問題は次々に

切島くんと別れて数分後、私は後ろに彼がいないことを確認して、念のため曲がり角のところでポケットから出した2,3個の飴を口に入れた。口の中に檸檬の甘酸っぱさが広がると同時にぐんぐん目線が高くなる。胸は縮み、腕や脚がのびていく。肌質も髪質も硬くなり……魔法の時間の始まりだ。僕は全速力で隣野高校へ向かって走り出した。男なのにショートパンツなんて履いていたから周りの目が少し痛いけれど遅刻が1つカウントされるより遥かにマシだ。


なんとかホームルームに間に合った。流石の僕も息を切らしながら席に着く。隣の席の男子から話しかけられたけど生憎答える余裕がなくて僕はひらひらと手を上げただけだった。お茶を飲んで息を整えると、再び隣の席の彼が話しかけてきた。


「飴宮、寝坊でもしたん?」

「いや……ちょっと痴漢が……」

「痴漢!?男のお前に!?」

「僕が女の身体の時にね!」

「あー……そりゃ災難だったな。」

「全くだよ……あームカつく!男の姿だったらあんな目にあってもボコボコにしてやったのに!」

「じゃあ男の姿で通学すれば?」


彼の言うことは尤もだ。しかし学生証と定期の性別が女の姿のものだから万が一身分を確認された時に面倒なのでその策は不採用。なんて考えていると身体に違和感が生じてきた。目線は低くなり、腕や脚が縮み、胸が膨らむ。肌質や髪質は柔らかくなり……魔法が解けたところで私は隣の彼に言葉を返した。


「学生証と定期が女の子の私のものだから難しくて……」

「お、おう……その変身、どんな感じなんだ?擽ってぇとか痛ぇとかねーの?」

「うーん、骨格が変化する時に軋む感じはするけど痛くはないかなぁ。あ、でも髪質が変わるのは少し擽ったいかも……」

「ふーん……なぁ、その飴、俺が食ったらどーなんの?」

「うーん、寝ちゃうと思うよ。」


私のポケットやお菓子袋に入っているこの飴は実家で作っている特別な飴。私が男の子の姿になれるのは、この飴に含まれている特殊な糖と飴宮の血に由来する特殊な内分泌系のつくりが関係している。もし飴宮と関係のない人がこの飴を食べちゃうと糖の分解がうまくいかなくて血糖値が急上昇して異常な眠気に襲われるとか。このことを彼に説明すると、興味を持ってくれたのか目を丸くしてうんうん頷いて聞いてくれた。


それから普通に授業を受けて、放課後の部活動に参加した。今日の部活は男子バスケ部。つまり飴を口に入れなきゃいけない。魔法の時間の始まりだ。部の新入生メンバーの中には隣の席の彼がいた。彼とペアになってストレッチやパスやドリブルなどの基礎練習をこなしているとあっという間に部活動の時間は終わってしまった。部活中何度も飴を口に入れるわけにはいかないから、始まる前に10粒ほどガリガリ噛み砕いた。故にその分長く男の姿でいられるため、今日はこの格好のまま帰ることにした。


帰りも彼と二人で校門へ歩いて行った。あの燃える赤い髪、切島の姿はない。そういえば昨日、体育祭が近いから自主トレに励むとか言ってたっけ。どうでもいいけど。と、切島のことを考えてぼーっとしていたら隣の彼から今まさに考えていたことを質問された。


「な、もうすぐ雄英体育祭だな!」

「うん、そうみたいだね。」

「あのさ、他の女子にも声かけたんだけど、一緒に見に行かねえ?」

「えー……テレビで見れるじゃん、めんどくさい……」

「お前それでもスポーツ科首席か!?」

「ぐっ、そう言われると……」


確かに体育祭といえば僕らスポーツ科にとっては最大のイベントだ。かといって他校のそれに興味はないけれど。でも女子の二人も行くのなら僕も行っておいた方がいいのか?なんて思ったりする。ここで僕がふと思いついたのは埼玉にいた頃の馴染みの彼のこと。確か名前は鉄哲徹鐡だったか。彼に会うという名目でなら雄英体育祭に行くのも悪くないだろう。僕は彼に一緒に行く旨を伝えるとガッツポーズをして喜んでいた。ちなみにこの彼はどうやらクラスの女子の一人である茶髪の彼女に一目惚れしたとか。男にも女にもなれる僕に協力して欲しいとかなんとか言ってたけど、まぁそれはコイツ次第ってことで。





あれからなんだかんだで1週間が経過した。切島くんとは何度か放課後にツカサの姿で会っているけれど、あの痴漢の日以来女の子の姿で彼には会えていない。というのも今日まで私は部活動の朝練に参加していてほぼ始発で通学していたからだ。今日の私は満員電車に揺られて学校へ向かっている。私は朝練に参加する部活動とそうでない部活動があるから毎日通学時間がバラバラなのがキツいところ。この時間はこの満員電車が朝練みたいなものなのかもしれない、なんて思っているとあっという間に学校の最寄りに着いた。さぁ今日も一日頑張るぞと電車を降りて歩き出したところで誰かにグイッと腕を引っ張られた。また痴漢かと思って拳を握って振り向きざまに拳を振り抜こうとしたら燃えるような赤が視界に入り、私の拳はピタッと止まった。


「うおっ!危ねェ!」

「きっ、切島くんっ!?ご、ごめんなさい!」

「いや!急に掴んじまって悪ィ!あ、あのよ、今日は時間あるか?」

「本当にごめんなさい……時間は大丈夫だよ。」

「良かった!じゃあ途中まで一緒に行かねェ?」

「うん、いいよ。」


こうして私と彼は1週間ぶりに顔を合わせて並んで歩き始めた。といっても男の子の姿では何度も合わせているのだけど。先刻の拳を向けた件について改めて謝罪すると、さすがスポーツ科だな!とからりとした笑顔で言われたので、本当に気にしていないみたいでホッとした。それどころか、切島くんは自分の個性は硬化だから万が一私が拳を振り抜いていたら、私の拳が傷だらけになっていたかもしれないと私の心配をしてくれた。自分の反射神経の良さと彼の心遣いに感謝。そして今日も彼はいつものように色んな話を次々にしてくれていて、唐突に体育祭の話題を振ってきた。


「……ところで、来週の日曜ってなんか予定あるか?」

「うん、雄英の体育祭だよね。クラスの友達と見に行くよ。」

「マジか!?うおお、燃えてきたぜ!」

「うん、頑張って。」

「おう!目立ちまくってやるぜ!……っし、あとはツカサだ!あっ、そういえばあいつスポーツ科っつってたんだけど、やっぱ飴宮、見たことねえ?」

「えっ!?う、うーん……ごめん、まだクラスの男子や先輩の顔よく覚えてなくて……こ、これから、気をつけて見てみる、ね。」

「おう!よろしく頼むわ!あっ、連絡先交換しねえ?」

「えっ!?あっ、えっと、ごめん、今日スマホ忘れちゃって……」

「あ、そうなのか!じゃあまた今度な!」

「う、うん……」


彼は眩しい太陽のような笑顔を見せてくれたけれど、やっぱりちくんと胸が痛んだ。私は彼に嘘をついているから。君の探してるツカサは私で、連絡先なんか交換しちゃったらそれこそ取り返しがつかなくなる。次に連絡先を聞かれる時までに抱えている問題をどう乗り切ろうかと思考を巡らせながら、当日は絶対男の子の姿にはならないと心に決めてもう一度彼に、頑張ってね、と告げたところでちょうど雄英高校に着いたので彼に手を振って隣野高校へと歩き出したのだった。





問題は次々に




「ツカサの学年、連絡先、私の個性のこと、体育祭……あぁ……どれから手をつければ……そ、そうだ、彼に連絡してみよう……」


私は学校に着いてからスマホを取り出し、昔からの馴染みの彼、鉄哲徹鐡くんに一通のメールを入れたのだった。



***



「飴宮、体育祭来てくれんのか……漢らしいとこ見せねェとな……あと、飴宮の連絡先と、それからツカサの連絡先も聞かねェとな……やることばっかあんなァ……」







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