」
彼は顔を上げたけど、再びまた動かなくなってしまった。ふと彼が離してくれた方の手を見ると、時計はもうかなりヤバイ時間を指していて。雄英は少し余裕があるかもしれないけれど、隣野に着くにはもうギリギリだ。私は彼に大きな声でもう一度お礼を言って、全力疾走で学校へと走り始めた。またしても後ろで切島くんが、おい、ちょっと待てよ!なんて言っていたから、また学生証でも落としたのかとチラッと振り向いたら、ボーッとしている彼の姿しか見えなくて。私は軽く手を振ってからすぐに前を向き直した。
漢らしい
「ほんっと暑苦しいけど、彼、良い人なんだよなぁ……でもだからこそ個性のことは絶対言えないや。」
***
「お、とこ、らしい……俺が……?俺……少しは男に……漢に、なれてんのかな……」