たぴおかでえと

どうしようどうしよう。もう3時を5分も過ぎてしまった。あの真田くんのことだ、遅れてくるとはけしからん!たるんどる!なんて怒るに違いない。慌てて駅の方へ走って行くと、駅前の自販機の横で相変わらず仁王立ちしている彼の姿が見えた。彼はわたしに気がつくと大きな歩幅でのしのしとこちらへ近寄って来た。どうしよう、怒られちゃ……


「芥子香!心配したぞ!」

「わあっ!はぁ、はぁ……ごめん、なさい……はぁ……急いで、来た……はぁ……んだけど、はぁ、はぁ……」

「うむ、見ればわかる。遅れるなら一言連絡してくれれば……」

「番号、知らなくて……」

「そ、そうか、そうだったな…………これが俺の連絡先だ。」

「あ、ありがとう……」


真田くんはジャケットの内ポケットからメモ帳とペンを取り出して、さらさらと書き込むとさっとわたしに渡してきた。電話番号とメールアドレスが書いてある。勢いで受け取ってしまったけれど、なんだかお別れの話がしづらくなってしまったように感じた。さて、落ち着いたところで一緒に駅前のコーヒー屋さんに入ることに。


「む……女性客がやたら多いな。」

「このお店、コーヒー屋さんだけどほぼタピオカドリンク専門店だからねぇ……最近は男の人はあんまり見かけないかも……あ、でも丸井くんは似合いそうだね。」

「確かに……ほう、これがたぴおか……見た目は蛙の卵のようだが……」

「やだ……そんなこと言わないで……」

「す、すまん!悪気はなくてだな……」

「もう……わたしはカフェラテにするけど、真田くんは……?」


そう問いかけると、真田くんは真剣な顔でメニューと向き合い始めた。初めてみたいだから定番のアイスミルクオレを勧めようかと思ったけれど、彼は甘い飲み物は好きじゃなさそうだし……どうしようかとぼんやりしていると、近くの看板が目に入った。新作のほうじ茶ラテ……これなら真田くんでも楽しめるんじゃないだろうか。


「真田くん、ほうじ茶ラテにする?」

「む……そのようなもの、この表には載っていないが……」

「ほら、あの看板。今日から始まったみたいだよ。」

「そうか、ではそれにしよう。」


店員さんから飲み物を受け取って、テラス席に座った。お会計は自分で出そうとしたのだけれど、真田くんから、いかん!と静止されてしまったので渋々彼に奢られてしまった。また、お別れの話がしづらくなっちゃった……


「……悪くないな。」

「美味しい?」

「うむ、なかなか美味い。」

「そっか、良かったね。」

「ただ、勢いよく口に入るのは気に食わん。老人や子どもがたぴおかを喉に詰まらせるかもしれんからな。」

「…………」

「ん?どうした?」


真田くんの考えていることに少し驚いて思わず口を噤んでしまった。わたしはそんなことを今まで考えたこともなかったからだ。真田くんの視野はとても広いんだなと感心した。まるで、そう、海のように広いのだ。この広い視野もそうだけど、他人や自分への厳しさとか、真っ直ぐ真剣なところとか、わたしにはないものばかり持っている素敵な人だなぁと感じる。そして、タピオカドリンクを美味しそうに飲んでいる真田くんがちょっと可愛いなと思ったりも……


「芥子香?どうした?大丈夫か?」

「……あっ、ううん、何でもないの。真田くんがタピオカデビューを楽しんでくれて良かったなぁって……」


彼があまりにも心配そうにわたしに話しかけてくるもんだから心配をかけないようにと明るく返事をしたつもりが、へらっとだらしない笑顔を浮かべてしまった。


「あ、あぁ……その……たぴおかは良いな。うむ、良い。実に良い。」

「そっかぁ、気に入ってくれて良かったぁ……」

「芥子香、お前は楽しいか?」

「えっ?うん、タピオカも美味しいし、真田くんも楽しそうだし、来て良かったなって思うよ。」

「そうか……では、また、その……こういったことに、付き合ってくれるだろうか。」

「えっ……」


はっと突然思い出した。そうだ。わたしは真田くんにお別れの話をしなければならないのだ。ほら、言わなきゃ、それはできないって。やっぱりわたし達合わないね、って。言わなきゃ。


「あ……あの、や、やっぱり、合わ……」

「俺は流行にも疎ければユーモアのセンスにも欠けている。女子を楽しませるような話はできんが……それでも、芥子香が楽しいと思う時間を共有させてほしいのだ。」

「…………!!」


本気だ。いや、何度も思ったけれど、やっぱり本気だ。真田くんの想いはとても真剣で一途なものだ。風紀委員長としてもテニス部副部長としても多くの生徒から一目置かれている、泣く子も黙るあの真田弦一郎が、何の取り柄もないごく平凡なわたしなんかに、真剣な恋をしているのだ。わたしは、わたしは……わたしは、どうしよう。どうしたいんだろう。真田くんの想いに対して今確かに言えること。それは、全然迷惑なんかじゃなくて、むしろ、嬉しいと思っていること。わたし、真田くんのこと、もう少し、知りたい、かも。


「……うん、また、お出かけ、しよっか。」

「そ、そうか!よし、次は……」

「真田くんの好きなところに行こうよ。」

「……俺の?い、いや、しかし……」

「だめ?」

「いや、そんなことはない!だが、その、芥子香が楽しめるかと言われると……」

「それはその時にならないとわからないから……」

「うむ……そうだな、わかった。ではまた声をかける。」

「うん、よろしくね。」


さて、ちょうど話が終わったところでドリンクも飲み干した。片付けをしてからお店の外に出て、帰りは家まで送る、まだ暗くないよの応酬で、結局わたしが折れて大人しく彼に送ってもらうことになった。


「真田くん、送ってくれてありがとう。」

「あ、あぁ、構わん。」

「それじゃあ、またね。」

「うむ……」

「…………?」


今日も、待たんかあっ!と呼び止められてしまうのではないかと思って彼が背を向けるまでわたしの方が待っていたのだけれど、彼は一向に動こうとしない。家に帰るまでが遠足理論で、わたしが家に入るまでがお見送り、ということだろうか。仕方ない、とくるりと振り返ったところでやはり後ろから呼び止められてしまった。


「まっ、待たんかあっ!!」

「わあっ!な、何?」

「す、すまない……その、芥子香……」

「うん?」


先日同様、真田くんはふいっと目を逸らして大きな左手で口元を隠している。


「す……す……」

「す?」
 
「す、す、すす、好きだ……」

「…………えっ?えっ、えぇっ!?」

「そ、そんなに驚かなくてもいいだろう!くっ……さらばだ!!」

「あっ、い、行っちゃった……」


こうしてわたしと真田くんのタピオカデートは無事に終了した。黒くて丸くてもちもちでほんのり甘いタピオカはまるで真田くんのようだな、なんて感じてしまったのはわたしだけの秘密だ。しかし、最後の愛の告白にはとてもびっくりした。あの真田くんから好きだなんて……だけど、残念ながらわたしも好きだという返事をすることはできなかったのだった。





たぴおかでえと




「もしもし?蘭?」

「あっ、莉絵ちゃん!こんばんは!」

「こんばんは、じゃないわよ!真田とのタピオカデートはどうなったの!?」

「えっ、ふ、普通に終わったよ?」

「終わった!?別れられたってこと!?」

「あ、えっと、次のお約束もしちゃって、好きって言われて……」

「……な、ななっ、何やってんのよ!!あぁ〜!蘭はのんびり屋だから……全くもうっ!!」

「あ、あのね、真田くんのことなんだけど……」








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